8  あみぐるみを握りしめて、じゃけど妖精さんを呼び出すことが出来んで、じっと見つめちょった。  早退して家に帰って、自分の部屋でもう、一時間以上はそうしちょるんじゃないかと思う。たぶん、 妖精さんは今の時間はこっちが呼びかけんと出て来ん。じゃけど妖精さんと話さんにゃいけん。でも 話すんが怖おて、ただじっと見つめちょった。  それでも話をせんといけん。  ぎゅっと目をつぶり、口を開く。 「妖精さん、出てきて」  声が震えてかすれる。それでもうちの言葉に応えるように、あみぐるみの顔がタカキの顔に変わった。  最初のころ妖精さん見ちょたらタカキがちっちょおなっちょるみたいで変な感じがしよったけど、 今はもう、よう似ちょうけどタカキには見えん。おんなし顔しちょっても、これは妖精さんじゃ。  妖精さんは、じっとうちを見た。うちも、じっと妖精さんを見た。 「なにがあったの?」  妖精さんの優しい声に、涙が出てくる。泣いちょお場合じゃないんじゃけど、押さえられん。 「わ、泣かないで。前にも言ったけど、オレはキミを幸せにするためにここに来たんだから、なんでも 言って。どうしたの? 彼氏となにかあったの?」  妖精さんの言葉に、気持ちがぐらつく。でも、駄目。  息を吸って、気持ちを落ち着けて、もう一度妖精さんを見た。 「魔法を、解いて欲しいん」  言った端から後悔が押し寄せる。けど、駄目。 「解いて欲しいって、どの魔法を?」  妖精さんは、戸惑うたようにうちを見た。  うちはまだ、頭ん中では迷うとって、今の言葉を取り消そうかとか別の魔法をかけて貰おうかとか、 そんなんが頭ん中でぐるぐる回っちょった。  それでも駄目じゃけぇ、つばを飲み込んで、言う。 「全部」  妖精さんは、うちの言うた言葉の意味が飲み込めんようにキョトンとした。一拍おいて理解したように オロオロとし始める。 「全部って、なに言ってるの? 全部といたら彼氏、元の彼女が好きって事思い出しちゃうよ?」  そこまで言って、妖精さんはああ、と思い立ったように笑顔になる。 「そうか、つきあい始めてからの記憶を変えたいんだね? それなら……」 「違う。本当に全部、解いてほしいんよ」  声を絞り出して、言った。妖精さんの話を聞きよったら、また自分のええように変えてしまいたくなる けぇ、それは駄目じゃけぇ。 「自分が何を言ってるのか分かってる?」  妖精さんが真剣な瞳でうちを見る。 「魔法を解いたら、彼氏の記憶は体験したことそのままになって、でも元の彼女のこと好きって気持ちは 戻ってくる。きっと彼氏、混乱するよ? 前の彼女をずっと好きだったはずなのに彼女を振ってキミと 付き合って、しかも彼女の事をただの知り合いと思ってたなんて。きっと彼氏苦しむよ?」  そうなん? タカキが苦しむ事になるん? 「そんなん駄目。でも、そしたらどねぇしたらええん?」  じわり、また涙が出てくる。うちに泣く資格なんかないほに。 「ねぇ、なにがあったの? 話して? オレがキミと彼氏を必ず幸せにしてあげるから」  目の前におるんはうちの恋を叶えるためにやってきてくれた妖精さん。なほにこんな事になって しもうた。  悪いんはうちじゃろうか? それとも妖精さん? 「うちら、間違っちょる。うちも、妖精さんも、いけんことばっかし。間違いだらけなんよ」  もっと早く気がつきゃあええほに、なかなか気づけんかった。妖精さんはまだ気づいちょらん顔で、 じっとうちを見よる。 「タカキは、ふみかが好きなんよ。魔法かけても、ふみかが好きなんよ」 「そんなことはない。オレはちゃんとキミを好きになるように魔法をかけたんだから」  妖精さんは、まだ自分の魔法が信じられないのかって言わんばかりに顔をしかめる。 「違うよ。うちとふみかが入れ違っちょおだけで、ほんとのうちを好きな訳じゃない。それにそもそも それが間違っちょおじゃんか」  妖精さんは恋の願いを叶えるんはうちが初めてなんじゃろうか。それとも今までこんな方法で 成功しよったんじゃろうか。 「何が間違ってるって言うんだ? オレはちゃんとキミの恋を叶えたじゃないか」 「叶ってないよ。そしてたぶんもう、叶うことはない。タカキは、ほんとのうちを好きになんてならん」  妖精さんはなんで分からんのじゃろう。なんでうちも、分からんかったんじゃろう。 「魔法でタカキの気持ちを変えたって、それはほんとじゃない。ほんとのタカキはふみかが好きじゃけぇ、 ふみかへの想いや約束や思い出をうちとのものと勘違いしちょうだけで、それってやっぱり本当は ふみかのことが好きって事で……」  言いよってまた涙が出てきそうになる。言いながら、それでもええやんタカキがうちのもんに なるんならってまた思うてしまう。けど、それじゃあ駄目なんよ。 「魔法で人の気持ちを変えたって、どうしても無理が出てくる。そもそも、人の気持ちや記憶を魔法で 操ることが間違っちょるんよ。そんな怖いことしちゃあいけんのよ」  もし自分が勝手に魔法をかけられて違う人を好きにさせられたら? 記憶を書き換えられたら?  タカキが好きって言いながら、ようそんな恐ろしいことタカキにしてしもうたよね? タカキの 気持ちなんかなんも考えんと、それでようタカキが好きって言えるいね?  自分のやってしもうた事が怖おて震える。それでもまだ、タカキ自身はそれに気がつくこと ないんじゃけぇそれでタカキが手に入るんならええやんって思う自分がおる。  そんな自分に負ける前に、この魔法を解いてもらわんといけん。 「オレは、キミの恋を叶えてあげたくて」  妖精さんがとまどったようにつぶやく。 「キミが幸せになれるようにって思って……」 「うん、ありがとう」  それは疑うちょらん。妖精さんに悪気がないのは信じちょる。 「妖精さんがうちのためにしてくれたんは分かっちょお。でもね、やり方は間違っちょったと思う。 それに気づかんでうちもどんどん間違えた」  目の前の、ちっちゃくて不格好なあみぐるみの姿した妖精さんをそっと手で包む。 「明日、タカキとふみかに全部話すけぇ、そしたらその後魔法といてもろうてええ? 話した 後じゃったら魔法とかれても理由が分かるけぇ、たぶんタカキ混乱少なくてすむじゃろうけぇ」  もっとええ方法があるんかもしれんけど、今はそれしか思いつかん。  うちのお願いに妖精さんはしばらく黙ったままじゃった。うつむいたまま考えて、それからうちを 見上げる。 「キミ以外にはオレの姿はあみぐるみにしか見えない。彼氏が信じるかどうかは分からないし、信じたら きっとキミは恨まれるよ? それでもいいの?」  気遣うように妖精さんはうちを見ちょる。 「恨まれるような事をしたんじゃもん。かといって、気がついたそにこのままタカキに魔法を かけつづけることなんか出来ん」  うちの言葉に妖精さんは泣きそうな程、顔をくちゃくちゃにした。 「オレは、キミに幸せになってもらいたかったのに……」  悲しそうに唇を噛むんが見える。そんで妖精さんは静かに言った。 「おまじないで結んだこのリボン、これがオレとこのあみぐるみを結んでいる。このリボンを解けば、 オレはあみぐるみと、キミや彼氏とのつながりが切れる。その時に魔法もとける」  妖精さんは悲しそうにうつむいたままごめんなって言うた。こんなつもりじゃなかったって。うちは うんって頷いて、もう一回泣いた。

前のページへ 一覧へ 次のページへ


inserted by FC2 system