はじまりのお話 その1  生まれ変わりというのとはちょっと違う。いわゆる並行世界。パラレルワールド。すぐ隣のよく似た 世界から、全く別の世界のような遠い世界の、そんな色んな世界での記憶がどうしてかわたしの中に あった。  たくさんの世界の中、どの世界の記憶を手繰ってもわたしはかるくんが好きで、かるくんもわたしを 好きになってくれた。  だけどわたし達は引き裂かれ、あるいはわたしは殺され、かるくんは心を閉ざし不幸になっていった。  色んな記憶を思い出す度、かるくんへの愛しさがつのる。  この記憶を夢だと思っている世界のわたしは夢の中のかるくんに恋をし、別の世界での記憶と 分かっているわたしはどこかにいるはずのかるくんを捜す。  どこの世界のかるくんも、わたしの記憶は全くなく、初めましてと彼は言う。  幾つもの世界のわたしが、かるくんを好きだという。  幾つもの世界のわたし達が、幸せになれずにいる。  もしかしたらわたし達は、出会うべきではないのかもしれない。ふと、そう思った。  出逢わなければ引き裂かれる事も、わたしが殺される事もなく、かるくんは心を閉ざしたり しないのかもしれない。  かるくんが不幸にならずに済むかもしれない。  記憶を持って生れてきたわたしがそう考え、かるくんを不幸にしない為に出逢わない事を選んだのは 五つの時だった。  色んな世界のわたし達の出逢いかたは、様々だった。  出逢う時期も、バラバラだった。早い時には幼い頃に。だから五つで出逢わない事を決めたのは 決して早すぎたりはしなかった。  お兄ちゃんと呼ぶ事の多い光児さんは、本当に兄の時もあれば、従兄の時もあった。許婚という 立場の時もあった。たいてい彼は、わたしを可愛がってくれている。  そして彼もまた、かるくんと少なからず関わる事が多い。  友達や親友の時もあれば、光の王子と闇の王子としてライバルになる時もある。わたしが光児さんの 許婚の世界では、恋敵という場合もあった。  だけどわたしは知っている。光児さんにも、わたしではなく別にちゃんと運命の人がいる事を。  その人とわたしが出会う世界は、本当に少なかったけれど、それでもその人の存在をわたしは 知っている。  だから今回、光児さんとわたしは従兄妹で親同士が勝手に結婚の約束をしていると耳に挟んだ時、 それに従って大人になったらそのまま結婚しようかと迷ったけれど、それはやめた。  光児さんは運命の彼女と出逢えば幸せになれる。それを邪魔しちゃいけない。  とにかくわたしがかるくんと出逢わなければいい。それだけの事だ。  そうしてわたしはかるくんに出逢わないよう気を付けた。  かるくんとニアミスしたのは、十五の時だった。  たまたま街で見かけた光児さんに声をかけようとして、その隣にかるくんがいるのを、見つけた。  慌てて声をかけるのをやめ、見つからないよう隠れる。  光児さんとかるくんは同級生で、親友とまではいかなくても普通の友人関係を築いているようだった。  光児さんや、別の友達と楽しそうに笑っている、かるくん。  ポロポロと、涙があふれた。  他の世界の記憶がある事を疑ったりはしていなかった。この世界にもかるくんがいるだろう事は 確信していた。  だけど本当の、本物の、今生きている彼の姿を目にして感動せずにはいられなかった。決して彼の 目にわたしを映す事はしてはいけなかったけれど、そこにかるくんがいてくれる事に、幸せを 感じずにはいられなかった。  このままかるくんが幸せで、笑顔でいてくれるならそれだけでいい。そう思えた。  だけど現実は残酷だ。  わたしは細心の注意を払ってかるくんと出逢わないようにしていた。そして実際、出会う事は なかった。  だからわたし達は恋人同士にはならなかったし、だからかるくんは『わたしを失う』事は無かった。 だから大丈夫、そう思っていたのに。  かるくんは、心を閉ざした。そして一生誰にもその心を開こうとはしなかった。  どうして?  わたしは憤った。かるくんが幸せであるならと、わたしは辛くとも出逢わない道を選んだのに、 わたしと出逢わなくてもかるくんは不幸せな道を歩んでしまうの?  わたしはただ、かるくんに幸せになって欲しいだけなのに。  どうすればかるくんは幸せになれるの?  その答えが出ないまま、わたしはその世界の生を終えた。  その記憶を持ってわたしは、再び生を受けた。記憶を持った魂が別の世界に移動し、時を遡り再び わたしへと生まれなおす。  何の意味があるんだろう。どうしてわたしは他所の世界の記憶を持っているんだろう。  難しい事は分からない。だけど分かる事もある。  わたしはかるくんを愛してる。だからかるくんには幸せになってほしい。  どうしたらかるくんは幸せになれるんだろう。  どうしてわたし達は幸せになれないんだろう。  出逢う事が間違いなのかと思った。だけど出逢わない事を選んでもかるくんは幸せにはなれなかった。  だったらどうしたらいい?  出ない答えにわたしは、涙を流す。  ああでも、もしかしたら。もしかしたらわたしは、わたしとかるくんが幸せになる世界を探して いるから他の世界の記憶を持っているのかもしれない。  ハッピーエンドで終わる事が出来たなら、わたしの記憶はそこから他の世界へは引き継がれないの かもしれない。  今回生まれた世界では、ハッピーエンドになれるだろうか。  出逢わなくてもかるくんが不幸になるのならば、わたしがかるくんを幸せにしてあげなくちゃ。  少なくともわたしと共にある時のかるくんは、幸せを感じてくれている。ならばずっと共にあれる 世界にたどり着かなければ。  まだ生まれたばかりで何も出来ないけれど、わたしはその事を堅く胸に誓って眠りに落ちていった。  夢を見る。長い長い夢。  夢の中のわたしは他の世界のわたしを知らず、かるくんの事もまだ何も知らない。  だから、出逢ったのも本当に偶然。かるくんが声をかけてくれなかったら、出逢わなかったかも しれない。  興味本位でやって来た黄昏の地で、街を巡り終えたわたしは、ひとり街外れの野原へと足を 踏み入れた。  日の暮れかけていたその草原は、見事に黄色やオレンジ色の光に照らされ、幻想的とも思える 輝きを見せていた。  そんな輝きに見とれていると、ふと向こうから夜の欠片が近づいて来た。違う。夜の欠片ではなく、 闇の一族の若者だ。 「やあ。珍しいね。光の一族の女の子がひとり、こんな所で何してるんだい?」  優しい笑みを浮かべ話しかけてきたのは、夜そのものを切り取ったように美しい、闇の一族の 若者だった。 「遊びに……来たの。疲れて帰る時にここを見つけて……。とても綺麗で……」  そう呟きながら、わたしはその闇の若者に見とれていた。黄金色に輝く草原に立つ夜色の彼は 何にもまして美しかった。 「ああ。確かに綺麗だね」  夕焼けに染まる草原に彼は目を移す。  それを、淋しいと思ってしまった。たった今出逢ったばかりの、名前も知らない彼の視線が自分から 他へと移っただけで淋しいと。  一目惚れなんて信じてなかったけど、胸がギュッと苦しくなるのを感じて、恋に落ちたと認めずには いられなかった。 「! どうしたの?」  振り返り、再びわたしを見た彼が、ぎょっとした顔をしてオロオロし始める。 「え?」  彼の態度の理由が分からず首を傾げた途端、わたしの頬にポロリと涙が流れ落ちた。 「あ」  びっくりした。自分が泣いてたなんて、気が付いてなかったから。 「もしかして、自覚無かったの?」  彼は不思議そうにそう言いながら、ハンカチを差し出してくれた。 「うん。ありがとう」  ハンカチを受け取り、涙を拭く。すると彼はホッとしたように笑みを浮かべた。 「そっか。涙が出るくらいこの景色に感動したんだ」  そう言って、笑う。  本当はちがうけれど、わたしは「うん」と頷いた。本当は、たぶん彼に出逢えた事が嬉しくて涙が 出たんだと思う。だけどそれを本人に言うのは恥ずかしくて、わたしは誤魔化した。 「きっとわたし、一生この景色、忘れないよ」  キュッと手を握りしめて、借りたハンカチが手の中にある事を思い出した。 「あ、あの。ハンカチありがとうございます。洗って返します。えーと、明日もここで会えますか?」  そう告げるのが精一杯だった。

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