2  その日はどうやって家に帰ったんかよう覚えちょらん。気が付いたら部屋におって、あみぐるみと 真っ赤なリボンを握りしめちょった。  赤いリボン? これどうしたんやっけ?  ぼんやりする頭で考えて、学校帰りにふみかとタカキと一緒に買いに行ったんを思い出す。 「あみはピンクより真っ赤なイメージがあるけぇ、これがええんやないんか」  そう言ってリボンを選んでくれたんは、タカキやった。 「あみちゃんも両想いになれるとええね。そしたらダブルデートしようや」  楽しそうにふみかが言う。  両想い? ダブルデート?  出来るわけないやん。だってうちが好きなんはタカキなんよ? ふみかとおんなし人が好きなんよ?  言えんかった言葉が今になって涙になってあふれてくる。  おまじないがなんなん。あみぐるみがなんなん。  おまじないかける前から両想いになれんって決まっちょるほに、リボンなんか買って、ばかみたいやん。  ボロボロ涙流しながら、リボンとあみぐるみを握りしめる。  赤いリボン。タカキが選んでくれた真っ赤なリボン。  もしもうちの方が先におまじないして告っちょったら、うちを選んでくれた? もしもふみかが おらんかったら……。  真っ赤なリボンをあみぐるみの首にかける。 「恋の妖精さん、うちのお願いかなえて。うちとタカキを結びつけてっ」  泣きながらリボンを結ぶ。  ばかじゃなかろうか。  こんなんして、何になるっちゅうん。  タカキはもう、ふみかと付き合いよるそに。  タカキは、ふみかの事が好きなほに。  ほんと、おおばかやん。  握りしめちょったあみぐるみを、思いっきり壁に投げつけた。そんなんしても、なんもならんのん じゃけど、なんかにあたっちょらんとやれんかった。やけぇ、投げた。音がする程投げつけた。そしたら。 「痛っ」  ボンッとあみぐるみが壁に当たった瞬間、誰かの声が聞こえた。  なんで? 部屋には誰もおらんほに。  ほいじゃけど声は、すぐ近くから聞こえた。  びっくりは更に続いた。だって、壁に当たって床に落ちたあみぐるみが、まるで生きちょおみたいに むっくり起きあがったんじゃもん。 「な、なななな、なに?」  怖おなって、後じさる。なにが起きちょるん? 「なに、じゃないだろ。なんでいきなり投げるんだよ」  ぶつかったんじゃろう頭を撫でながら、こっちを見るあみぐるみ。編み目がたがたで、耳の長さが ちょこっと違う、確かにうちが編んだあみぐるみ。じゃけどこっちを見たその顔は、うちが編んだ 顔やなかった。 「お、ばけ?」  目の前におるそれを他にどう呼べばええっちゅうん?  じゃけどそれは怒りながら言う。 「誰がおばけだっ。自分が呼び出しといてずいぶんな言い方だな」  むっとしながら言うたその顔は、なんでかタカキの顔しちょった。 「よ、呼びだしって、なに言いよるん。うち、そんなことしちょらん」  怖いけど、目が離せん。タカキの顔しちょおあみぐるみのお化けはじっとこっちを睨んぢょお。と、 思ったら急にコリコリと頭を掻いてこっちん来た。 「そうだよな。急にあみぐるみが動き出したらおばけと思うよな」  ちょこちょことうちの目の前まで来てにっこり笑うた。 「だけどオレはお化けじゃなくて、恋の妖精だよ。ね? キミ、呼び出しただろ?」  まるで、えへんとえばるように胸を反らしてこっちを見ちょる。 「こ、恋の妖精?」  声がひっくり返るうちに、そいつはコクリと頷いた。 「そう」  恋の妖精って、おまじないの?  確かに目の前におるそいつは、うちの編んだあみぐるみの身体をしちょる。なんで顔がタカキなんかは 分からんけど、妖精があみぐるみに乗り移ったって考えたら、そうなんかもしれんって思えてきた。  おそるおそる、聞いてみる。 「うちの願い、叶えてくれるために来てくれたん?」  妖精さんは、うちの問いに大きく頷いた。 「でも、タカキにはもう彼女がおるんよ?」  二人のこと考えたら、また胸が痛うなってきた。 「全然関係ないよ。オレはキミの恋を叶える為に来たんだから、彼女がいようと奥さんがいようと恋を 成就させてみせるから」  自信満々に言う妖精さん。ほんとに恋が叶うん? タカキと両思いになれるん? そう思うたら なんかちょっと嬉しい気持ちがわいてきた。じゃけどちょっと、気にもなった。 「そいじゃけど、彼女にも妖精がついちょったらどうするん?」  ふみかもおんなしおまじないをしちょる。おまじないをして両想いになれたんじゃけぇ、もしかしたら ふみかんとこにも妖精が来ちょるんかもしれん。  不安になったうちに、妖精さんはまじめな顔をして答える。 「いや、それはないよ。妖精は人間ほど数が多くないし、そんなに頻繁に願いを叶えない。キミが 危惧したように、妖精同士が矛盾した願いを叶えようとしないためにもね」 「そっか」  なんか安心したうちは、妖精さんをよく見ちゃろうと思ってかがみ込んだ。  やっぱり、あみぐるみの部分はうちの編んだんで、顔はタカキとまっつい。 「そいで、どねぇするん? うち、なんかやらんにゃいけんことあるん?」  じっと見ちょるとタカキと話ようみたいで、変な気分。  妖精さんも、じっとうちを見てそれから笑った。 「キミは、願うだけでいいよ。それを叶えるのがオレの仕事なんだから」  ほんとに?  夢みたいに都合のええはなしで、うそやんとか思うけど、そっと手ぇのばして触ってみたら、ほんとに ちゃんとそこに存在しちょる。手触りはあみぐるみそのままじゃけど、ちゃんと動きよる。 「じゃあ、ほんとにタカキと両想いになれるんやね?」  妖精さんを手のひらん乗せて、目の前に持ってくる。 「もちろんだよ。俺の腕を信じて」  妖精さんはまかせちょけって言わんばかりに胸を叩いた。  安心したせいか、そんな妖精さんを見ちょったら、なんか笑えてきた。 「な、なんで笑うんだ?」  笑いが止まらんうちを見て、妖精さんが不思議そうに言うた。 「だって、タカキが着ぐるみ着て標準語しゃべりよぅみたいなんやもん」  こまいけぇタカキやないって分かっちょるんじゃけど、もし人間のおっきさで現れちょったら、絶対 タカキが着ぐるみ着ちょうようにしか見えんかった。しかも気取って標準語しゃべりよぉほ。笑えん わけないやん。 「ああ、顔は恋の相手に似せることにしてるから」 「そうなん? やったら、うちの恋が叶ったあと他の人んとこに行ったら、そん時はもう顔違うんじゃね」  なんか変なほ。 「うん、そうなるかな。まあ、キミの想いを叶えた後はまたしばらくはのんびりするつもりだけど」  妖精さんはうちの手のひらん上でちょこんと座った。  そういやそう言いよったいね。めったに願いは叶えんって。ちゅうことは、うち、ぶちラッキーやん。  さっきまで悲しゅうて泣きよったんも忘れて、その晩うちはうかれまくっとった。

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