春の誘い その4  ソキが帰って来たのはキュリンギとニールが帰ってしまった後だった。 「お帰り、ソキ。ね、ね。もうすぐ春の夜祭りがあるんだよ、ソキは行った事ある?」  待ちきれず駆け寄り、マインはソキに尋ねた。シガツの故郷では子供たちはお昼に祭りをしていたと いうから、ソキももしかしたら初めてかもしれない。  マインの思いを肯定するようにソキは笑みを浮かべた。 「遠くから見たことはあるよ。でも、こういうお祭りは参加したことはないの」  風の精霊であるソキが人間の催す村祭りに参加した事があるはずもない。けれどマインはその事に 思い至らなかった。 「そっか、初めてなんだ。すっごく楽しいんだよ」  ソキに初めての夜祭りを案内出来る事が嬉しくて、にこにこ笑いながら手を引っ張りエルダと シガツの待つ居間へと連れて行く。 「当日はニールが迎えに来てくれるから、一緒に行こうね」  浮かれながらマインはソキに語りかける。 「え、でも……」 「あ、そうだ。晴れ着どうしよう」  何か言い掛けたソキに気づかず居間に着いたマインはエルダを見た。 「去年のものがまだ着れるでしょう」  マインの言葉に師匠は眉を寄せた。  別にエルダがマインの晴れ着をケチる事はないのは彼女も知っていた。ただ、せっかく作った良い 服をもったいないと言ってよほどの事がないと着ないのはマインの方だった。だから去年の晴れ着も 去年の春の夜祭りの日以外着ていない。まだサイズが合うのなら着ないとさすがにもったいない。 そしてそれが分かっていたエルダは去年彼女の晴れ着を作る時、少し大きめに作ってもらっていたのだ。  だからマインも自分の新しい晴れ着を作ってもらうつもりなんてなかった。 「違うよ。ソキやシガツのだよ」  誤解している師匠に告げる。  ソキもシガツもここに来るまでは旅をしていたせいで普段着さえほとんど持っていなかった。ソキは 最近はマインの服を借りているが、シガツなんかは洗濯した物が乾かなければ着替えがない状態じゃ ないだろうか。 「いや、オレは普段着でいいですよ。それにソキは祭りは参加出来ないし」  マインの言葉を聞き、慌ててシガツがそう言った。それでなくても弟子になってから衣食住はすべて 師匠の世話になっているのに、晴れ着なんて贅沢品をねだるのは気が引けると言わんばかりに。  しかし同じ弟子でもマインにとってエルダは物心ついた頃からの保護者でもあるため、そういった 感覚は全く無かった。 「遠慮しないでも大丈夫よ」  師匠結構稼いでるんだから、と言い掛けてマインはシガツの後半の言葉に気がついた。 「て、なんでソキは参加出来ないの?」  驚きソキを見ると、ソキは困ったように笑みを浮かべた。 「行かない方が良いと思うんだ」 「ええ。行かない方が無難ですね」  ソキの言葉を肯定し、師匠までもが頷く。 「なんでよ」  理由が分からないのに納得出来るわけがない。  怒ったように師匠を見ると、その問いに返すように溜め息をつきながらエルダは答えた。 「ソキが風の精霊だからですよ」  どうしてマインはそんな事も分からないんだろうとエルダは言いたげだ。が、マインからしてみたら それは納得できる理由になんてならなかった。 「だから、なんで風の精霊だとダメなの?」  口を尖らせマインが問う。 「何度も教えてるのに、どうして忘れるんでしょうねぇ」  ここまで来ると呆れてしまうと言わんばかりに師匠は頭を抱え、首を振った。そしておもむろに言う。 「マイン、今まで風など無かったのに突然強い風が吹いた時は?」 「精霊風かもしれないから気をつけろ、でしょ?」  そのくらい覚えてるわよ。  これ以上バカにされる前に、いつも続けて問われる質問の答えを続けざまに言う。 「風の精霊は気まぐれで人を傷つける事もあるから……」  そこまで言ってマインは初めてはっと師匠の言わんとしている事に気がついた。 「違うよ。他の精霊の事は知らないけど、ソキは人を傷つけたりなんかしないもん」  慌ててソキを見てそう言う。ソキが人を傷つけるなんてありえない。絶対にそんな事しない。 間違ってもそう思ってるなんてソキに思われたくない。  マインは必死にそれを伝えようとした。 「うん、ソキは人間が好きだからね。故意に傷つけようと思ったりはしないよ」  そんなマインの言葉をシガツが肯定してくれる。 「だけど他の精霊は違うし、村の人達はソキが友好的な精霊だとは知らないでしょう?」  諭すように師匠に言われ、マインはむっと眉を寄せた。 「知らないなら教えてあげればいいだけじゃん。お祭りの時にみんなに紹介すればいいじゃんか」  そうだよ。その時にシガツとソキを紹介して二人とも良い子だから仲良くしてねって言えばそれで 済む話じゃん。  マインはそう思うのだけれど、師匠は首を縦に振ってくれない。 「物事には順序というものがあるでしょう? 祭りまであと何日もないのに、いきなり大勢の人の前に ソキを出すのは無理です」  ソキを見ると、ちょっと淋しそうな顔をしながら師匠の言葉を肯定するように頷いた。 「今年はいいよ。もし来年村の人達と仲良くなれてたら、その時は一緒に行こうね」  ソキは以前から人間に興味を持っていた。だからシガツやマインのように自分に好意を持ってくれて 友達になってくれた存在がいた事はとても嬉しかった。  けれどソキは風の精霊だ。見た目はマインと少ししか歳が違わないように見えるけれど、彼女よりも ずっと長い年月を過ごしてきた。だから人間の全てがシガツやマイン、エルダのように優しいわけでは ない事も知っていた。  だけどマインはまだその事を知らない。だからどうしてみんなが反対しているのかどうしても理解 出来なかった。  だけどみんな反対しているという事は分かったのでしぶしぶ頷いた。 「分かった。じゃあ、来年は絶対に一緒に行こうね」 「……みんなで行けるといいな」  もしかしたら来年もダメかもしれないという含みを持たせたシガツの言葉にマインは気づいたのか 気づかないのか、返事をする事はなかった。  その日は結局そのまま午後の修業は無しになった。いつもならラッキーと喜びソキを遊びに誘う マインだったけれど、今日は釈然としない気持ちが勝っていまいちそんな気にはなれなかった。  拗ねて野原にひとり座り込む。  ひとりくらい賛成してくれたっていいのに。みんなで反対するなんて。  そんなマインの所にシガツがやって来て彼女の隣にストンと座った。 「マインは優しいんだな」 「なんで?」  意外な言葉に眉を寄せる。  別に自分が優しいだなんて思った事ない。最初の頃なんてシガツに対しては意地悪だったくらいだ。 なのになんでそんな風に言うんだろう。 「マイン、優しいよ」  ふわりとそよ風と共にやって来たソキが、今度はシガツとは反対側の隣に座った。 「マイン、ソキを仲間外れにしたくなかったんでしょ? だからあんなに一所懸命に一緒にお祭りに 行こうって言ってくれたんでしょ?」  ソキは記憶が戻ってから自分の事を名前で呼ぶ事が多くなった。元々はそうだったのだろう、シガツは それが当たり前のような顔をしている。  これまでもソキの性格のせいかマインは彼女を同い年のように感じていた。それが自分を名前で 呼ぶのを見るとますます幼く見えて今度は年下にさえ思えてくる。 「それにオレたちの為に晴れ着の事まで考えてくれたり。優しくなくちゃあんな事言わないよ」  黙ったままのマインににこりとシガツが微笑んだ。 「友達なんだからそんなの当たり前じゃん」  二人に優しいと言われ、妙に気恥ずかしくなってきた。だからマインは慌てて話題を変える。 「シガツとソキはずっと一緒に旅をしてきたんでしょ?」  突然の質問に驚きながらシガツが答える。 「ずっとって言っても何年もってわけじゃないよ。えーと、出会ってどのくらいだっけ?」  考えるようにシガツがソキを見ると、彼女も倣って首を捻った。 「え? ソキ覚えてないよ」  風の精霊自体がそうなのか、それともソキだけなのか、彼女にはあまり年月の感覚がないらしい。 一日二日の感覚はそうシガツたちと違わないのだけれど、一年前も十年前も彼女にとっては『ちょっと 前』だ。だから何年前、と訊かれてもソキには答える事が出来なかった。  シガツも方もここに辿り着くまでにめまぐるしく色々な事があったために感覚が狂ってしまっていた。 ソキと出会ったのはそう前のことではない筈なのに、もう何年も一緒にいるような気もする。 「えーとオレが風の塔を出たのが……」  指折り数えようとした時、家から師匠の声が聞こえてきた。 「マインー。シガツー。そろそろ夕食の支度をしますから帰ってきなさいっ」  いつも師匠は邪魔をするんだからと思いつつ、マインは仕方なく立ち上がる。 「今度また二人が友達になった時の事、教えてね」  シガツと二人家に向かうマインの顔には、いつもの笑顔が戻ってきていた。

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