たぶん最終章、レースの魔法の女神様の再来と呼ばれるのは                          また別のおはなし。 その20  ゼンダさんは「ふむ」というと、ちらりとわたしを見、ニシナさんを見た。 「貴女は、私の事を覚えていらっしゃるか?」  ゼンダさんの言葉に、ニシナさんはゆっくりと頷いた。 「ゼンダ殿、ですよね? あまり話をした事はありませんけれど、何度か護衛して頂いた のを覚えております」  疑うというよりは再確認という感じなんだろう、ゼンダさんがニシナさんに重ねて 問う。 「具体的な事は覚えておりますか?」  ニシナさんは再び頷いた。 「以前、ラトの街へ行った時ですわ。あの時はついお買い物に夢中になって帰るのが遅く なって……。そのせいでゼンダ殿がお母様に叱られたと、後で聞きました。わたくしの せいで、ごめんなさい」  あまり話をした事がないとは言ってたけど、それでもニシナさんにとってゼンダさんは 保護者みたいな立場だったんだろうか? 少し幼さを出してニシナさんが謝っている。  ゼンダさんも、それを見て少し懐かしそうな顔をした。 「こちらが本物のニシナ様で間違いないようですな。しかしそうしますと、どうした事 ですか……」  ゼンダさんがちらりとわたしの顔を見た。  わたしはまだ魔法に掛かったままなので、何も喋れない。 「先程も言いましたが、例え本物のニシナがそちらの女性でも、俺の妻はこちらです」  再びクロモがそう言って、わたしの肩を抱く。  それが嬉しくて、わたしは顔を赤らめた。 「そうですわね、それにそちらもクロモちゃんではない人と親密なようですし」  お姉さんはそう言うと、ニシナさんとシオハさんを意味ありげに見た。  二人は気まずそうに俯いてしまう。  だけどお姉さんはにっこりと笑って、今度はゼンダさんを見た。 「けれどわたくし、あちらの二人を責めるつもりはありませんのよ? クロモちゃんとの 結婚は、王が勝手に決めた事ですし。ねぇ、ゼンダ殿。クロモちゃんと妹ちゃん、そして ニシナちゃんとシオハさんの為に嘘を吐いて下さらないかしら。本物のニシナちゃんが 記憶がない時に、シオハさんの甲斐甲斐しい看病で二人は恋に落ちた。ウチの クロモちゃん達と一緒ね」  ……すごい、お姉さん。丸く収める方法考えちゃった。そう思ったのに、ゼンダさんは 渋い顔をしている。 「しかしそちらの女性が誰なのか分からないままではありませんか」  う……。そうだよね。本物のお姫様があっちって話になれば、じゃあわたしは誰 なんだって話になるよね。 「彼女が誰なのかがそんなに重要か? 俺は彼女が何者であろうと彼女を愛している。他の 妻はいらぬ」  この場を切り抜ける為のお芝居だって分かってるはずなのに、クロモの言葉に顔が熱く なる。  嬉しい。けど恥ずかしい。でも、お芝居なんだって思うと胸が痛くなる。 「……もしゼンダ殿が本当の事を王に報告するのでしたら、仕方ありませんわ。けれど わたくしは愛するクロモちゃんに幸せになってもらいたいんですの」  そう言うとお姉さんは申し訳なさそうにニシナさんを見た。 「悪いけれど、不貞を働いていたという理由で離婚をさせてもらいますわ」  この世界の常識が分からないから、その事でニシナさんがどういった立場になるのか 分からない。けどわたしの世界の常識で考えると、浮気したほうは慰謝料とか請求されて しまう。  お姉さんの言い方からすると、慰謝料かどうかは分からないけれど、浮気をした方が 不利になるのは間違いないだろう。  元々シオハさんが好きだったのに、王様の命令でクロモの所に嫁いできたニシナさん。 そう考えると可哀想にも思える。  それを聞いたシオハさんがニシナさんをかばうように抱きしめ、お姉さんを睨んだ。 だけどニシナさんはシオハさんを止めるように首を振る。 「わたくしは、シオハと共にあれれば他に望む事はありません」 「それは難しいのではないかしら。王がどうご判断するかは分かりませんけれど、 シオハさんは罰を与えられ、ニシナ様は別の家に嫁がされるか修道院行きか……」  ニシナさんはうつむき、シオハさんが慰めるようにその肩を抱く。  そんなのダメだよっ。  そう言いたかったけどまだ魔法の掛かったままのわたしはパクパクと口を動かす事しか 出来なかった。それに気づいたクロモが、魔法を解いてくれる。  だからわたしは勢い任せに訴えた。 「そんなのダメっ。元々二人共、好き合ってたんでしょ? それを勝手に結婚決められて。 なんにも悪いことなんかしてないのに何で二人がそんな目にあわなくちゃならないの?  そんなのおかしいよっ」  お姉さんはそれを聞いて、にっこりと頷いた。 「わたしもそう思いますわ。けれどそれ以上にクロモちゃんの幸せを望んでますの。 ですからあちらが本物のニシナ様だってだけで貴女を追い出して他の人を愛している 彼女をクロモちゃんのお嫁さんなんかに迎えたくなんてありませんわ」  困ったようにため息を付き、お姉さんはちらりとゼンダさんを見た。 「……ニシナ様は、私が!」  グッとシオハさんがニシナさんの肩を抱き、たまりかねたように叫んだ。それを、 お姉さんが息を付きながら首を振る。 「二人で逃げても追っ手が掛かりますわよ。シオハさんとそういう関係だという事はもう、 ゼンダ殿はご存じですもの」 「そんなっ。もしそれで捕まっちゃったらどうなるんですか? やっぱり修道院送り?  シオハさんは? 愛し合ってる二人は引き裂かれちゃうんですか? そんなのひどいっ」  悪いのは勝手に結婚決めちゃった王様じゃん。そう言いかけて言葉を飲み込んだ。 クロモとお姉さんだけだったら言ってたかもしれないけど、ゼンダさんは一応、王様の 部下だもん。下手なことは言わないほうがいい。  ぐっと唇を噛みしめうつむくわたしを、慰めるようにクロモが肩を抱いてくれた。 「俺は、二人を恨んでいるわけでもないし、不幸になればいいとも思っていない。二人が どうなろうと気にしもしないが、彼女が気にするから不幸にならぬ道があるならそうして もらいたい」  クロモもまた、ゼンダさんを見た。  そっか。お姉さんの提案を受け入れてほしいって暗に言ってるんだ。  ゼンダさんはむむっと難しそうな顔をして、ニシナさんを見ている。わたしも、 どうにかゼンダさんがお姉さんの提案を受け入れてくれるよう、ジッと彼の顔を見た。 シオハさんとニシナさんも、同じようにゼンダさんを見ている。  みんなに見つめられ、ゼンダさんはたまりかねたように叫んだ。 「分かりましたっ。私とてニシナ様が不幸になる事は望んでおりません。王にはどうにか 説明しておきます」  ゼンダさん以外のみんなが、ぱあっと笑顔になった。

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