9  その日の放課後、こまい頃三人でよう遊んだ公園にタカキとふみかを呼び出した。三人で会うんは あの日以来。魔法でタカキにうちの事を好きと思わせて以来。  逃げだしとうなるなさけない自分に喝を入れながら、公園に向かう。 「ねぇ、今ならまだ間に合う。そりゃあ、彼氏には悪いことをしたけど、それはキミが悪いんじゃない。 オレがした事なんだから。オレがどうにかするから、魔法をとくのはやめよう?」  手の中で妖精さんが必死に訴えてくる。 「もう決めた事やん。これ以上タカキやふみかを苦しめてどうするん。それに、魔法をかけ続けても うちも苦しい。悪い事って気がついたほいそんなこと出来るわけないやん」  妖精さんに悪気はないんかもしれん。妖精さんは恋を叶えるためにおるんじゃけぇ、どんな手を 使ってでもうちの恋を叶えたいんかもしれん。  そんな妖精さんの言葉に頷きそうになる前に急いでそう言った。  妖精さんはうちの言葉にしゅんとうつむいて黙ってしもうた。  先に来たんはタカキやった。 「体の方はもうええんか? 早退したけぇびっくりしたんぞ。もう出歩いて平気なんか?」  うちを心配してくれるタカキ。 「うん。もう大丈夫」  うちはそう言うんが精一杯じゃった。いつもの笑顔が出せんかった。そんなうちを見てタカキも なんか感じたみたいで、不信そうにこっちを見ちょる。 「あみ? ホントに大丈夫なんか? 話なら家ん中でも出きるんじゃけぇ、行こう」  うちの肩を抱いてうちん家の方に行こうとするタカキ。けど、まだふみかが来ちょらんけぇこっから 離れられん。  歩き出さんと首を振り、辺りを見回した。遠くにふみかの姿があった。うちとタカキの姿を見つけて とまどうちょる。 「ふみかっ」  慌ててタカキの手を振りほいて、走って迎えに行く。じゃないとそのまま逃げそうじゃったけぇ。  二人を呼び出しちょるっちゅうんはわざっと両方に黙っちょったけぇ、タカキもちょっと とまどうちょるみたいやった。けど、皆おらんと意味がない。 「急に呼び出してごめん、二人とも。でも、どうしても二人に言わんにゃいけん事があるん」  逃げかけたふみかの手をつかんで言う。必死に言うたんが通じたんか、ふみかはそれ以上逃げようとは せんで、こくんと頷いた。  ふみかの手を引いてタカキん所に行く。タカキも複雑な顔をしてうちを見た。  そりゃあそうじゃいね? つい最近まで仲良し三人組じゃったとはいえ、タカキにしてみればふみかは 元カノで、ふみかからすればタカキは振られた相手じゃもん。それを今の彼女のうちが二人同時に 呼び出すなんて、おかしいと思うに決まっちょる。なんでって思うじゃろう。  じゃけど言わんにゃいけんけぇ。一刻も早く言わんにゃいけんけぇ。  うちはふみかの手を離し、決心が鈍る前に二人に頭を下げた。 「ごめん、タカキ、ふみか。本当、ごめんなさいっ」  ぶん、と音が出そうな勢いで頭を下げた。これくらいで許されるもんじゃないやろうけど、 そうせずにはいられん。  けど、いきなり謝られても二人ともなんのことか分からんでびっくりしちょる。 「なんの話かぁや? しかも二人にって、訳分からんのやけど?」  タカキとふみかはお互いに何の話か分かるかって目配せする。けど二人に分かるはずもない。  困惑する二人に、顔をあげてうちは息を吸った。 「今から言うこと、信じられんかもしれんけど、聞いて?」  声が震えた。言うんが怖い。けど、言わんにゃいけん。  あみぐるみを握りしめ、うちは深呼吸してから話始めた。 「あんね? タカキは本当は、ふみかの事が好きなんよ」 「はあ? いきなりなに言い出すんかぁや」  うちの言葉にタカキがすっとんきょうな声を出す。それ以上タカキが何か言う前に、うちは震える声を 絞り出した。 「ごめん、最後まで聞いて。……二人とも知っちょおよね、あみぐるみのおまじない。信じられん じゃろうけど、それでほんとにうちん所に恋の妖精が来たんよ。そいで、タカキに魔法をかけた。 ……うちを好きになるように」  聞かされただけじゃあ信じられんのじゃろう、タカキは眉をしかめ、ふみかはキョトンとしてうちを 見ちょる。そりゃそうじゃ、うちだって反対の立場じゃったらそんな話信じん。じゃけどこれは本当の 事で、二人には信じてもらわんといけん。  うちはなんとか分かってもらおうと、言葉を継いだ。 「じゃけぇ今、タカキはうちの事を好きって思っちょおけどそれはうそなん。ほんとはふみかが 好きなんよ」  じゃけどやっぱりそう簡単には分かってもらえん。  うちの言葉にタカキが怒ったように言う。 「バカ言うなぁや。俺、ずっと前からお前のことが好きやったぞ? もしかして、ふみかちゃんと 一緒になって俺をからかいよるんか?」  ふみかがびっくりしたようにタカキを見た。最近ろくに話する事なかったけぇ、タカキがふみかの 事を他人行儀にちゃん付けで呼ぶんは初めて聞いたんじゃろう。  タカキの方は、そんなんに気がつかんとむうっとした顔してうちを見ちょる。 「からこうてなんかおらん。タカキは魔法かけられた本人じゃけぇ今は分からんじゃろうけど……。 ふみかは気づいたじゃろ? タカキがふみかの事、他人行儀にちゃんづけして呼びよるんも、うちが 妖精さんにタカキとふみかは知り合い程度でそんなに仲良うなかったって事にしてってお願いしたけぇ なほ」  唇をかみしめながら、うちは告白した。  ふみかは考えるようにうちの顔を見ちょる。タカキはやっぱり怒った顔して眉を寄せちょる。 「けど、魔法でうちのこと好きにさせるなんて、卑怯じゃいね? ほんと、ごめん。でも、タカキの事が 好きやったほ。ほんとに好きじゃったけぇ……」  涙が出てくる。今泣くんはいけんって分かっちょるほい涙があふれて今にもこぼれそうになる。 「今なら、まだ冗談でしたで誤魔化せるよ?」  妖精さんがうちにしか聞こえん声で言うた。うちはそれにちいそう首を振ってみせる。  涙を飲み込んで、もう一度勇気を振り絞る。大きく息を吸って、声を絞り出す。 「魔法、とくけぇ。許してっちゅっても許せんじゃろうけど、でもこれ以上、二人を騙せんけぇ」  それを聞いてちょった妖精さんはうつむいて、頷いた。タカキは訳が分からんっちゅう顔しとるし、 ふみかは考えるようにうちをじっと見ちょる。 「わけ分からん」  それまで黙っちょったタカキが顔をしかめてつぶやいた。 「お前なにが言いたいんか。魔法ってそんな、信じろちゅうほうが無理じゃろ。俺がふみかちゃんの事 好きやったって、何でそうなるんかぁや。俺が好きなんはお前なんぞ?」  一気にタカキがまくしたてる。 「もしかして俺と別れたいんか?」  言われた言葉に思わず首を振ってしもうた。  別れんですむもんなら別れとうはない。けど、そもそもこれは本当やない。 「ふみか、夏休みうちがおらん時にタカキと二人で神社に行った事があるんてね」 「え? ・・・うん」  突然話をふられて、びっくりしたようにふみかが頷く。 「話逸らすなぁや。それともなんか変な誤解しとるんか? 俺、ふみかちゃんと二人で神社なんか 行った事ないぞ。ていうか、ふみかちゃんと二人で遊びに行った事なんかないし」  不機嫌そうに言うタカキにふみかは目をまんまるにした。 「遊んだことあるよ? 何回も。昔っからあみちゃんがおらん時も一緒に遊びよったやん。夏休みも、 あみちゃん田舎に行っちょっておらんけぇどこで遊ぼうかって話になって、神社に鳩見に行ったやん。 鳩すっごい飢えちょって、かわいそうやったけぇ何回もエサあげたやん」  ふみかにとっても楽しい思い出じゃったんじゃろう。覚えちょらんほ? って言いたげに瞳を潤ませて タカキを見ちょる。  タカキはふみかの言葉に戸惑ったように首を振った。 「それはあみと神社に行った時の事じゃ。なんでふみかちゃんが知っちょるんじゃ? あみが 教えたんか?」  うちも首を振り、タカキを見る。 「うちともこないだ神社に行ったけど、ハトのエサは買わんかった。持っちょったポテトはあげたけど、 エサは一回も買わんかったんよ?」  胸が痛い。おんなしような思い出なんじゃけぇ、ふみかとの方をきれいさっぱり忘れてうちとの 思い出を覚えちょってくれたら良かったほに。なんでふみかとの思い出をうちとの思い出に してしもうたん?  胸が苦しゅうて息が出来んごとなりそうな。  そんだけタカキはふみかの事が好きなんじゃ。早う魔法といちゃらんにゃあ。なほにうちはまだ こんな風にふみかとの思い出の方を忘れちょったら良かったほいなんて考えてしまいよる。 「ポテト……。おお、そうじゃあ。あん時バーガー食べる所探して神社行って、鳩がかわいそう じゃけぇってエサ何回もやって、その後朝からなんも食べちょらんけぇ腹減ったけぇたこ焼きでも 食べ行こうかっちゅう話になって……?」  タカキが矛盾に気がついた。これ以上タカキを混乱させるわけにはいかん。 「魔法、とくね?」  うちはあみぐるみの首に結んだリボンに手を伸ばした。まだ新しい、つるつるした感触の真っ赤な リボン。このリボンを解いたら全部終わる。うちの恋も、友情も。  いんにゃ、違う。妖精さんに魔法でタカキの心を操ったって聞いて、それに反対せんかった所で 終わっちょったんよ。そんでうその世界にしがみつてしもうた。  指が震える。ノドが痛うて息が出来ん。それでもリボンを、魔法をとかんにゃあ。 「ごめんね、オレがやりかたを間違えたせいで。キミを幸せにしたかったのに……」  妖精さんの涙声が聞こえてきた。やり方は間違っちょっても妖精さんは本当にうちの恋を 叶えてくれたかったんじゃろう。 「ありがとうね」  うちの為にしてくれたんは間違いないんじゃけぇ、お礼を言う。そんでうちは目をつぶって、 赤いリボンを引っ張った。  息を飲み、ゆっくりと目を開ける。手の中のあみぐるみはもう、二度と動く事はない。  ふみかは、様子を見るようにうちとタカキの様子を見守っちょる。そしてタカキは。  最初は混乱したようにふみかとうちを見て、自分を見るように、下を向いて手や足を見た。 「タカキ?」  ふみかがちっちゃい声でタカキを呼ぶ。 「…ふみか……」  以前のようにふみかを呼び捨てにしてタカキはふみかに手を伸ばした。ふみかは戸惑いながらも その手に触れる。 「タカキ、ほんとに?」  まだ不安そうにタカキを見上げるふみかを、タカキは抱きしめた。 「ふみかっ」  ぎゅっとふみかを抱きしめて、タカキはふみかの名前を呼ぶ。  胸が痛かった。魔法といたんを後悔した。あの腕はうちのもんやったそに、なんでふみかを 抱きしめちょるん?  まだそんな風に考える自分が嫌じゃった。もともとこれが本当なほに、やっと元に戻ったそに。  胸が痛うて涙が出てくる。自業自得なほに、胸が苦しゅうて……。  抱きしめられたふみかは、まだ信じられんのかタカキの服を握りしめながらじっとタカキを見た。 「タカキ、ほんとに?」  ふみかの問いにタカキはほほえみ、頷いた。そしてもう一度ふみかを抱きしめた後、ふいにこっちを 向いた。その顔は、今まで見たことないほど怒っちょった。  ツカツカとタカキがこっちに向かってやって来る。怒りに顔を歪ませたままうちの前に来て、そんで いきなりうちの胸ぐらを掴んだ。 「あみ! てめぇっっ」  今にも殴りかかろうとタカキが手を振り上げる。  幼なじみじゃけぇ、今まで何回もケンカした事ある。じゃけど今まで、タカキを怖いと思うたこと なんかなかった。女の子やけぇって遠慮しちょったんか、こんな風に胸ぐらつかまれた事なんかなかった。 じゃけど今、本気で睨みつけ思いっきり殴ろうとしよるタカキにうちはすくみあがった。 「だめっ。タカキっ」  振り上げたタカキの腕をふみかが抱きついて止める。 「止めんな、ふみか。こいつは殴られて当然なんじゃ!」  ふみかの手を振り払い、殴ろうとする。  タカキにしてみれば当然じゃろう。うちにええように記憶を塗り変えられ、心を操られたんじゃけぇ。  じゃけぇうちは逃げんかった。けど怖うてその場にしゃがみ込んで、何回もごめんなさいって 繰り返し言い続けた。タカキはふみかが止めるんも聞かんと何度も手を振り上げうちを殴ろうとした。 それでもふみかが何回もタカキに抱きついて止めてくれたおかげで、うちはまだ殴られちょらんかった。 「タカキ、ねぇ、あみちゃんのこと許しちゃろうや? こんなに謝りようやん」  ふみかが必死にかばってくれよる。けど、そんくらいでタカキの怒りが治まるはずもない。 「謝ったくらいで許せるかっ。殴ってもまだ足りんくらいじゃ!」  その通りじゃ。その通りじゃけぇ、うちは逃げられん。  激高するタカキに、それでもふみかがなだめてくれる。 「それでもあみちゃん、間違いに気がついて魔法といたやん。そのままタカキの彼女でおることも出来た ほに、魔法といて謝ってくれたんじゃろ?」  ふみかの言葉にタカキが動きを止めた。怒りが治まったわけじゃないけど、うちを殴ろうとするんは やめたみたいじゃった。本当はまだ殴りたいんかもしれん。握りしめた拳がぶるぶる震えちょお。 それでもふみかの言葉を聞き入れて、タカキは殴るんをやめてくれた。 「それでも俺は、許せん。二度と俺らに近づくな」  言い捨てタカキはうちに背を向けた。ふみかの手を取り、ここから去って行く。タカキにひっぱられ ながらながらふみかはうちを気にして振り返り、そして小さくつぶやいた。 「魔法といてくれてありがとうね」  なんでそこでお礼なんて言えるん? そんなじゃけぇ、タカキはふみかを好きになるんじゃろうか?  ボタボタ涙が流れ落ちる。  うちがかなうはずもない。なほにあんな事してうちは二人の友情さえも失ってしもうた。  顔を上げると二人の姿はもう見えん。  もう二度と三人で笑い会う日は来んじゃろう。  ぶちこまい頃から兄弟みたいに一緒におって仲良うて、なんの気兼ねもいらんで大好きじゃった タカキとふみか。  そんな二人の心を魔法なんか使ってもてあそぶような事して。  自業自得じゃ。  それでも涙が止まらん。それを慰めてくれる妖精さんももうおらん。  うちはそのまま動けんごとなって、暗うなっても泣き続けた。

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