カッコウワルツ その1  幼い頃、お母さんに手を引かれ買い物に行ったスーパーでは必ずと言って良い程『カッコウワルツ』が 流れていた。  その楽しい旋律が大好きで、わたしはいつもその曲を口ずさんでいた。  カッコウという鳥がどんな鳥かも知らないまま。  近所に年の近い女の子がいなかったので、その頃はいつもお兄ちゃんの後ろをついてまわっていた。 面倒見の良かったお兄ちゃんは、近所で遊ぶ時は文句を言わずわたしを連れて行ってくれた。  それでもお兄ちゃんは年上で男の子だったから、わたしなんかよりずっと行動範囲も広く、わたしの 付いて行けない所まで遊びに行く事もあった。  だから、わたしの知らないお友達がいても当たり前だった。  そんな、遠くで出会ったお兄ちゃんのお友達が初めてこっちに遊びに来た時も、当然の様にわたしは お兄ちゃんに付いて行った。 「へえ? そいつがコージの妹?」  それがお友達の第一声だった。まるでお兄ちゃんの付属品かおまけを見て言うような口振りに、 カチンときた。だからわたしも負けじと言った。 「これがお兄ちゃんのお友達?」  ナマイキな物言いのわたしに、だけどお兄ちゃんのお友達は怒る事なくニヤリと笑う。 「そう。オレがコージの友達。よろしくな、コージの妹」  そう言い、お友達が手を差し出す。「仲良くしよう」の握手を求めて。  だけどお兄ちゃんはわたしの態度が気に入らなかったらしい。 「悪い。近所に年の近い子がいないもんだから付いて来ちゃって」  イヤそうにお兄ちゃんに言われ、ムッとした。邪魔者にされるのは嬉しくない。  だから差し出されたお友達の手を取る前に、わたしはくるりと背を向け走り出した。 「あ、おい。どこに行くんだよ、コージの妹」 「ミツカだもん。別に、お兄ちゃん達と遊ばなくてもいいもん」  いつもなら一緒に遊んでくれるお兄ちゃんに邪険にされて、ちょっと傷ついていた。お兄ちゃんを お友達に取られて、少し拗ねてもいた。  そんなわたしを追いかけて捕まえてくれたのはお兄ちゃんではなくお兄ちゃんのお友達の方だった。 「ミツカか。かわいい名前だな。みっかって呼んでもいいか?」  腕を掴んで笑いかけてくるお兄ちゃんのお友達にわたしは困惑した。  返事が出来ずにいるわたしを気にする事なくお友達は喋りかけてくる。 「オレの名前はヒカルだ。よろしくな」  それでも返事が出来ずにいると、遅れて追いかけてきたお兄ちゃんが怒ったようにわたしに言う。 「そんな風にすねるんなら、最初からついて来るなよ」  お兄ちゃんにしてみればせっかく遊びに来たのに邪魔されて怒ったんだろう。だけどわたしは そんな風に言われて涙が浮かんだ。 「おいコージ。妹をあんまり責めるなよ。ほら、みっかも。泣かないで遊ぼう」  そう言い、お友達が笑顔でわたしに手を差し出す。いつもは優しいお兄ちゃんに冷たくされて 悲しくて悲しくて仕方のないわたしに差し出してくれたその手。おずおずとその手に手を伸ばし、 わたしは言った。 「かるくんって呼んでいい?」  わたしの問いかけに彼は笑顔で頷いた。  その時の気持ちはどう表せば良いだろう。  嬉しくて温かくて、やわらかくてほっとして。  胸がギュッとして、涙が出てきた。 「え? あれ? みっか。どうした?」  ボロボロと涙を流すわたしに、かるくんもお兄ちゃんも慌てる。 「あれ? オレ何か悪いこと言った?」 「いや。オレが悪かったよ。ごめんなミツカ。お兄ちゃんが悪かった。ほら、何して遊ぶ?」  わたしが悲しくて泣いていると思ったのか、慌てながら二人は優しくそう声を掛けてくれた。  その日の夜、わたしは夢を見た。  大人になったわたしが、一人の男の人に寄り添う夢。  彼はわたしの恋人だった。優しい瞳でわたしを見つめ、その手で頬を撫でてくれた。  目が覚め、ドキドキする胸を押さえながら、わたしはそれが大人になったかるくんだと気づいた。  わたしとかるくんは大きくなったら恋人同士になるんだ。  そんなドキドキで胸がいっぱいになる。  次にかるくんに会った時、お兄ちゃんの見ていない所でこっそりとかるくんに告げた。 「あのね、大きくなったらみっかとかるくんは恋人同士になるんだよ」  最初にそれを聞いた時、かるくんはちょっとびっくりしたように目を見開いて、だけどすぐに優しく 笑ってくれた。 「そっか。じゃあ、急いで大きくならないとな」  かるくんがどういうつもりでそう言ったのかは分からない。だけどその返事が嬉しくて、ぎゅっと かるくんに抱きついた。 「なにしてんだよ、ミツカ」  それに気づいたお兄ちゃんが顔をしかめてやって来る。 「何だよコージ。かわいい妹取られてヤキモチか?」  からかうようにかるくんが笑う。 「! そんなんじゃないけど、抱きついたりなんかしたらヒカルが迷惑だろ?」  お兄ちゃんはそう言うけど、かるくんは笑って否定してくれる。 「オレは嬉しいけど? だってみっか、かわいいもん」  その言葉が嬉しくて、更にわたしはぎゅっとかるくんを抱きしめる。 「と、とにかく。ダメったらダメ! ほら、離れてっ」  べりっと面ファスナーを剥がすようにわたし達を引き剥がすお兄ちゃん。だけどお兄ちゃんが ヤキモチ妬いてるのは分かったし、かるくんもわたしもお兄ちゃんが大好きだったから、みんなで その後大笑いした。

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