祭りの始まり その3  村の子供達に取り囲まれソキの事を尋ねられたシガツは、言葉を選びながらそれに答えた。 「ソキは、友達だよ。魔法使いに弟子入りしたのはオレだけで、ソキは魔法は習ってないんだ。 オレより年上だけど世間知らずなところがあるから、あんまり年上には見えないかもな」  シガツの答えに目をキラキラさせながら更に質問を重ねる村の子達。 「友達と一緒にここに来たの? 二人だけで?」 「その子は魔法の修業しないの? じゃあそのうち家に帰るの?」  どう答えようかと考えシガツは腕を組んだ。 「えーと、ソキとは偶然出会って友達になって一緒に旅をしてたんだ。特に目的地とか無かったから、 たぶんソキもしばらくはここにいると思うよ」  ソキとはいつまで、どこまで共に行くとか約束をした訳ではない。ただ友達だから一緒にいる、 それだけだ。気まぐれと言われている風の精霊だから、いついなくなってもおかしくはない。  とはいえ離れてしまう時が来ても、ソキの意志でどこかに行くのならその事は告げてくれるだろう。 「? 魔法の修業しないのにここにいるの? 魔法使い、怒るでしょ?」  村の子達からすれば、星見の塔には近づくなと口を酸っぱくして言われているので不思議で ならなかった。 「危ないからあんまり来ちゃダメっていつも魔法使いは言うよ。その子も家に帰れって言われると 思うよ」  そう言ってシガツをじっと見る。 「えーっと……」  ソキは風の精霊だから大丈夫、と言おうとしたが、シガツの口からみんなにそれを伝えて良いものか どうか分からず、彼はマインの姿を捜した。なのにその姿がどこにも見つからない。  焦っているとシガツを助けるようにエマが口を開いた。 「みんながあれこれ言うからシガツが困ってるじゃん。まだ全然お菓子も食べれてないし。歓迎会 なんだからもっとシガツを楽しませないと。シガツ、ジュースはどれにする?」  言いながらエマはシガツにジュースを入れるためのカップを手渡す。 「ありがとう。そうだな、それは?」  黄色い液体の入ったポットを指さし、問う。  ジュースを勧めてくれたのは嬉しかったし、それに話題を変えてくれた事もありがたかった。 「色んなフルーツの果汁を入れたミックスジュースみたいよ。とりあえず飲んでみる?」  ポットを差し出すエマにシガツは素直にカップを差し出した。 「あー、それ美味しいよね」 「え? そっちよりこっちのお茶の方がオススメだけど」 「このお菓子、食べて食べて」  それを合図にわいわいとみんな飲食を始める。誰かしらシガツに話しかけてくれていたが、先程の 様にみんなに取り囲まれて質問責めという事はなくなったのでホッとした。  和やかな雰囲気でみんながお菓子を食べ始め、エマはほっとした。シガツはまだ、ニールとマインが 抜けた事に気づいていないようだ。  そう思ったのも束の間、シガツがキョロキョロと辺りを伺い始める。 「えーと、マインどこ行ったか知らない?」  すぐ傍にいる子に訊いているシガツを見てエマはヒヤリとした。 「え? あ、そういえばいないね。ここに無いジュースとかお菓子とか取りに行ったんじゃないかな?」  訊かれた子は、姿が見えない子がいても別に不思議はないというように笑ってシガツに答える。  確かに祭りの会場はそれなりに広さがある。祭りを取り仕切っている大人達が持ち寄ってきた 飲み物や食べ物を偏らないよう会場のあちこちに配っているが、どうしても偏ってしまうものもある。 だからその子の言うようにちょっと姿を消してまた戻って来るという事もよくある光景だ。 「そういえば来る時、タークのお母さんのパイは絶対食べたいとか言ってたっけ」  思い出したようにシガツが言った。 「ああ、じゃあそれ探しにいったのよ、きっと。ここには置いてないから」  にこりと笑ってエマは言う。内心、ホッとしていた。どう言い繕おうかと焦っていたから。  二人の姿が無いという事は、きっとニールは上手くマインを誘う事が出来たんだろう。  その事を考えると、胸がモヤモヤとし始める。だけどそれを無理矢理に押し殺し、エマはシガツに 意識を向けた。 「シガツはここに来る前はどこにいたの?」  何度か同じ質問は出ていたけれど、みんなが一度にあれこれ質問するもんだからこの答えは聞けず じまいだった。だからもう一度、尋ねてみる。 「えーと、ここの所ふらふら旅をしていたからなぁ……。旅に出る前は、風の塔にいたんだけど」 「風の塔?」  有名な場所なのだろうか、とエマは思いつつ首を傾げる。こんな田舎の小さな村で生まれ育った エマは、自分でも知らない事が多いというのをよく分かっていた。 「そう。風使いになりたい人達が修業をしている所だよ」  魔法に興味がある人や、関わっている者達なら風の塔って聞くだけでそれが何なのか分かる。けど、 縁のない人には名前だけじゃピンとこないよねと、シガツはにこりと笑った。  そんな話をエマはしばらくシガツと話した。そんな二人の手を、つんと引っ張る者がいた。 「? チィロ? どうしたの?」  どちらかというと内気な性格のチィロが、自分の手はともかく初対面のシガツの手も引っ張るなんて 珍しいと思いながら、エマは尋ねた。 「イムは?」  小さな声でエマの弟の行方を尋ねる。 「イムならその辺でお菓子食べてると思うけど……。あ、ほらあそこ。イム! チィロが呼んでるよ」  呼ばれてエマの弟はお菓子で口のまわりをベタベタにしたまま、のんびりとこちらへやって来た。 「なあに? 姉ちゃん。あ、チィロ。これ食べる?」  両手に持っていたお菓子のひとつをチィロに差し出す。  チィロはそれに首を振り、シガツとエマの手を持ったまま、小さな声で言った。 「あのね、ニールがこっそり来てって」  そう言って二人の手を引き歩き出そうとする。 「ちょ、ちょっと待って。どこに行くの?」  エマは慌ててそう言った。チィロがいつでもニールの後にくっついて歩いているのは知っている。 ニールもそれを嫌がっていない。  だけど今は、ニールはマインと二人になりたい筈だ。だからこの新入りの足止めを頼まれたんだから。  なのに今チィロは「ニールが来てって」と言った。  戸惑うエマにチィロはシーッと人差し指を口に当て、小さな声で言う。 「見つかっちゃダメなの。あのね、ニールとマインとエマとイムとそれから……」  ちらりとチィロがシガツを見る。 「シガツだよ」  にこりと笑ってシガツが名乗るとチィロも恥ずかしそうににこりと笑った。 「うん。シガツとボク。他の人には内緒なんだって」  チィロの言葉にシガツはピンと来た。きっとこのメンバーは村の子供達の中でもマインの仲良しの 仲間なんだろう。だからまずはこの仲間達にソキを紹介するつもりなんだ。  だけどエマはそれを知らない。だから立ち止まったまま戸惑っていた。 「ほんとにニールがわたし達を連れて来てって言ったの?」  エマはチィロをじっと見た。チィロはそれにコクリと頷く。  チィロは嘘をつくような子じゃない。早とちりしたり勘違いをする事も少ない。  そう考えると本当にニールが呼んで来てと言ったのかもしれない。エマは戸惑いながらも慎重に 頷いた。 「分かったわ。けどもう暗いから慌てて転ばないようゆっくりと行きましょう」  エマの言葉にチィロは嬉しそうに頷く。そしてしっかりとした足取りでニールとマインの待つ 場所へと歩き始めた。

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