ばれんたいん・めもり〜ず  道行くお店のほとんどが赤やピンクに染まっている。ハートのポップであふれかえり、聞こえて くるのはお決まりの歌。 「今年は手作りに挑戦してみようか」  渡す本人がそばにいる事を承知でわたしは呟いた。 「……みっか、料理出来たっけ?」  かるくんたら、失礼ね。  からかうようにわたしを見ているかるくんをちらりとすねた目でわたしは見上げる。 「つまり、わたしの作ったチョコは食べたくないと?」  つんと冷たく言い放つと、かるくんはくつくつと笑った。 「うそうそ。みっかの作ったチョコならお腹下したって食べるって」 「もー、かるくん。わたしの事なんだと思ってるの?」  思わず頬を膨らませてしまう。 「うん、いくらみっかだってレンジでチョコを溶かすくらいは出来るよな」  そう言って指さす手作りチョコのコーナーには『レンジで簡単、手作りチョコ』の文字。 「むーっ」  でも確かにわたしが作ろうかと思ったのもこのテのチョコ。湯煎で溶かして作ってもいいけど、 簡単な方が失敗少ないだろうし。 「そんな意地悪言うなら、今年はかるくんにはあげないよ?」  つい、拗ねてそんな事を言ってしまう。 「かるくんにはって、オレ以外に誰にあげるの?」  言葉のはしを聞き取って、ちょっと焦ったようにかるくんが言う。  ヤキモチ?  だったら嬉しい。ちょっぴり気分が良くなって、わたしは微笑んでかるくんに告げる。 「お兄ちゃんとお父さんにだよ」  わたしの言葉に、ちょっとホッとするかるくん。わたしの目にかるくん以外の男の人が映るなんて事 あるわけないじゃない。 「……みっかは、オレに出逢う前いわゆる本命チョコ渡した事あるの?」  突然のかるくんの質問に、きょとんとしてしまった。そしてそれが過去の、いもしない人にまで ヤキモチを妬きかけているんだと気がついて、ちょっと吹き出してしまった。 「ないよ。あるわけないじゃない。かるくんが初めてだし最後だよ」  わたしの運命の人はかるくんだから、他の人になんて考えられない。  けど、ちょっと気になって訊いてみる。 「そういうかるくんは、他の女の子からもらった事、ある?」  他の人から渡されてしまうのは仕方がないけど、それでもちょっと気になってしまう。  そんなわたしの気持ちに気づいたように優しい笑みを浮かべるかるくん。 「ないよ。みっか以外の女の子から貰うわけないじゃないか」  そう言った後、ふと思い出したように首を傾げた。 「いや、待てよ。……昔、みっかと出逢うよりもっと前の話なんだけど、知らない女の子から貰った 事が…ある」  眉をしかめ、かるくんが言う。そして言った後に慌てて言い訳をする。 「いやでも、ホントみっかと出逢う前の話だし、本命チョコとかじゃないかもしれないし」  その慌てかたがかわいくて、つい微笑んでしまった。わたしと出逢う前の事を責めてみても仕方が ない。  仕方がないけど、気にもなる。 「どんな子に貰ったの?」  つい、訊いてしまった。  かるくんはわたしが怒っていると思ったのか、困ったように笑みを浮かべる。 「本当に知らない子なんだ。何歳だったかな。ちょうど今くらいの時期に街を歩いてたら、急に呼び 止められて……」  思い出しながらかるくんが語る。 「ビターとミルク、どっちが好きかって訊かれて、ビターって答えたら『貰って下さい』って突然 差し出されたんだ。びっくりしたけど、ついそのまま受け取っちゃって……」 「……その時、どう思った? 嬉しかった?」  イタズラ心で訊いてみる。 「そりゃまあ、オレも男だから女の子からチョコ貰えば素直に嬉しいよ。……初めて貰ったチョコ だったしね」  ちょっと後ろめたそうに言うかるくんに、つい笑みがこぼれた。 「そっか、良かった」  わたしの言葉にかるくんはきょとんとした。 「それ、わたしだよ」 「ええ?」  わたしの告白にかるくんはすごくびっくりしたみたい。 「でも、そっか。わたしが一番最初にかるくんにチョコあげたんだね」  その事が嬉しくて、ギュッとかるくんの腕を抱きしめる。 「え? ちょっと待って。本当に?」  戸惑うかるくんにわたしはにっこり笑って答える。 「中学生の時、友達とバレンタインチョコ買いに来た時の事だよ。あ、ミルクとビターの二つ持ってた のはお父さんとお兄ちゃんの分ね。で、買い終わって友達と別れて帰ろうとしてたら、かるくんを 見つけたの」  もちろんこの時はまだわたしとかるくんは知り合っていなかった。だけどわたしは一目で分かった。 彼がわたしの運命の人だって。 「今でも覚えてるよ。かるくんのびっくりした顔」  信じられないみたいで、かるくんはまだクエスチョンマークを浮かべた顔をしている。 「や、待って。みっか、知らない人にいきなりチョコあげたの? それともそんな前からオレの事 知ってたの?」  かるくんにしてみれば不思議なんだろう。わたしとかるくんが知り合ったのはチョコをあげてから 何年も後だし、それまでは同じ学校って訳でもなかったから。 「知らない人じゃないよ。かるくんだから、あげたんだよ」  どこまでかるくんは信じるだろう? どこまでかるくんに話していいんだろう。 「……信じなくてもいいけど、わたしは生まれた時からかるくんの事が好きだから」  前世とは違う。けれどわたしの中にある記憶。  あらゆる世界でわたし達は出逢い、恋に落ちる。  わたしの言葉をどう捉えたのか、かるくんは少し赤くなってそれから微笑んだ。 「産まれた時から、とは言えないけど、オレもみっか一筋だから」 「うん。だからねかるくん。何があっても負けないでね」  わたしの言葉にかるくんはちょっと考え、小声で言う。 「……やっぱりお兄さん、まだ反対してるんだ?」  困った兄の事を出され、わたしは苦笑した。 「お兄ちゃんも運命の人に出逢えたら分かってくれるよ」  お兄ちゃんが反対している理由は、わたしもかるくんも知ってる。  だけどわたし達にとってそれはわたし達が結ばれてはならない理由なんかにならない。 「うーん、そうだといいけど。お兄さんみっかの事かわいがってるぽいからなぁ……」  かるくんの呟いた理由に思わず吹き出してしまった。  そっちの理由を気にしてるの? 「お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん。恋人が出来たらわたしなんて気にもしなくなるって」 「そうかなぁ。みっかみたいなかわいい妹がいたら、やっぱりどうしても過保護になると思うけどなぁ」  言いながら、わたしを後ろから抱きしめる。 「わたしは過保護なお兄ちゃんがいるより、かるくんって恋人がいる方がいいな」  わたしを抱きしめるかるくんの手をそっと上から包み込む。 「だからチョコ作り、がんばるね。もちろん味はビターで」  わたしの言葉にかるくんが後ろでくすりと笑った気配がした。

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