さっきまで話をしてたのに、突然彼がいなくなっちゃった。 その5  わたしの言葉にクロモが真っ赤になって驚いてるのが分かった。 「き、君の世界の女性は慎みというものがないのか」  動揺しながらクロモが言うけど。 「そんな事ないよ。そりゃあファッションだけ見たら、こっちの人にはそう思えちゃうのかもしれない けど。そういう格好してたって男の人と手も繋いだ事がない子だってザラにいるよ? そういえば こっちの世界って、わたしくらいの歳で結婚するのって普通なの?」  わたしの言葉にクロモは頷く。 「君が姫と同じ十六なら、充分適齢期だ」 「あ、うん。わたしも十六だよ。けど、わたしのいたトコロでは十六ってまだ子供なんだよね。一応 女の子は親の許可があれば結婚出来るらしいけど、する子なんてほとんどいないよ。適齢期は二十歳 すぎてからだし。三十代で結婚する人もいるよ」  クロモにとってはかなり衝撃だったみたい。 「再婚ではなく、初婚で三十代?」  つぶやく声が震えていた。 「うん。なんかテレビで晩婚化が進んでるって言ってた。あ、テレビってたぶんこの世界にはないよね。 なんて言ったらいいのかな。えーっと、映像を遠くに飛ばす魔法ってある?」  わたしの質問にクロモは少し考えてから頷いた。 「俺は使った事はないが、そういう魔法もあるだろう」 「良かった。テレビってそれに似た感じのものなの。色んな人に見てもらいたい映像を作って飛ばしてる 人達がいて、それを見たい人達がテレビっていう映像を受け取る物を買って、それを見るの。……分かる かな?」  似た魔法があるんなら分かりやすいと思ったのに、言っててだんだん自分でもよく分からなくなって きちゃった。 「……その話はまたにしよう。知りたいのはこちらの世界の常識だったか」  わたしの話が分かんなかったせいか、それとも話がズレてきちゃってるのに気づいたからか、クロモが 軌道修正してくれる。 「あ、うん。そうそう。常識。えーと、お姫様だからこんなドレスだと思ってたんだけど、その感じじゃ 普通の女の人もこんなロングのドレスを着てるって事でいいのかな」 「ドレスとは限らないが、スカート丈は皆それくらいだ」 「そっか。ブラウスとスカートって場合もあるもんね。あ、そんな感じだと女の子はパンツスタイルは しない…よね? なんか色々動きにくそうな感じだけど。あ、胸元は開いててオーケーみたいだけど、 腕はどこまで出していいの? 肩は?」 「服は既存の物を着ていれば、間違いない」  色々質問するわたしにクロモがピシリと言う。 「あー、まあそっか。じゃあね……」  あれこれとわたしが質問する度に、クロモが簡潔に答えてくれる。  そうやって色んな事を訊いててふと、クロモ自身の事をよく知らない事に思い至った。 「そういえばクロモは、魔法使いなんだよね? なんで魔法使いのクロモがお姫様をお嫁さんに貰う事に なったの? もしかして普段は王様の片腕として働いてる凄腕の魔法使いなの?」  だけどクロモは気まずそうにわたしから視線を逸らした。 「誤解だ」 「? 誤解って、なにが? 魔法使いじゃないって事?」 「いや、魔法使いだ」 「だよね。この世界の人達みんながクロモくらい魔法が使えるんなら『魔法使い』なんて職業ないかも しれないけど、そうじゃなかったらやっぱ異世界から人を召喚出来るなんて凄腕の魔法使いしかいない よね。だったら何が誤解? あ、普段から王様に仕えているってとこか」  一人で納得していると、クロモは首を横に振り口を開いた。 「確かに普段から王に仕えているわけではないが、それではない。さっき誤解と言ったのは、姫がここに 来ることになった理由だ」 「???」  クロモの言ってる意味が分かんない。 「だから誤解もなにもその、お姫様がお嫁さんになった理由を訊いてるんだよ? どうしてお姫様が クロモのお嫁さんになる事になったの?」  わたしの尋ね方が悪かったのかと、もう一度訊いてみる。お姫様とクロモが恋人同士でなかった事は 昨日から分かってる。 「……偶然、王の暗殺を企てていた者を捕まえた。だけどそれは本当にただの偶然だったのに、王の 危機を察知し命を救ったと誤解され祭り上げられ、その褒美として姫が嫁してくる事になったのだ」  不機嫌そうなクロモの声。 「ああ! 誤解って、それか。けどそれってなんかまるで、ロマンティックなおとぎ話みたいだね」  王様の命を救ったからお姫様をお嫁さんに、なんて童話の世界の話としか思えない。 「冗談じゃない」  ムスッとした声が聞こえる。 「オレは褒美なんて要らなかった。オレに王の期待する様な魔法の腕はない。この森でひっそり 暮らせればそれで良いのに」  深々と、クロモはため息をついた。本当に嫌そうというか、困ってる人がつくようなため息。 「そっかぁ、そうだよね。おとぎ話だとなんだか素敵でロマンティックに感じるけど、実際に急に 結婚しろって言われても困るよね。お姫様の方も他に好きな人がいたんだし。そうなるとどっちも 望んでないのにいきなり結婚させられるって、クロモもお姫様もどっちも嬉しくないじゃん」  それでも王様からしたら、命の恩人にお礼をしたつもりなのかもしれないけど。それとも凄い魔法の 腕を持つクロモを、親戚にして利用する為の結婚?  そんな事を考えてたら、これまでロマンティックと思ってた童話まで裏があるんじゃないかと思えて きて、なんだか気持ちが暗くなってきた。  ぷるぷると首を振り、そんな気持ちを振り払う。 「そういえばさ、お姫様の名前、なんていうの? ずっと姫とか君とか呼ばれてたんで聞いてなかった よね。と、その前にわたし自己紹介したっけ? わたしの名前はね、ホソエっていうの」  今更だけど、よろしくねという意味を込めてにっこりクロモに笑いかけてみた。するとクロモは 暗記するように「ホソエ」と小さく呟き、頷いた。 「姫の、君の名前はニシナだ。名で呼ぶ時はその名で呼ぶ」  言われてわたしも頷く。 「うん。分かった。ニシナか、なんか苗字みたいな名前。けどまあ、覚えやすい名前で良かった。 やたらめったら長ったらしい名前だと、絶対覚えられないもん」  ニシナ、ニシナと覚える為にぶつぶつ呟いてたら、ふとクロモが立ち上がった事に気づいた。 「あれ? どこ行くの? あ、もしかして飲み物のおかわり取りに行くの? だったらわたしも一緒に 行くよ」  わたしも立ち上がろうとすると、クロモが首を横に振った。 「いや。今日はもう、話は終わりにしよう」  クロモの言葉に耳を疑う。 「え? だってまだほとんど話してないじゃん? なんで? あ! もしかしてお仕事があった?  そうだよね。お嫁さん貰うくらいだもん、何かして稼いでるはずだよね。幾ら命の恩人相手でも王様も 生活出来ない男の所に自分の娘を嫁がせたりしないと思うし。……ごめん。もしかしてわたしと話してた せいでお仕事に遅刻しちゃいそう? だったら急いで! あ、コップとか下げとくよ。出来そうなら 洗っとくし」  昨日の今日であのキッチンで洗い物出来るのか不安はあったけど、わたしのせいでクロモが仕事に 遅刻しちゃうのは、嫌だ。  だけどクロモは「いや」と首を振る。 「仕事は、ない事はないが、どこかに勤めている訳ではない」 「そっか。自宅勤務……。いや、自営業のほうが合ってるのかな、魔法使いなんだし。けどそうだよね、 自営業って今しなきゃいけない仕事は少なくても必ずしなきゃいけない仕事は山程あるって誰かが 言ってたっけ。ごめん、時間とって。あ、何か簡単な雑用とかあれば、手伝うよ?」  魔法使いの雑用にどんなものがあるのかは分からないけど、きっと誰にでも出来る事はあるはず。  そう思って言ったんだけど、クロモは首を横に振る。 「いや、いい」  それだけ言うとクロモは振り返る事なくどこかへと行ってしまった。

前のページへ 一覧へ 次のページへ


inserted by FC2 system