せっかくだからレース糸で魔方陣を編んでみる事にした。 その2  言われて以前、お姉さんがクロモの魔法を解いた時の事を思い出した。 「ホントだ。あれ? けど、お姉さんが魔法解いた時はこんな感じだったけど、クロモが 魔法解除した時ってこうフワッと魔方陣が消えていたような……」  わたしの質問にクロモはコクリと頷く。 「本人は陣そのものを消せる。他人は解くか壊すかしかない」  えーっと……?  クロモの言ってる意味がよく分からなくて頭を傾げているとクロモが丁寧に説明して くれた。 「魔方陣を描く光の線は魔法使い本人の魔力を紡いで作っている。魔法発動後も継続的な 魔法ならば陣と魔法使いは見えない魔力の糸で繋がれ、魔力を供給し続けなければ ならない。魔力の供給を止めれば魔方陣は消える。他人が魔法を止める場合は供給元を 断つ、つまりその魔法使いを殺したり魔力の供給を出来ない状態にするか、魔方陣を 壊すか解くしかない。もちろん、魔法使いを殺すなんて物騒なやり方をする者はほとんど いない」  クロモにしては長い台詞で教えてくれたけど、それでもよく分からない。 「えーっと……。クロモが魔方陣を消した時は、その魔力を魔方陣に注ぐのを 止めちゃったから、魔方陣自体が消えちゃったのね? それはなんとなく分かった。けど、 他人が魔法を止めるのに、魔方陣を壊すか解くかって言ってたけど、その壊すのと 解くのの違いがよく分かんないんだけど……。どう違うの? あ、もちろん言葉の上では 壊すのと解くのの意味の違いは分かってるよ? けど、魔法は解くものだと思い込んでた から、壊すってのがイマイチぴんと来なくって……」  わたしの質問に、今度はクロモが首を傾げた。 「言葉の通りの意味だ」  たぶんクロモにとっては当たり前の事すぎて、なんでわたしが分かんないのかも 分かんないんだろう。  ちょっと考えてわたしはさっき解きかけてたレースをクロモの目の前へと出した。 「解くってのは、たぶんお姉さんがやってたこういう感じの事でしょ?」  言いながらほんの少しレースを引っ張る。当然編みかけのレースはポロポロと糸が 解けていく。  途中で止めて、小さくなったレースをクロモの前に出した。 「じゃあ、壊すってのは?」  差し出されたレースにクロモはしばらく戸惑っていた。けど、「壊していいのか?」と いう問いに「うん」とわたしが頷くと「分かった」と言ってクロモはキッチンから ナイフを持って来た。 「壊すってのは、こういう感じだ」  レースを木の机の上に置き、ナイフでレースに切りつける。あまり切れ味の良い ナイフではなかったのか、それともクロモが軽くしか切りつけなかったのか、レースは 切れた部分と切れてない部分があったけど、どっちにしろ形は崩れてしまった。 「魔法は魔方陣の形によって、発動する。形が崩れれば無効になる」  クロモの説明に頷く。 「それはなんとなく分かる。なんかの漫画で悪い人が悪魔召喚しようとしていて、それを 止める為に地面にチョークで書いた魔方陣の一部分を消したってのがあったから。けど まあ、考えてみたらそれも『壊す』みたいなもんだよね。この世界の魔方陣が あんまりにもレース編みにそっくりだったから、そういう発想がなかったよ」  破れたレースを眺めながらわたしは呟いた。 「けどそっか。魔力と魔方陣の形があって初めて魔法になるんだね。残念。形が大切なら わたしが編んだレースでも同じ形にちゃんと編めたら魔法になるかな、そうなったら 面白いなって思ってたんだけど」  魔法が実在する世界にせっかく来たんだから、やっぱり自分も魔法が使えたらって ちょとは思うよね。  そんなわたしの呟きを聞いて、クロモはちょっと考えた後、ポツリと呟いた。 「編んでみるか?」 「へ? 編むって魔方陣の形を? けど魔力がないと魔法にはならないんでしょ? あ、 でもクロモの描く魔方陣綺麗だからそれでドイリー作って飾ってもきっといい感じになる よね。うん。そう考えたら編んでみたいかも。……けど、編み図とかって無いんだよね?  まあ、じっと見れば多少はどうやって編んでるのか分からない事もないはずなんだけど。 でもそれってちょっと確認して編んで、またちょっと確認して編んでの繰り返しに なるからかなり時間かかっちゃうけど、魔方陣ってそんなに長い時間見えるように しとけるものなの?」  これまで見てきたクロモの魔方陣はどれも目に見えてる時間はそう長くはなかった。  以前お姉さんがわたしに魔法がかけられてるって見破ったのを考えると、もしかしたら 魔法が使える人にはうっすらとでも見えてるのかもしれない。けど、残念ながら わたしにはいつもすぐに見えなくなってしまう。 「ちょっと待て」  そう言い残すとクロモは自分の部屋に戻って何かを取って来た。  クロモが持って来たのは、一冊の分厚い本だった。 「その本の様に素晴らしい物ではないが」  前置きをして、クロモがページを捲る。  その中を見て、わたしはびっくりした。 「わ。この本、手書き? 手書きの本って初めて見た。この世界の文字ってまだほとんど 読めないけど、これって子供の字かな? もしかしてクロモが子供の頃に書いたの?  この絵も? すごいね!」  そこに描かれた魔方陣の絵は、正確とは言えないけれど丁寧に編み目を模して描いて ある。編み図の様に記号を用いず見た目そのままを描くのは大変そうだ。  クロモはちょっと照れたように、それでも嬉しそうに一番簡単そうな魔方陣を描いた ページを指さした。 「これはだいたい一番最初に習うだろう、小さな火を灯す魔方陣だ」  言うとクロモはしゅるりと光の糸を出し、あっという間に魔方陣を編んでしまう。 そして完成したと同時に魔方陣の中心にマッチの火くらいの炎がポッと灯った。 「わ、すごい。便利! この魔法が使えたら、マッチとかライターとか要らないね」 「マッチトカライター?」  クロモが不思議そうな顔をする。 「あ、こっちの世界にはマッチもライターも無いんだっけ? えーっと、マッチって いうのはこのくらいの長さの細い木の棒の先に火薬? が付けてあって、擦るとその 火薬がシュボッって燃えるの。ライターはこのくらいの容器に油だかガスだかが入ってて、 スイッチを押したら火が点く仕組みになってるの」  身振り手振りを交えてクロモに説明する。 「そうか。魔法が無い分、そういった仕組みが発達しているのか」  クロモが頷くのを見てわたしの下手くそな説明で分かってくれるなんて、すごいと 思った。 「うんまあ、魔法程便利じゃないけどね。マッチは湿気ちゃうと火が点かなくなるし、 ライターも使おうと思ったらうっかりガス切れって事もあるもん。……あれ?  ……えーと。この世界、魔法が使える人ばっかりってワケじゃないんだよね。じゃあ 魔法の使えない人達ってどうやって火を点けてるの?」  わたしの質問にクロモは軽く首を捻った。 「ウチは代々魔法使いの家系だから……。考えた事が無かった」 「そーなの? えーと、けっこう魔法使える人多いのかな、もしかして。だったらみんな、 魔法で火、点けてるのかな。もしかして一家に一人は魔法が使える人がいるとか?  うーん、ファンタジーだぁ」  だけどわたしの言葉にクロモは首を横に振った。 「そこまで魔法使いは多くない」  フワフワと金の髪を揺らしながら、困ったように笑っている。 「あ、そっか。そうだよね。あんまり魔法使える人が多いと職業として成り立たないよね。 あーでもじゃあ、魔法使えない人達はどうしてるんだろう?」  よくよく考えてみれば、日本だって昔はマッチもライターも無かったはずだ。小学生の 野外授業とかで縄文時代はこうやって火をつけてたとかはやった事あるけど、まさか マッチとかが発明されるまでずっとあんな手間のかかる事やってたわけじゃないよね?  クロモと二人して「うーん」と首を捻ってたら、外から誰かがやって来る気配がした。 「? 来客の予定はない筈だが」  つぶやきクロモが立ち上がる。わたしも慌てて身なりがお姫様らしく見えるかどうか、 チェックした。

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