7  家に帰って、部屋に直行した。 「妖精さん、出てきてっ」  あみぐるみを握りしめ、言う。 「なにかあったのか?」  びっくりしたように妖精さんが出てきた。 「うっ」  妖精さんを見た途端、涙が出てくる。 「なんで? なんでなん?」  悲しいんと悔しいんとで訳分からんごとなって、ボロボロこぼれる涙を拭かんこうに妖精さんを 揺さぶった。 「うわわっ。ど、どうしたの? 何があったの?」  八つ当たりされよるようなもんなそに、揺さぶられながらも妖精さんは優しゅう尋ねてくれたん。  うちはしゃくりあげながらデートの時の事を話した。タカキがふみかん事を嬉しそうに話すん 見ちょって、悲しゅうなった事を話した。 「なんでデートしよる時に他の女の子の話するん? そりゃあふみかは幼なじみで仲良しやったけど、 今日は初デートじゃったんよ? うちの事だけ考えてほしいやん」  話しよるうちにだんだん涙が止まってきた。妖精さんはうちの言葉にうんうんと頷いてくれよる。 「ちゃんと魔法きいとおんじゃろ? タカキ、うちの事好きになっちょんじゃろ?」  じっと妖精さんを見た。妖精さんも真剣な顔でうちを見て頷いてくれる。 「もちろん、タカキが今一番好きなのはキミだよ。だけど、今までずっと三人で仲良くやって きたんだから、どうしてもその子の事も気になるんじゃないのかな?」  優しい声で、妖精さんが言う。そのほんのちょこっと笑った、タカキとおんなし顔にちょっと 癒される。そういえば顔はタカキとまっついなほに、声は微妙に違うんじゃね。  じゃけど癒されたんはほんとちょこっとで、心の中はまだまだ嫌なものが渦巻いちょった。 「……ふみかと幼なじみじゃなかったら良かったほい」  そんな言葉が口をついて出た。  ふみかと幼なじみやなかったら、タカキはデートん時ふみかの事なんか話さんかったじゃろう。  悲しゅうてつい口に出た言葉じゃったけど、それを聞いた妖精さんが言うた。 「そうしようか?」  びっくりして妖精さんを見た。妖精さんは難しい顔してこっちを見ちょる。 「魔法でタカキの記憶から、その子が幼なじみだったって記憶を抜こうか?」  確認するように、妖精さんがもう一回言う。 「そんなこと出来るん?」  つい聞いてしもうたけど、出来るんは分かっちょった。今までそうやって魔法かけてもらって きたんじゃもん、今回だけ出来んことを妖精さんが言うはずがない。 「もちろん出来るさ」  請け合うように妖精さんが笑う。 「あ、でも・・・三人が幼なじみだってのは周知の事実なんだよね? だとしたら彼の記憶からすっぽり その子の事を消してしまうのは不自然か。そうだなぁ……」  困ったように妖精さんは、顎に手を当て考え始めた。  確かに、誰かにふみかの事聞かれてタカキが誰それ? とか言うたらみんな変に思ういね。 どうしたらええんじゃろう。  うちもうーんと考えよったら妖精さんがぱっと顔を上げた。 「こういうのはどうだろう? 彼氏とその子二人で遊んだ記憶を抜く。そして、キミは両方と 仲良しだったけど、その子と彼氏は特に仲良しじゃなかったって事にする。三人一緒に遊んでいたのは キミがいたからで、キミがいない時に二人で遊ぶ程二人は仲良しじゃなかった。これなら彼氏がその子の 思い出話をすることはないと思うけど、どうかな」  にこりと妖精さんが笑う。  うちは二人共と仲良しやけど、タカキとふみかはそれほど仲良うなかったっちゅうこと?  うん、それやったら誰かに何か聞かれてもごまかせるかもしれん。 「それでいい。そうしてくれる?」  手の中にあみぐるみ持っちょるけぇ手を合わすことは出来んかったけど、心の中で手を合わせて お願いする。  そしたら妖精さんはまかせとけって胸を叩いた。 「だからほら、涙を拭いて、ね?」  妖精さんがまるで涙のあとを拭いてくれようとするみたいに手をこっちに伸ばした。けど、 あみぐるみのこまい手じゃあうちの顔には届かん。じゃけど妖精さんの気持ちが嬉しかったけぇ、 そっと顔を妖精さんに近づけた。  妖精さんのちっさい手がほっぺたをヨシヨシしてくれる。あみぐるみの毛糸のあったかい、 不思議な感触。じゃけどなんか安心する。 「キミの恋を叶えるためにオレはここにいるんだから、安心して。絶対にキミを幸せにしてみせるから」 「うん、ありがとう」  優しい恋の妖精さんの言葉に、うちはコクリと頷いた。  次ん日、いつもとおんなしようにタカキが迎えに来てくれた。  おそるおそる、ふみかの話題をふってみる。 「ふみか、ひとりで登校しよって淋しゅうないかねぇ」  妖精さんの力はもう充分知っちょるけど、そいでもつい確認してしまう。 「んー、最初は淋しいかもしれんけど、しゃあないやん? その内他の友達見つけて一緒に行くいや」  あっけらかんとタカキが言う。昨日まではあんなにふみかのこと気にしちょったほに。  ほっとした。これでもう、ふみかにヤキモチ妬かんですむ。 「そうやね。ふみか、いい子やけぇすぐ新しい友達見つけるよね」  タカキの事さえなかったら、ふみかの事は大好きじゃけぇ幸せんなってほしい。 「お前ほんと、ふみかちゃんと仲ええよなぁ」  呼び方まで変わっちょってびっくりした。それだけタカキの中でふみかは他人になってしもうたって 事じゃいね。  ちょっと淋しい気もしたけど、それよりほっとした気持ちの方が大きかった。 「うん。ふみかとはこまい頃からの友達じゃけぇ」  ふみかの話題はもう、これきりにしよう。もうタカキからふみかの事を持ち出すことは ないじゃろうけぇ。  これでもう、大丈夫。もう、なんも心配することないやろう。  そうは思うたものの、なんか不安が拭いされんで妖精さんにはもうちょっとおってもらうことにした。 「キミが幸せと思えるまでつきあうよ。そのための恋の妖精なんだから」  優しゅう笑う妖精さんを見ちょるとほっとする。なほにタカキと二人になると途端に不安になる。 魔法はちゃんと効いとって、タカキはちゃんとうちのこと好きなはずなほに。タカキはふみかの事 うちの友達程度にしか思っちょらんはずなそに、心の奥底にふみかへの想いが残っちょるような気が して。  不安が的中した、と思ったんはすぐやった。  いつものようにタカキと二人で話しよった時のこと。  いつもとおんなし学校に続く道。人通りの少ない道でつないだタカキの手の温かさ。このままこの 幸せが続きますようにって祈りながらタカキと話する。 「日曜さ、今度はタワー登りにいかん?」  次のデートに誘ってみる。恋人なんじゃけぇ、毎週デートするよね? ていうか、今までも毎週の ように三人で遊びよったんやけど。でも、今は恋人同士なんじゃけぇ、デートっぽい所選んでタカキを 誘うてみた。 「おお。タワーかぁ、ええのう。けどこないだの神社も楽しかったの?」  思い出しながらタカキが楽しそうに言う。 「うん」  うちも笑顔で頷いたけど、水族館やのうて神社での事を楽しかって言うたタカキに不安を覚えた。  そんなうちの不安も知らんと、タカキが言う。 「飢えた鳩におそわれてお前むちゃくちゃになったほい、そんだけ飢えとる鳩がかわいそうってお前 何回も鳩の餌買うてさぁ」  え?  耳を疑うた。うそやろ? って言いとうなった。じゃけど、そんなん言えん。 「なんだかんだ言ってお前やさしいんちゃな。そういうとこ、好きじゃなーって思う」  嬉しそうに愛しそうに、タカキがうちを見る。けど、うちはひきつった顔しか出来んかった。 「あみ?」  それに気がついたタカキが心配そうな顔になる。 「ご、ごめん。ちょっと……」  握っちょった手を離す。うつむいて、つぶやく。 「ごめん、その、ちょっと。先、行かして」  言ってそのままタカキを見んまんま、うちは走り出した。  神社で持っちょったポテトはやったけど、うちハトのエサなんか買っちょらん。鳩に何回も餌を やったんは、ふみかやん。  タカキにふみかと二人で遊んだ時の記憶は無くなっちょるはずなほに。なんで? なんでうちとの ほんとの思い出やのうて、ふみかとの思い出がうちとの思い出にすり替わっちょん?  気持ち悪い。涙が出そうなんを飲み込んで走る。  タカキが追いかけてくる音が最初は聞こえたけど、うちが振り返らんかったせいか、やがて 聞こえんごとなった。  それでも走って学校に駆け込む。 「あみちゃん?」  昇降口で、聞きなれた声が聞こえた。反射的に振り返って、ふみかと目が合う。 「どうしたん? あみちゃん、気分悪いん? 一緒に保健室、行こうか?」  青い顔をしとったんじゃろう、うちを心配してふみかが言う。 「ううん、大丈夫。トイレ行けば……。ありがとね」  それだけ言うて、うちはまた駆けだした。  ふみかなんか見とうなかった。本当にふみかさえ幼なじみじゃなかったら良かったほいとさえ思うた。  なほにふみかは、本当に心配そうにうちを見ちょった。そんで久しぶりにまともに見たふみかの姿は、 やせちょった。うちの心配より自分の心配しぃねって言いたくなるくらい、細うなっちょる。  それなほになんでうちの心配なんかしてくるん? そんなに痩せたんは、うちのせいじゃろう?  ますます胸が気持ち悪うなった。教室に寄らんまんま、トイレの個室に駆け込む。鞄に付けた あみぐるみをはずして握りしめる。ぎゅっと握りしめる。  けど、妖精さんを呼ぶこと出来んかった。何回も呼ぼうと思ったけど、声が出んかった。  予鈴のチャイムを聞きながら、あみぐるみを鞄に戻した。のろのろとトイレから出て教室に向かう。  本鈴が鳴る頃、教室にたどり着いた。タカキが慌ててこっちに来かけたけど、先生が来たけぇ席に着く。  タカキとふみかが心配そうにこっちを見よるんが分かる。大丈夫って笑うてあげたいけど、笑える 自信がなかった。  HRが終わって、慌ててタカキがやって来る。 「大丈夫か? 悪い、俺、ただトイレに行きたいだけなんかと思って。けど具合悪かったんじゃの。 ふみかちゃんが心配しちょったぞ。保健室行くか?」  優しく声をかけてくるタカキの顔を見る事なく、うちは頷いた。  今日はもう、これ以上タカキやふみかと顔を合わせられん。ひとりで、考えたい。  保健室に行った後、早退した。微熱があったし、顔色がすぐれんかったけぇ、保健室の先生も 帰りって言ってくれた。  帰りながらも頭ん中がぐるぐる回った。タカキが好きやったふみか。ふみかが好きやったタカキ。 じゃけどうちもタカキが好きで、魔法かけてうちを好きって思わせてもろうた。じゃけぇタカキは うちを好きって思うちょる。  けど、どんなに魔法をかけてもろうてもタカキが本当に好きなんはふみかなんじゃ。ふみかの事が 好きじゃけぇ、何回魔法かけてもふみかの影が付きまとう。たとえふみかを消してしもうても、 タカキの中からふみかの影を消すことは出来ん。  ふみかはホントにこまい頃からの幼なじみで親友じゃった。何をするんも一緒で、こまい頃は タカキより大好きで仲良しじゃった。こんな事がなけりゃあずっと仲良しでおれたほに。  なんでこんな事になってしもうたんじゃろう? どこでやり方間違えたんじゃろう?  ノドが痛い。出そうになる涙を飲み込む。  ただの幼なじみで仲良し三人組やった頃のうちらと、妖精さんが現れてからのうちらの姿が頭ん中で ぐるぐる回る。  頭ん中がぐるぐるで、足がふらつく。  足がふらつくけぇ足下を見ながら、家に帰る。  顔を上げると遠くに自分ちが見えた。  ずっと心の奥底にあった良心が、決心しなさいってうちに言うた。

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