5  次の日から、ふみかはいつもの場所には姿を見せんごとなった。当たり前なんじゃろうけど、 ちょこっと寂しい気もする。  登校中にばったり会うっちゅうこともないところをみると、たぶんふみかはいつもより早めに家を 出よるんじゃろう。そのくせ教室には遅刻ぎりぎりまで入って来ん。 「俺らが言える立場じゃないけど、ふみか、早う元気になるとええのぅ」  タカキも淋しそうに言うた。 「うん。前みたいにとはいかんじゃろうけど、早う普通にしゃべれるようになれればええね」  しゃあないことなんじゃろうけど、あれからタカキも元気がない。せっかくうちら、付き合いだした ほに二人でおってもなんか暗い。  タカキもそれが分かっちょるけぇか、時々わざっとひょうけてみせるん。そいやからうちも、 それ見ておおぎょうに声たてて笑う。  でも、やっぱぁなんか淋しい。  タカキがおらん時に、時々ふみかに声をかけてみる。ふみかはぎこちない笑顔で答えてくれるんやけど、 やっぱぁ前のようには喋ってくれん。  帰り道、タカキにそのことを言うたら深いため息をもらした。 「しゃあないよな。俺が悪いんじゃし」  落ち込むタカキにかける言葉が見つからん。ほんとはタカキも悪うないほに。  うちもうつむいてしもうとったら、タカキが急にパンっと背中を叩いてきた。 「ふみかには悪いけど、俺らが落ち込んぢょってもなんにもならん。じゃけぇ元気出そうや」  にかっとタカキが笑顔を作る。その言葉と笑顔に、なんかぶち励まされた。 「そうじゃいね。ふみかを泣かせてまでうちら付き合い始めたほに、うちらまで暗うなって落ち込ん じょったら意味ないやんね」 「おう」  うちも笑顔をタカキに見せちゃったら、タカキも安心したように笑うた。 「そうそう、そいでの。今度の日曜、水族館行かんか?」 「水族館?」  いきなりのタカキの誘いにびっくりした。これってデートのお誘い? 「行く行くっ」  嬉しゅうて勢いこんで返事した。それ見たタカキに笑われてしもうたけど、ほんと嬉しいけぇ腹も 立たん。勝手に顔がにやけてとまらん。 「ほいじゃあ、日曜日十時にお前んちに迎えに行くんでええ?」 「分かった。十時やね」  タカキに満面の笑みを向けて答えた。  初デート! 嬉しい! 考えただけでドキドキする。十時、忘れんようにせんと。  嬉しそうなうちを見て、タカキも嬉しそうに笑うた。  土曜はバタバタ大変じゃった。デートに何を着て行こうかってあれこれ服を引っ張りだして。 お母さんにおねだりして、服は買うてもらえんかったけど新しいヘアアクセ買うてもろうて。夜に なってもこのアクセ付けるんならこの髪型がええじゃろうかとか、この服にこの髪型は合わんけぇ やっぱ服を変えようかとか、さんざん迷いまくった。  ふと、もしふみかとこんな事になっちょらんかったら、一緒に買い物に行ってもろうたり服やら 髪型やら選んでもらえたほにって頭に浮かんだ。それを考えるとちょっと淋しい。一番の仲良し じゃったけぇ、ふみかとは女の子同士でしか話せんこといっぱい喋りよった。  じゃけどもう、ふみかとそういう話は出来ん。でも、しゃあないよね。二人ともタカキを好きに なってしもうたんじゃけぇ。  暗うなってしもうた気持ちを洗い流しとうてお風呂に入ってシャワーを浴びる。いつもより長めに 丁寧に体中をピカピカに洗うた。 「デートか。順調にいってるみたいだね」  お風呂からあがって部屋に戻ると、ひょこっと妖精さんが顔を出してうちを見た。 「うん。そうなん。あ、ねぇねぇ。明日この服着ていこうと思っちょんやけど、どんな? 変じゃない かねぇ?」  選んだ服を体に当てて妖精さんに見せる。お母さんにも聞いてみたけど、ここはやっぱし男の子の 意見も聞いてみたいけぇ。て、あれ? タカキの顔しちょおけぇそう思い込んぢょったけど、 妖精さんって男の子なんじゃろうか? 「うん、よく似合ってるよ。かわいい」  にこりと妖精さんがタカキの顔をして笑う。  ほっぺたがぼあって熱くなった。タカキやないって分かっちょるけど、ドキドキする。 「あああ、ありがと」  動揺してしもうてどもってしもうた、恥ずかしい。じゃけどうちの反応を見て、妖精さんもちょっと 照れたみたいやった。 「ところで、あれから何か問題は起きてない?」  慌てて話題を変えようとしたんか、妖精さんが言う。 「問題? んー。そりゃ、ふみかのことがあったけぇ二人でおるとどうしてもそのこと思い出して 暗うなるけど、それ以外は特に問題ないよ?」  明日はデートやしねって言うたら妖精さんも笑うて頷いた。 「それじゃあ、このままあと三日なにも問題なければアフターケアのサービス期間は終了ってことで いいかな?」  そう言われると、ちょお不安になる。けど、いつまでも妖精さんにたよっちょれんよね。 「うん、大丈夫。色々ありがと。あと三日よろしゅうね」  お礼言うたら妖精さん、ちょびっと寂しそうな顔になった。タカキとおんなし顔でそんな表情されたら、 こっちまで寂しゅうなるっちゅうか、胸がきゅんとするっちゅうか。 「それじゃ、そろそろひっこむよ。あんまり夜更かしさせて明日のデートにひびいちゃいけないから」  笑顔に戻って妖精さんはバイバイってした。 「うん」  うちもバイバイってして、アフターサービス期間が終わっても良かったら遊びにおいでぇねって 言おうとしたけど、その前にあみぐるみはただのうさぎの顔になった。呼びかければまた出てきて くれるんは分かっちょったけど、わざわざ呼び出して言うほどのことじゃないけぇ、そのままうちは 広げた服をなおし始めた。  パジャマに着替えて、さあ寝ようってベットの中に入ったけど、明日はデートって思うたら興奮して なかなか寝付けんかった。タカキと一緒に水族館。デート中はやっぱ手、つなぐよね。学校の行き帰りも 人のおらんところではつなぎよるし。明日はいつもより長い時間つないぢょれるよね? そう思うた だけで胸がドキドキする。二人っきりでデートじゃけぇ、キス、とかするんかな? 考えただけで 体中熱くなって恥ずかしゅうなって、布団の中に潜り込んだ。  中学生でキスとか早い? けど、マンガとか見ると中学生でもしよるし、クラスの女の子でキスした ことあるって子もおったし……。  タカキとキスする。想像しただけで心臓が壊れそうなほどドキドキした。じゃけど恋人同士じゃもん、 いつかするよね。それが明日かどうかは分からんけど。  タカキの唇はやわらかいじゃろうか。そんでもって、あったかい……?   わくわくそんなこと考えよるうちに、うちはいつの間にか寝入っちょった。

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