神社と図書館 2  収穫の無いまま今度はみんなで図書館に行く事になった。  〈救いの姫〉が案内されたのは、この島の郷土の歴史や伝承、記録等が書かれた本を 集めた部屋だった。  その部屋に通されて、ふと彼女は思い立った。 「もしかして昨日も、ここで調べ物されたんですか?」  透見と戒夜は昨日、彼女が記憶喪失の状態で召還されてしまった理由を調べていた はずだ。そして過去にそういった事例は無かったと言っていた。 「確かに昨日はここにも来ていた」  短く戒夜が肯定する。  やっぱり。でもじゃあ、今日はここに何しに来たんだろう?  〈姫〉の疑問に気づいた様に透見が頷き、まずは座るように勧めてくれた。そして一冊の 本を取り出し、彼女の前へと差し出す。 「これを」  少し厚めのその本のタイトルは『〈救いの姫〉と〈唯一の人〉の伝承の記録及びまとめ』と あった。 「これまで記憶喪失だった〈救いの姫〉はいなかったんでしょう?」  言いながら本を開く。最初の辺りのページには少し難い文章で、初めて現れた〈救いの姫〉 や〈唯一の人〉の事が綴られていた。 「はい。〈救いの姫〉という記憶の無い方はいらっしゃいましたが、元々いた世界の記憶は 皆ちゃんと持っていたようです。ですから自分の名前もちゃんと分かっていらした」  透見の言葉に頷きながら、〈姫〉はパラリとページをめくった。  過去に何度も現れているという、〈救いの姫〉と〈唯一の人〉。その都度の登場や発見 とかが、細々と綴られている。 「本日は記憶喪失とは別の件で姫をここにお連れした」  戒夜の言葉に〈姫〉は顔を上げた。 「別の?」  尋ねる〈姫〉に透見は頷きながら彼女の目の前の本へと手を伸ばし、本の位置は そのままにパラパラと本をめくりだす。 「もちろん、これがキッカケで何か記憶の刺激になればそれは一石二鳥だが」  戒夜が言い終わるのとほぼ同時に透見の本をめくる手も止まった。 「こちらのページを。〈救いの姫〉」  促され、そのページへと目をやり読む。だけど……。 「何これ? 意味分かんない……」  そう言い〈姫〉が二人に目を向けると、戒夜は少しガッカリしたように息を付き、透見は 無表情なままゆっくりと頷いた。 「……ゴメンナサイ……」  〈救いの姫〉として何か期待されてたんだろうけど、それが出来なかったと悟りつい 謝罪の言葉が口をつく。 「謝る必要はありません。このページには書いてある内容を記憶に留めさせない魔術が かかっているのです。ですから〈救いの姫〉だけでなく、戒夜さんも私も他のみんなも、 読んだ端から単語のひとつさえ記憶に残らないですから」 「え?」  透見の説明に、再び彼女は手元の本を見た。そこには意味は分からないけれど、普通に 日本語の文章が印刷されている。 「もしや、何か単語が拾えるのか?」  戒夜が驚きながらも期待を込めた目で〈救いの姫〉を見る。彼女は気後れしながら ゆっくりと頷いた。 「だって、日本語で書いてある文章だもん。読めるよ。意味は分かんないけど」 「文章!?」  今度は透見が驚きに声をあげた。 「声に出して読んでみて下さい」  急かす様に言われ、再び〈姫〉は本に目を落とした。  変える事の出来ない過去の夢  紡がれる筈のなかった未来の夢  世界は望みから産まれ  救いを求める者は希望を見いだす  しかし動き出した世界は夢である事を忘れ  しかしまた他者の望みに夢を産む  主は唯一人  しかし入れ替わり主は夢を見る  間違えないようゆっくりと、声に出して読む。その言葉を戒夜はノートにメモしている ようだ。  そして透見は、複雑な顔をして〈救いの姫〉の言葉を聞いていた。そして彼女が読み 終えてしばらくしてからゆっくりと口を開いた。 「本当に、そう書いてあるのですか?」  〈姫〉が嘘をついているというよりは、その本が間違いなのではないかというような顔を して透見はその本を見ている。 「うん。わたしには、そう書いてあるように見えるよ」  他の人には何が書いてあるのか記憶に留めさせない魔術が掛かっているらしいから、 そう言うしかない。もしかしたら〈救いの姫〉に対してだけ魔術が別の作用を引き起こして そう読めてるだけなのかもしれないし。 「意味が分からないよね?」  正直な感想を言ってみたけど、透見も戒夜もじっとノートに書きとられたメモを見て 考え込んでいる。  そしてしばらくたってから戒夜が口を開いた。 「どうとらえる? 透見」  透見はちらりと〈救いの姫〉を見た後、目を伏せた。 「〈救いの姫〉が読みとられたのですから。文章の意味については他の皆とも一緒に考えた 方が良いのではないかと」 「そうよね。色んな意見を訊いた方がいいと思う」  これまで黙って聞いていた棗も頷きそう言った。  彼女が魔術のかかったページを読めると言った時、透見は愕然とせずにはいられな かった。  姫君でさえ、最初はあのページを読む事は出来なかったのに。  更に彼女が読み上げた内容に驚愕した。  姫君が読んだそれと、内容が違う。 「本当に、そう書いてあるのですか?」  思わずそう透見は尋ねてしまった。  目の前の少女が嘘をつく理由はない。本当にそう書いてあるのだろう。  そう思いはするものの、にわかには信じられず戒夜が書き記したその文章をじっと 見つめる。 「どうとらえる? 透見」  戒夜に問われ、透見はちらりと目の前の〈救いの姫〉を見た。不安げな顔の彼女にどう 声をかけたら良いのか分からず、そっと目を伏せる。 「〈救いの姫〉が読みとられたのですから……」  戒夜は内容が違うという事をどう捉えたのだろうか。だけど何も知らない彼女や棗に その話をするべきかどうか透見は迷った。 「文章の意味については他の皆とも一緒に考えた方が良いのではないかと」  剛毅や園比がどう思うのかも聞いてみたい。  独り言のように呟き、透見は問題を先送りした。  帰り道。 「にしてもさすがは姫様よね。今まで誰も読めなかったあのページをスラスラ読んじゃうん ですもの」  棗が感心しながら尊敬の眼差しで〈姫〉を見ている。 「そうだな。初回から読めるとは俺も思ってなかった」  戒夜も心なしか頬を緩ませ〈姫〉を見ている。  透見はというと、彼女に対してどう接すれば良いのかが分からず、黙ったままみんなの 会話を聞いていた。  当の本人はというと、二人に誉められたせいか頬を赤らめ少し嬉しそうに微笑んで いる。 「役に立てて良かったです。後は意味が分かると良いですね」  そんな彼女の言葉が透見の耳に残る。  彼女の読み上げた文章は、巻き戻る前に姫君が読んだ文章とはまるで違っていた。  何故違う文書なのだろう。どちらかが嘘をついているのか。  だけど私の姫君も、目の前の少女も嘘をついているとは思えない。ならばあのページに かけられた魔術は読む者によってその内容を変えるのか。  それが正しいと思ったと同時に、やはりこの目の前の少女も〈救いの姫〉なのだと胸が キリリと痛んだ。  私の姫君は、もう二度と召還出来ない……。 「透見はどう思う?」 「え?」  名を呼ばれ、みんなの話を聞いていなかった事に気づいた。 「だから、姫様のお部屋よ。あのお部屋じゃ広くて落ち着かないって言われるのよ」  棗の言葉に少女に目を向けると、彼女は少し申し訳なさそうな顔をして透見を見た。 「あのお部屋、豪華でとっても嬉しいんだけど、この先しばらくお世話になるんならもう 少し普通の部屋が落ち着くかなって」  あの部屋は〈救いの姫〉の為に用意された部屋だ。だからなのか、姫君はすぐに 馴染まれた。 「……〈救いの姫〉がそう仰るのなら、別の部屋を用意した方が良いでしょう」  透見の言葉に戒夜が眉をしかめる。 「だが〈救いの姫〉をおかしな部屋に案内する訳にはいくまい」  戒夜の言いたい事も分かる。確かに〈救いの姫〉とされているこの少女に普通の部屋を 与えれば、ぞんざいに扱っていると他の者達に思われてしまうかもしれない。それに 何より〈救いの姫〉の為に用意されたあの部屋は他の部屋よりも物理的にもセキュリティが 行き届いている。 「しかし〈救いの姫〉が望まれているのです。このままあの部屋を使われてゆっくり眠る事が 出来ず疲労を溜めてしまわれるよりは他の部屋を用意した方が良いと判断しました」 「ああ、それはあるわよね。少しでも姫様が落ち着けるようにするのもわたし達の役目 なんだし」  棗は透見の意見に賛成し、だったらどの部屋が良いかを検討し始めた。  戒夜も棗が挙げる候補にあれこれ口を出し始める。  透見はというと、二人の会話を聞きながら、暗い気持ちを抱えていた。  〈救いの姫〉が望むならと、いうのは半分言い訳だった。自分の姫君のいたあの部屋に、 あまり別の人にいてほしくなかっただけだ。あの部屋はいつまでもあのままにしておいて ほしかったのだ。

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