3  次の日、やたら朝早うに目が覚めたん。  昨日のこと夢やったんやないかって、すぐあみぐるみ探してみたんよ。そしたら机の上に、うちの 編んだあみぐるみがある。顔もあみぐるみのまんま、うちがつけたビーズの目と糸で縫った鼻と口の顔。 妖精さんやない。  やっぱぁ、夢じゃったん?  悲しゅうなって、涙が出てきた。ほしたら。 「ふあぁっ。おはよう、早いんだね」  あみぐるみの顔がぱっとタカキの顔に、妖精さんになった。 「びっくりしたやん。昨日の晩のこと、夢じゃったかと思うたやんか」  ほっとしたら、力が抜けた。  妖精さんはきょとんとしちょる。けど、うちの言いたい事が分かったんか「ああ」と頷いた。 「本来、妖精であるオレの姿はキミに見えないから、キミとコミュニケーションとる為にあみぐるみの 身体を借りて、この姿をとってるんだよ。だから用のない時は、リンクを切ってるから元のあみぐるみに 戻るんだよ」  分かるような分からんようなこと言うて、妖精さんはにこりと笑うた。  妖精になったあみぐるみを鞄につけて、いつもの時間に家を出る支度をする。  ふみかとタカキの事を思うたら、ちょこっと胸が痛うなった。 「ね、いつからタカキ、うちを好きになるん?」  玄関出る前にこそっと妖精に聞いてみた。したら妖精さん、きょとんとした顔で言うた。 「もうなってるよ? キミの願いは叶えてる。ただ、アフターフォローがいるかなと思ってまだ様子 見てるんだけどね」  て、ええええええ?  もう、タカキうちのこと好きになっちょるん? けど、ふみかの事はどねーするん。まだふたり、 付き合いだしたばっかしやん。  びっくりしながら玄関開けて、更にびっくりした。 「おはよ、あみ」  そこに、タカキが立っちょった。  頭ん中がぐるぐるまわり始める。  なんで? 今までそりゃ途中からは一緒に登校しよったけど、タカキん家の方が学校に近いけぇ、 うちに迎えに来ることなんかなかったほに。 「どしたん? なんでタカキがおるほ?」  つい、口から出る。けどすぐ、思い出した。妖精さんが願いを叶えてくれたけぇ、タカキはうちの こと好きになっちょる。やったら好きなコの家に迎えに来ても、おかしゅうないやん?  焦っちょったらタカキがちょっと不機嫌そうな顔をした。 「なんでって、約束したじゃろーが昨日。今日から迎えに行くって。お前もう忘れたん?」  ちょっと怒っちょるみたいやけど、顔が赤うなっちょおのを見ると照れちょるんかもしれん。 やとしたら、ほんとにうちのこと好きになっちょるんかも。  そう思うたら嬉しゅうて、顔がにやけてきてしもうた。  ほいじゃけど、昨日タカキと会うちょった時はまだ妖精さんは出てきちょらんかった。まだ、タカキは ふみかの事が好きじゃった。じゃけぇ、うちと待ち合わせの約束なんかしちょらん。なほに、タカキは 約束したと思うちょる。なんで?  妖精さんにどういう事か聞こうかと思うたけど、タカキの前であみぐるみに話しかけるわけにも いかん。必死で頭フル回転して昨日のこと思い返しよったら、ふと思い出した。  そうじゃあね。昨日確かタカキ、ふみかと待ち合わせの約束しよった。うちと合流するまでの 短い間やけど、ふたりで登校しようって。うち、そんなら今日から遠慮しようかって言うたんじゃけど、 ふたりとも今まで一緒に行きよったほにうちをひとりぼっちで登校させられるわけないやんって 言いよったんじゃった。  昨日は悲しゅうて笑顔作るんに必死で、なに話したんかよう覚えちょらんかったけど、そうやん。 たしかにタカキ、ふみかとそんな約束しよった。 「ご、ごめん。そうやった。なんか、タカキと両想いになれたんが夢みたいで……。約束も夢かと 思うちょった」  あわててごまかしてみる。そしたらタカキ、ぱっと顔を赤うしてそっぽを向いた。 「なん言いよるんか。つきあい始めたんも夢にしたら怒るけぇの」  ど、どうしよお。なんかぶち嬉しいんやけど。嬉しゅうて涙が出そうなんやけど。  感動して言葉が出てこん。どうしょー。顔がにやけて止まらん。 「あみ?」  返事せんかったけぇ、タカキがうちの顔覗き込む。あんまし変な顔見せたくないけぇ、うちは 慌てて言った。 「そ、そろそろ行かんと。ふみかが待っちょるよ?」 「おま、俺にだけ恥ずかしいこと言わせちょいて逃げる気か?」 「ほ、ほら。行かんと」  顔を真っ赤にして怒るタカキから逃げるようにしてうちは走り出した。タカキもうちを追いかける ようにして走り出す。  あー、もう胸がドキドキする。嬉しゅうて楽しゅうて、世界が薔薇色ってこういうこと言うんかね?  パタパタ二人で走って、いっつもふみかと合流する場所まで行った。いつもよりちょっと遅うなったと 思うほに、ふみかの姿が見あたらん。 「どうしたんやろ、ふみか。いつもやったらうちより早くここにおるそに」  ふみかがうちより遅かったことなんて、今までなかった。 「そうなん? まあ、もうちょっと待ってみようや」  タカキはいっつも一番最後に合流しよったけぇ、いつもはふみかが先に来ちょる事知らん。やけぇ、 さして気にしちょらんみたいやった。  けどうちは、ちょっと胸が痛んだ。本当やったらタカキはふみかと待ち合わせしちょったん。やけぇ ほんとなら、うちがひとりで、ふみかとタカキが仲良うしちょるところについて行くことになっちょった。 じゃけぇ、ふみかの気持ちは分かる。昨日、ふたりはうちに、ひとりで登校させるわけにはいかんって 言うてくれたけど、一緒に登校する方が辛いやんって思うちょった。ふみかとタカキが仲良うしちょお ところなんか、見とうなかった。  じゃけぇふみかも、うちらと一緒に登校しとうないんかもしれん。 「ねぇ、タカキ。もしかしたらふみか、気ぃきかせて先にひとりで行ってしもうたんやないかねぇ」  ふみかは優しいけぇ、たぶんそうしたんじゃろうと思う。  胸がチクチクする。けど、しょうがないやん。早うふみかが別の人好きになってくれたらええんじゃ けど。 「そうか? まあ、そろそろ行かんと遅刻しそうやしの」 「うん。たぶん教室で会えるいね」  そう言って歩きだそうとしたうちに、タカキが手を差し出した。  こ、これって、手をつなごうってこと?  ドキドキしながら、タカキを見る。タカキもちょこっと顔を赤うしてボソっと言うた。 「学校近くは駄目やけど、この辺あんま人おらんけぇ」 「うん」  恥ずかしいけど嬉しゅうて、タカキの手に手を重ねる。  こまい頃は平気で手ぇつないぢょったけど、大きゅうなってからはそんなん出来るわけなかったけぇ、 タカキと手をつなぐんは久しぶり。思っちょったより大きゅうて温かい手に、心臓はますますバクバク 鳴り出した。  学校が近うなって人影がちらちら見えだした頃、うちらはつないぢょった手を外した。やけど教室に 入ってもまだうちの心臓は鳴り止んぢょらんかった。 「……ふみか、おらんのぉ」  教室に入ってすぐに、タカキが言うんが聞こえてきた。  慌ててうちも、教室を見渡す。  確かにふみかの姿が見えん。 「どうしたんやろうか。急に具合でも悪うなったんじゃろうか」  今までこんなこと、なかったけぇ心配な。いっつも具合が悪うて休む時にはうちが家を出る前に電話 くれよったほに。 「もしかして俺らが行った後に待ち合わせの場所に着いて、ほんとギリギリまで待っちょるんかのう」  心配そうにタカキも教室の入り口を見ちょる。けど、いっこうに来そうにない。  予鈴が鳴ってもまだ来んで、もうすぐ本鈴が鳴るって時間になってようやくバタバタ音をたてて ふみかは教室に来た。  息を切らしたふみかは教室を見渡して、タカキとうちを見る。 「来とったん……?」  半分泣きそうな顔をしてふみかはタカキの方を見た。  やっぱギリギリまでふみか、待ち合わせの場所で待っとったんじゃあ。先に行ってしもうて かわいそうな事した。  そう思うてふみかに声をかけようとした時、先生が教室に入ってきた。  HRが終わってすぐ、うちはふみかに声をかけた。 「今日はごめんね? いつもん場所に時間すぎても来んかったけん、先にいっちょるんかと思っとった ほいね」  パチンと両手あわせて謝る。ふみかはぷるぷると首を振ってにこりと笑った。 「ええんよ。遅れたんはうちなんやけぇ」  けど、なんかふみかの元気がない。そこにタカキが入ってきた。 「ふみかが遅れるっちゃあ、珍しいのぅ。寝坊でもしたんか?」  悪気はないんじゃろうけど、デリカシーがないこと言う。 「もー。誰だって遅刻しそうになる事あるいね。えーやんか」  うちがふみかをかばうとタカキがデコピンしてきた。 「あみはしょっちゅうやもんな。今まで何回俺らが巻き添えくいそうになったことか」 「それ昔の話やんっ。最近遅刻しちょらんやろっ?」  わあわあタカキと話しよったら、ふみかが急に泣きそうな顔になった。 「タカキ、今日はいつもの場所に来とったん?」  消えそうな声でふみかがつぶやく。 「? ふみか? なんかあったん?」  びっくりして話聞こうと思った時、チャイムが鳴って先生が教室に入ってきた。  それから授業の合間の休憩時間は移動があったりなんだりで、結局ふみかと話が出来たんは昼休みに なってからやった。  給食は教室で食べんといけんけぇ、他の子等に聞こえたら嫌やろうけぇ、食べ終わってから屋上に 行く階段の踊り場で話しすることにした。  タカキはちょうどクラスの男子にサッカーに誘われちょったし、こういう話は女の子同士の方が ええかと思うたけぇ遠慮してもろうた。 「そいで、どねーしたん?」  ふみかの顔をのぞき込んだら、うつむかれた。  ほんとのこと言うて、ふみかが元気ない理由はちょっと分かっちょった。だってふみかはタカキが 好きなんやけぇ、うちと付き合いだしたら元気なくなるんは当たり前やん? うちだって、元気な ふりはしちょったけど妖精さんが願い叶えてくれるまではぶち悲しゅうて、ほんとは元気なんかなかった。  じゃけぇ、原因の自分がこねぇして声掛けるんは酷い仕打ちなんかもしれん。けど、じゃからって このまま知らんぷりすることも出来んかった。  ふみかは何度か喋りかけちゃあ、口を閉じた。何度かぱくぱくやった後、ようやっとこまい声で言うた。 「今までタカキ、約束破ったことなかったほに。うち、なんか怒らすような事したんやろうか……」  ふみかの言葉にびっくりした。てっきりタカキのことが好きって言う話か、今日おいてきぼりくった 話かと思うちょったけん。 「約束?」  思わず声がひっくりかえる。ふみかとタカキ、なんの約束しちょったほ? 「あみちゃんも昨日の約束、知っちょおやろ? タカキ、うちに迎えに来てくれるって言うとったやん?  やけぇうち、今日家の前でずっと待っちょったん。遅刻ギリギリまで待っちょったんよ」  え? ええええ???  ふみかの言葉にびっくりした。ふみかとうちの立場、入れ替わっちょるんやないん? なんでふみかは 昨日の約束自分のこととしてちゃんと覚えとるん?  心臓がバクバクしてきた。  タカキは確かに昨日のふみかとの約束をうちとの約束と思っちょった。やからうちに迎えに来たんやし、 うちのことちゃんと好きになっちょる。なほになんでふみかは妖精さんの魔法にかかっちょらんそ?  頭ぐるぐる回りだして、ふと妖精さんの言葉を思い出した。  そういえば妖精さん、アフターケアがどうのって言いよった。それってこういうことがあるけぇって ことなん?  あれこれ考えよったらふみかが覚悟決めたように言った。 「ごめん、あみちゃん。こんなことあみちゃんに相談するより、タカキ本人に聞いた方がええよね。 今からタカキと話ししてくる」  今にも駆け出しそうなふみかを慌ててうち、引き留めたん。 「ちょお、待ち。今タカキ、クラスの連中とサッカーしよるんよ? 急に連れ出したら噂になるっちゃ」  昨日二人は、うち以外には付き合いよること言わんって言いよった。変に噂になるんは嫌なはず。 「放課後ならうちらいっつも三人で帰りよるけぇ、誰も不思議に思わんけぇそん時にし?」  うちがなだめるとふみかはうん、と頷いてまた泣きそうな顔に戻った。 「ごめん、ふみか」  ぽろりと声に出る。ほんとやったらこうやって泣いちょるんはうちやった。うちのかわりに今、 ふみかが泣きよる。  ふみかがかわいそうって気持ちと罪悪感とが入り交じって、ふみかの顔がまっすぐに見れん。 「なんであみちゃんが謝るん?」  ふみかにしてみれば意味の分からん謝罪ぃね。じゃけど、ほんとの事は言えん。  うちはごまかすために、作り笑いした。 「えと、ふみかが落ち込んどる時にあれなんやけど、トイレ行きとうなったんよ。……休み時間内に こっちに戻って来れんかもしれんけぇ、気分落ち着いたらひとりで教室戻っちょってね」  そう言い残してうちは慌ててその場を駆け出した。

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