はじまりのお話 その2  それがキッカケで、わたし達はそれから度々会うようになった。  最初は友人として。  だけどわたしが彼に恋をしている事は、あっという間にバレてしまった。  見つめるわたしの視線に、彼は照れたように笑った。 「君は、光の血が濃いんだろう? なのにどうしてこんな闇の血をひく男を気にするの?」 「貴方も闇の血が濃いんでしょう? ……きっと、光と闇は互いに魅かれあうのではないかしら?」  希望を込めて、言う。わたしが彼を好きなように、彼もわたしを好きでいてくれますようにと。  だけどわたしは、言った傍から首を振りそれを否定した。 「違った。間違い。今のは違うの。例えわたしの血が濃くなくても、貴方が闇の血を引いてなくても わたしは……」  貴方が好きですって言おうとして、その口を塞がれた。彼の唇で。  真っ赤になってびっくりしているわたしに、彼は嬉しそうに笑みを浮かべる。 「ダメだよ。そういうのは男の俺から言わせて。……好きだよ」  極上の笑みと共にキラキラと美しいその黒い瞳に見つめられて、わたしは呼吸をするのも忘れて彼を 見ていた。 「返事は、くれないの?」 「え?」  声を出した途端、呼吸を忘れてたから変な風に肺に空気が入り、咳込んでしまった。 「大丈夫?」  びっくりした彼がわたしの背中をさすってくれる。  苦しさと恥ずかしさと、それから嬉しさとで涙で滲む彼の服をわたしはギュッと握りしめた。 「好き。……初めて会った時から、大好き」  精一杯の気持ちを告げる。そんなわたしを彼はギュッと抱きしめてくれる。 「うん。嬉しいよ」  温かな腕の中でこれ以上ない幸せを感じた。  それからわたし達は毎日のように逢瀬を重ねた。 「かるくんは、闇の月を持つ程血が濃かったんだね」  恋人同士になって、それまで知らなかった事も少しずつ知っていく。 「そういうみっかだって、光の星を胸に抱いているだろう」  それは互いに一族の中でも最も濃い血を持つという証。  昔、まだ二つの一族が交わっていなかった頃はその印で一族の王とその妃を選んでいたという。  けれど今は。 「もしわたし達がもう少し早く産まれていたら、生まれながらの許婚だったかもしれないね」  光と闇の一族が和平を結んだ際、象徴の王と女王を二十年から三十年に一度迎える取り決めが なされた。  そしてそれは、互いの一族の最も血の濃い、印を持つ者同士と決められた。  黄昏の地、もしくは暁の地と呼ばれるそこは、どちらにも属さない土地として作られ、そこに象徴の 王と女王は置かれた。  そして次代の王と女王に選ばれたのは、二人とほぼ変わらない年齢の二人だった。 「けど、決められていてもいなくても、関係ないさ。こうやってお互い好きになったんだから」  かるくんの言葉にわたしは微笑み頷く。 「かえって良かったのかも。わたしは別に、王とか女王とかに興味はないもの」  この時は平和だった。この時は幸せだった。  だけどいったい、いつから歯車が狂いだしたのか。  いつもの様にかるくんに逢いに彼の地へと行く。いつもかるくんはわたしよりも先に、そうじゃない 時もわたしが来てからすぐにいつもの場所に来ていた。  だけどその日は、十分たっても三十分たってもかるくんの姿が見えない。  どうしたんだろう。ただ急用が出来て来られないのなら良いのだけれど、もしかして何か事故に 巻き込まれてしまったのでは?  不安で落ち着きなくその辺りを歩き回る。  かるくんがやって来たのはそれから更に半刻程経ってからだった。 「悪い、みっか。急に親父に用事を押し付けられて……。待たせてごめん」  謝るかるくんは肩で息を切らせていた。きっと用事を終わらせた後、走ってここに来てくれたん だろう。 「わたしは大丈夫。それよりかるくんの方が大丈夫?」  彼の背をさすってあげる。 「ありがとう。優しいな、みっかは」  息の落ち着いてきたかるくんは、そう言ってとろけそうな笑顔をわたしに向けてくれた。  二人で会っている時は、いつもと同じ様に接してくれていた。  だけどそれから度々家の用で遅れて来たり、来れない日なんかが増えていった。  そしてそんなある日、かるくんの瞳の中に、影を見つけた。  最初は家の用事が忙しくて疲れているのかと思った。だけどかるくんはそれがどんな用事かを 教えてはくれなかったし、大丈夫と言って笑っていた。  わたしはそれを信じるしかなかった。  その日もいつもの様にかるくんに逢うために出かけようとしていた。 「どこに行くんだ、みっか」  声を掛けて来たのは、お父さんだった。 「いつもと同じよ。黄昏、もしくは暁の地」  わたしはかるくんとの事を両親に隠してはいなかった。両親も特に反対するわけでもなく、「節度の あるお付き合いをしなさい」とだけ言っていた。だから隠すことなく行き先を告げた。 「……今日は、よしなさい。いや、しばらくはやめておきなさい。知ってるかもしれないが、最近 一部の闇の一族がおかしな行動をしているらしいから」  かるくんの事を指して言っているとは思わなかった。そういう人達がいて、巻き込まれたら いけないからと心配しているだけだと。 「じゃあ、ちょっとだけ行ってきていい? 事情を話しとかないと心配すると思うの」  かるくんがなんの知らせもなく遅れて来た時、わたしもとっても心配した。わたしが何も言わずに 来なくなったら、かるくんだってとっても心配するはず。  お父さんは少し考えてから、言った。 「では私も付いて行こう。邪魔をするつもりはないが、本当に何が起こるか分からないらしいから」  かるくんに会いに行くのにお父さんがついてくるなんて、ちょっと気恥ずかしかったけれど、 お父さんの心配も分かったし、嫌だと言って会いに行く事自体を反対されるほうが嫌だったから、 わたしはそれに頷いた。  その日は結局、かるくんには会えなかった。『家の用事』が長引いて来ることが出来なかったのか、 それともお父さんの姿があったからびっくりして来るのをやめたのか。わたしには分からない。  そしてそれを機会に、黄昏の地へと行く事を禁じられた。 「こんな不穏な時期に、連絡も無しにすっぽかしたのは向こうなんだから、危険を冒してまでお前が 会いに行く必要はない」  お父さんに、そう言われた。 「何もずっとというわけじゃない。おかしな奴らの動きがなくなって、以前の様に光も闇も関係なく 平和に会える時が来たなら、止めはしないから」  泣き出しそうだったわたしに、慌ててお父さんはそう言ってくれた。 「じゃあせめて、手紙を書くからそれを渡して下さい」  そうして託した手紙が、かるくんの元へちゃんと渡ったかどうかは分からなかった。何度か彼の 地へと行き彼を探したけれどお父さん本人は出会えなかったそうなのだ。  仕方なくお父さんは元々知り合いだった闇の一族の人にその手紙を託したと、わたしに教えてくれた。  それから少ししてから、色んな噂が流れ始めた。闇の血を濃くひく者達がその血を守る為光の 一族と交流をする事を禁じる派閥が出来たとか。その人達が、本来黄昏の地で光の王と共に闇の 女王となる筈だった女性をどこかに隠してしまったとか。  闇の血を濃くひく若者を王に仕立て、その女性を娶せようとしているとか……。  闇の血を濃くひく若者。闇の星を持つ、それはかるくんの事じゃないだろうか。  かるくんは、闇の一族の王様になってしまうの? 闇の星を持つ女性と結婚してしまうの?  それは、かるくんの意志なの……?  そう考えただけで悲しくて涙がこぼれた。  会いたい。かるくんに会いたい。  そう思うのに、状況は悪くなるばかり。はじめはお父さんが彼の地に行かないようにと言っていた だけなのに、やがて正式に、純粋な光の一族は立ち入り禁止になってしまった。そして光の一族の 土地に、純粋な闇の一族も入ってはいけないらしい。  黄昏、もしくは暁の地に住む、どちらの一族の血も持つ人々が事を治めようと奔走している らしいけれど、元の様にお互いが平和に行き来できる日は、何年後になるだろうか。  会いたい。  だけどわたしに、禁を破ってまで闇の地へ赴く勇気はなかった。  しばらくしてお父さんから、かるくんを見たという人から話を聞いたと教えてもらった。彼の瞳は 何も映さない闇の色をしていて、何にも心を動かさない顔をしていたと言っていた。  あんなに美しい、夜の星を秘めたような瞳をしていたのに。  あんなにやわらかく優しく笑う人だったのに。  何があってそうなってしまったの?  かるくんは今、不幸なの?  悲しくて悲しくて、涙がこぼれ落ちた。  悲しい悲しい夢を見て、目が覚めた。 「どうしたの? 怖い夢見たの?」  泣いてるわたしを見つけて、お兄ちゃんが尋ねてくれる。  だけどわたしは、首を振った。 「わかんない。悲しかったけど、忘れちゃった」  忘れちゃったけど、とてもとても大切な夢だった気がする。  忘れたくない、だけど忘れてしまった、夢。  大切な、思い出せない思い。  いつか思い出す事が出来るかな。  お兄ちゃんに頭を撫でられながら、わたしはそっと目を閉じた。

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