春の誘い その2  星見の塔に行く途中でマインの姿を見つけ、ニールは嬉しそうにそちらへ行ってしまった。その姿を 微笑ましく見送りながらキュリンギもまた、愛しい姿を捜して先へと急いだ。  手土産に持って来たベリータルトを見て喜ぶエルダの顔が浮かんで、自然と顔がほころぶ。照れ屋の エルダはなかなか素直に喜んでくれないけれど、それでもキュリンギは彼が喜んでくれる事をちゃんと 知っていた。 「ふふふ。待っててねエルダ」  楽しげに呟き、ふと愛しい彼の住む家の方へと目をやる。するとその近くに彼ではない人影を 見つけた。 「あら?」  ほんの少し顔をしかめ、歩を緩める。  星見の塔の側の家に住んでいるのはエルダとマインの二人だけだ。マインは先程あちらにいたし、 その人影は銀髪のエルダとは違い暗い髪の色をしている。  そこまで考え、そういえば今はもう一人、記憶喪失で保護している少女がいた事を思い出した。 けれど彼女の髪もどちらかというと明るい色をしている。  籠を抱えたその人物はどうも野草摘みをしているようだった。  用心しながらエルダの家へと足を進め、ふとその人影が以前マインが「魔物かもしれない」と言った 少年だと気がついた。  一瞬、不安が脳裏をかすめる。  でも、すぐ近くにマインもいたし、こんな星見の塔のすぐ近くにいるのにエルダが見過ごすわけが ない。  てことはやっぱりただのフウちゃんの知り合いだったのね。  そう結論付けキュリンギは再び星見の塔へと足を向けた。  すると少年が彼女に気づき顔を上げた。  先日出会った時には思い詰めたように暗い顔をしていたけれど、今日はキュリンギの顔を見た途端、 少年は立ち上がりにこりと笑って会釈をした。 「こんにちは。えーと? あなた……」  声をかけ、少年の方へと足を向けると、少年も挨拶を返してきた。 「こんにちは。ついこの間星見の塔の魔法使いの弟子になりました、シガツと言います」  礼儀正しい少年の態度につい顔がほころぶ。 「まあ、エルダがマインちゃん以外に弟子を取るだなんて。よっぽど才能があるのね?」  エルダがここに住み始めてから何度か弟子になりたいと志願してきた人達が来たけれど、今まで彼は 決してそれを受け入れる事はなかった。 「そうだと良いんですけど……」  誉められたシガツは困ったように照れ笑いしながら頬を掻いている。かわいらしい。これならきっと すぐに仲良くなれるわ。  そう思いながらキュリンギはしっかりと少年を見つめた。 「わたしはキュリンギ。下の村に住んでるのよ、よろしくね」  名乗るとシガツは覚えるように彼女の名前を呟いている。 「ところでエルダはいるかしら?」  尋ねると少年は頷いた。 「はい。たぶん家だと……。ご案内します」  弟子としてここにいるのだからお客様を案内しなければと思ったんだろう。  けれどキュリンギはにこりと笑ってシガツに告げる。 「あら、大丈夫よ。ここの事はあなたよりも詳しいくらい知ってるのよ」  実際昨日今日ここに来たシガツに比べれば何度となくここへ通っている自分の方がどこに何があるのか 分かっている。  そんな自信たっぷりのキュリンギを見て、不思議に思ったのかシガツは首を傾けた。 「もしかして師匠の奥さん……いや、一緒に住んでないから、恋人ですか?」  シガツの素直な嬉しい言葉に、キュリンギはぱあっと目の前に花が咲いたような気がした。 「いや〜ん。分かるぅ?」  知らない人から見れば、そんな風に見えるのかしら。  つい嬉しくて体をくねくねと揺らしてしまう。きっと頬も紅く染まっているだろう。  そんなキュリンギの後ろから呆れたような怒ったような声が飛んできた。 「何を言ってるんですか。違いますよ」 「あ、師匠」 「え、エルダ?」  シガツの言葉にくるりと家の方へと振り返る。するとそこには愛しい声の主が不機嫌そうに出てくる 姿があった。 「貴女には素敵な旦那様がいらっしゃるでしょう」  ため息混じりにエルダが呟く。そんな憂いた表情でさえ愛おしい。 「ああん。エルダったら。いじわるっ」  軽い口調でそう言いながらもキュリンギは嬉しそうに彼の元へと駆けて行った。  師匠とキュリンギの関係に正直シガツは戸惑った。  最初、師匠の態度を見てシガツはてっきり師匠はキュリンギさんの事を嫌がっているのだと思った。 だけど彼女が持ってきた差し入れを見た途端、師匠の態度が軟化した。本当に嫌がっているなら 差し入れくらいで態度は変わらないだろう。という事は師匠はそこまでキュリンギさんを嫌っている 訳じゃない。だったら最初からあんな態度をとらなければいいのに。  だけどキュリンギさんには別に旦那さんがいると言っていた。だから嫌がってるフリをしているの だろうか。  考え込むシガツに気づかず師匠が声をかけてくる。 「せっかくの差し入れですからみんなで頂きましょうか。シガツ、マインを呼んで来て下さい」  ほくほくと嬉しそうな師匠の声にはいと頷き、早速シガツはマインの元へと行こうとした。すると そんな彼の背中にキュリンギが声をかけてきた。 「あ、待って。ニールも来てるの。マインちゃんと一緒にいる筈だから」  一緒に呼んで来てねとにっこりと笑う。  もう一人誰か来ているのか。会った事はないけどマインと一緒にいるのならすぐに分かるだろう。  シガツは頷くと、二人を呼びに草原へと向かった。

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