精霊と祭り その2  マインは何が起こったのか分からなかった。ただ、ソキを紹介したくて呼んだだけなのに、ニールは ソキに向かって石を投げ、その石をシガツが受け止めた。 「ソキ、行って」  シガツが彼女を見ないままそう言い、それに頷きソキはそのままフワリと夜の空へと消えていった。 そんなソキの姿を見送り、シガツはふう、と息をついた。  その音に我に返り、マインは慌ててシガツへと駆け寄った。 「手、大丈夫?」  小石とはいえ、ニールは力一杯投げつけていた。それを素手で受けたのだから、ケガをしているかも しれない。 「ん、ああ。たいした事ないよ。それよりもマイン、ニールになんて言ってソキを紹介したんだ?」 「え? えーと……」  言われてみればソキの事をちゃんと説明しないままに呼んでしまった気がする。  マインの様子に風の精霊だと説明のないままソキは呼ばれてしまったのだと気づいた。それでは ニールが怖がったのも仕方がない。だけど。 「ニール。風の精霊に石を投げるなんてしちゃダメだ」  シガツはニールに向き直り、忠告した。 「力の弱いとされる精霊でもオレ達には無い力で反撃してくる事は可能だし、力の強い精霊は 気まぐれでオレ達を殺す事も出来るんだ」  それはたぶん、ニールも持っているだろう知識だ。けれど実際に精霊と相対した事のない人は その力を見誤り、もしくはパニックに陥り、とんでもない事をしてしまう事がある。 「ソキは見た目はエマとそう変わらない歳の女の子でも、風の精霊だ。石が当たっていたら何が 起きたか分からないぞ」  ソキは人間が好きだし、人間を傷つけるつもりなんて無いだろう。それでも驚いた拍子に防衛本能で 何をしてしまうかなんて、本人にさえ分からないかもしれない。 「ソキはそんな事しないもん」  我に返ったマインが反論する。  ソキがそんな事をする子じゃないって事はシガツが一番知ってる筈なのに、なんでそんな事を 言うの?  そう言いたいんだろう。そんなマインに、シガツは真剣な瞳を向け告げる。 「ソキの意志は関係ないんだ。マインだって、魔法の呪文を唱えている時にいきなり石を投げられたら 失敗して、傷つけるつもりはなくても魔法の暴発で相手を傷つけてしまうかもしれないだろう?」  シガツのその言葉でようやくマインは、今起こりかけていた事がどんなに危なかったのかを 理解した。つい先日自分が呪文を間違え魔法が暴走しかけたように、あやうくニールを傷つけて しまっていたのかもしれない。  思い出してみれば魔物が彼女に近づいて来た時もそうだった。あの時は師匠の魔法と思ってて、 それにしてはいつもと違うなくらいにしか思ってなかったけど、後々訊いてみればあれはソキが 起こした風だったらしい。  魔物は魔法でその場から逃げ出したから無傷だったようだけど、逃げる事の出来ないニールの場合、 どうなっていただろう。  想像してみてゾッとした。安易にソキを呼んでしまった自分の責任の無さをマインはようやく 理解した。 「ごめんなさ……」  青ざめ、声を詰まらせるマイン。  今まで自分も青ざめ呆然としていたニールがその事に気づき彼女を守ろうと口を開いた。 「マインは悪くないだろう。悪いのは精霊を連れてこの村に来たお前だろう」  確かに石を投げてしまったのは良くなかった。追い払おうとしたつもりだったが、相手を 怒らせてしまうのに充分な行為だった。だけどそもそもシガツが精霊を連れて来なければこんな事は 起こらなかった。  睨んでくるニールにシガツはため息をついた。 「マインを責めているように聞こえたんなら、悪かった。別に彼女に謝ってもらいたいとか思ってた わけじゃないんだ」  自分もマインも初めて精霊を見た時に嫌悪感を抱かなかったから、子供なら大丈夫かもと思った 自分にも非はある。自分は唯一風の塔で風の精霊について勉強をしていたのだから、もっと慎重に ならなければいけなかったのだ。  シガツは唇を噛みしめ、頭を下げた。 「オレも、もっと気をつけなきゃいけなかった。悪かった」  ニールもマインもどう答えれば良いのか分からず戸惑っていると、それまで黙っていたエマが口を 挟んだ。 「ソキって、風の精霊なの?」  エマの隣でイムとチィロも彼女にくっついて不安そうな顔をしている。 「うん。でもイイ子なんだよ、本当に」  マインは慌ててフォローしようとした。だけどみんなの顔が和らぐことはなく、イムとチィロは ますますエマにベッタリとくっつく。 「でも、精霊なのよね?」  確認するようにもう一度。その恐怖と不安の入り交じったエマの瞳に、マインは悲しくなった。 ただみんな仲良く、と思っていただけなのに。  エマの問いに答えないマインの代わりにシガツが神妙な面もちで口を開く。 「そうです。風の精霊です。けど、精霊としては若い、まだ力の弱い者ですし、人にも友好的なんです。 だから……みんなが嫌がるなら、みんなの前には姿を現しません」  まるでソキの気持ちを代弁するようにシガツが言う。 「本当に……?」 「ええ、本当です。保証しますよ」  突然その場にいる筈のない人の声が聞こえ、マインは驚いた。本来なら『見つかった。マズイ』と 思わなければならないのだろうけど、その声にマインはほっと安心してしまった。 「師匠……」 「うちのバカ弟子共がお騒がせしてしまったようですね。すみません。けれど村の人達に危険がない 事は私が責任を持ちますので安心して下さい」  星見の塔の魔法使いに頭を下げられ、子供達は戸惑った。大人が子供に頭を下げる事なんて滅多に ない。しかも相手は魔物を倒す事も出来る、魔法使いだ。  村の子達はどうして良いのか分からず、互いに顔を見合わせた。  誰も何も言わず、少しの沈黙があった後、この中のリーダーとも言えるニールが口を開いた。 「星見の塔の魔法使いやマインの事は信用しています。だから貴方が大丈夫と言うんなら大丈夫 なんでしょう。でも……」  言いよどむニールにエルダは頷き言葉をつないだ。 「ええ。大丈夫ではありますが、皆さんの精霊に対する恐怖心も分かっています。マイン、シガツ、 ソキの三人にもその事はよく言って聞かせますので今回は許してやって下さい」  三人ひとまとめに許してやってくれと言われて、ニールは頷くしかなかった。もしここで首を横に 振ればマインも許さないという事になってしまう。マインに悪い印象を持たれるくらいなら、 シガツごと許す方がマシだった。  ニールが頷いた事で他の子達もみんな、それに倣う。もしニールがこの場にいなかったとしても、 星見の塔の魔法使いがここまで言うのだから、頷くしかなかっただろう。 「ありがとうございます、みなさん。ホラ、二人もお礼を言いなさい」  師匠に促され弟子達は口々にお礼を言い、頭を下げた。  その場にいる子達はみんな、気まずさで暗い気持ちになっていた。俯くと地面には、飛んで行った 時に落としたのだろうか、ソキが被っていた花冠が壊れて落ちていた。  そんな様子にエルダは雰囲気を変えようと笑みを浮かべ、マインの背中をポンと叩いた。 「今日はせっかくの祭りですからお小言は後にしましょう。マイン、みんなと遊んできなさい」  背中を押され、マインはニールの方へと二、三歩近づく。  ニールは笑みを浮かべマインに手を差し出した。 「魔法使いもああ言ってるし、行こうマイン。あっちでダンスが始まってるみたいだから、みんなで 踊ろう」  陽気な音楽が聞こえてくる方へとニールが導く。 「うん……」  ソキの事を思うと胸がチクリと痛んだが、ニールだって気を使って言ってくれているのだ。  マインは頷き、みんなと一緒に会場中央の広場へと向かった。  その場に残ったエルダはみんなについて行かなかったシガツへとちらりと目をやった。 「すみません、師匠。考えが足りませんでした」  沈むシガツにエルダは溜め息混じりに告げる。 「済んでしまった事は仕方ありません。シガツもみんなの所へ行きなさい」 「いえ。オレ、ソキの所へ行ってきます。……あいつもたぶん、ショックを受けてるだろうから……」  人間の事が好きなソキは新しい人間の友達が増えると思って楽しみにしていたのに、あんな事に なってしまってさぞショックを受けているだろう。そんなソキをひとり置いて祭りを楽しむ気に シガツはなれなかった。 「……そうですね。それが良いでしょう」  精霊についての詳しい知識は無いが、短い間とはいえ一緒に暮らしていたソキの事なら少しは 分かるし情もわく。ずっと共に旅をしていたシガツなら尚更だろう。  彼の望みに頷き、エルダはシガツの背中を見送った。  祭りは何事も無かったかのように楽しげな音楽を奏で、辺り一面に美味しそうな香りを漂わせている。  先程風の精霊がすぐ近くに姿を現した事など知らない人々は賑やかな祭りを心から楽しんでいる。  だけどマインは自分が起こしてしまった事に、落ち込んでしまっていた。どうしてもっとよく 師匠の言った言葉の意味を考えなかったのかと後悔した。  そんなマインを見て、ニールもまた後悔した。彼女は友達を紹介すると言ってあの精霊を呼んだのだ。 恐れるなと言われてもそれは難しいが、少なくとも石を投げるべきではなかった。  あの新入りが言った『危険だから』という理由より、『マインの友達に石を投げてしまった』と いう方が重要だった。 「ごめん、マイン。マインは友達だって言って紹介してくれたのに、びっくりして石投げちゃって……」  ニールの言葉にマインは慌てて首を横に振った。 「わたしが良くなかったの。もうちょっと考えて紹介すれば良かった」  後悔してももう遅い。起こってしまった事はもう無い事には出来ない。だけどだからといって、 それをニールのせいにするつもりもなかった。  落ち込みうつむく二人に明るい声を掛けたのは、エマだった。 「もうその事は忘れましょう。魔法使いも許してくれたんだし、お祭りは今日だけなんだから 楽しみましょうよ」  そんな姉の言葉を継ぐようにイムがお菓子を差し出しながら言う。 「これ、すごく美味しいよ。他にもあっちにいっぱい美味しいのがあったよ」  チィロもニールの服の裾を引っ張り祭り会場の中央へと行こうとする。 「うん。そうだよね。せっかくのお祭りだもんね」  マインは無理して笑顔を作り、みんなへと向けた。ニールもそれを見て笑顔になる。 「そう言えばマイン、まだほとんど食べてないだろ。タークのお袋さんのパイはもう無いかも しれないけど、他にも色々美味しいものあるから……行こう」  ニールの言葉に頷き、マインはみんなと一緒に賑やかなお祭り会場を巡った。  シガツはお祭り会場が見下ろせる、小さな丘の上へと登った。そこならば、お祭りの様子は よく見えるけれどあちらからはこちらは真っ暗で見えない筈だ。  そこでシガツは小さく彼女の名を呼んだ。 「ソキ」  叫ばなくてもソキは彼が彼女を呼ぶ声を聞き逃す事はなかった。だからシガツはソキの姿を 探すことなく、草の上へと腰を下ろした。  やがてふわりと風が吹き、シガツの隣にソキも座った。  いつもならば何か話しかけてくるソキが、何も言わずにただ座っている。それだけで彼女の 気持ちが沈んでいるのが分かる。  シガツは来る途中、祭りの会場でもらったキャンディをソキへと差し出した。  それを受け取り、ソキは口に含んだ。 「……甘いね……」  少し笑顔になり、そう呟く。  シガツもやわらかく笑み、遠くに見える祭り会場へと目を向けた。 「来年は仲良く参加出来るといいな」  本当にそう思うけれど、そう簡単にいかないだろうという事も分かっていた。  それでもソキも希望を込めて頷く。 「うん。みんなと仲良くなれたら、いいな」  ソキの言葉にシガツも頷く。  風に乗って楽しげな音楽が聞こえてくる。シガツは立ち上がり、ソキへと手を差し出した。 「踊ろう、ソキ」  笑顔で誘うシガツにソキは戸惑い、手を取るのを躊躇った。 「踊ってるの見たことはあるけど、ソキ踊った事はないよ?」  そんな彼女の手を掴み、立ち上がらせる。 「大丈夫。音楽に合わせて体動かせばいいだけだから。誰も見てないんだし、好きに踊ろう」  身体の軽いソキはそのままフワリと浮き上がった。その手を握ったまま、シガツは音楽に合わせて 踊り出す。  シガツが繋いだ手を大きく振った。 「わっ」  それに合わせてソキの体がふわりと宙を舞う。 「あはは」  自分で空を飛ぶことはあっても、こんな風に振り回される体験は初めてで、思わずソキは笑って しまった。 「ほら、笑ってないで体動かして」  言いながらもシガツも笑い、そして踊る。 「うん、踊る」  見よう見まねで体を動かし、時には宙を舞う。  身体を動かしている内に少しずつだけど、気持ちも軽くなってくる。  デタラメなステップにふわりと舞う身体。  シガツもソキも、それが難しいとは知っていたけど、それでも願いながら踊る。  来年は人では出来ないこのダンスを村の人達にも見せる事が出来ればいいな。  そう思いながら。

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