メイドさんとドレス……わたしらしいと言うか  とりあえずパジャマから着替えたかったんでみんなに部屋から出て行ってもらった後、ようやく わたしはゆっくりと辺りを見回した。  パジャマと、なぜだか敷き布団や掛け布団、枕は実際にわたしが使ってるものだったけど、それ以外は まるで違うものだった。本当ならこの布団が乗っているのはパイプベッドなのに、今寝ているのは木製の しかも天蓋付きのベッドだった。しかも普段はごちゃごちゃと物が置かれている六畳の部屋なんだけど、 今いるこの部屋は、何畳あるんだろう? テレビとかで見る豪邸の寝室か高級ホテルのスウィート ルームかって感じ。だからパジャマと布団一式がめちゃくちゃ浮いて変な感じ。……いやまあ、わたし 自身も浮いてるんだろうけど、そこはそれ鏡さえ見なきゃ夢に浸れるから、ね。  で、着替えようと思ったんだけど、自分の部屋と勝手が違うから着替えがどこにあるのか分かんない。 どうしようって困ってたら、ノックの音とどこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。 「失礼いたします。着替えをお持ちいたしました」  カチャリと静かにドアを開けて入って来たのは、ゲームに出てくる友人役の女の子。棗ちゃんだ。 何故かメイド服を着ている。  嬉しい気持ちと、ちょっと嫌な予感で複雑な気持ちになる。たいていわたしは友達の女の子キャラも 好きなんだけど、ゲームによってはその友達が恋敵になっちゃう場合がある。そのシナリオがドロドロ してなきゃいいんだけど、今まで友達だった子に激しく意地悪されたり裏でハメられたりとかする シナリオだと、その子の事が怖くなる。  で、このゲームはやりはじめたばっかでまだ一人もクリアしてなかったりするもんだから、棗ちゃんが ただの仲の良い友達なのか、恋敵になっちゃう子なのかよく知らないんだよね。  まあ、ゲームとこの夢、キャラは一緒でも設定は違うみたいだし大丈夫……よね。というより 明晰夢って本人の望む方向に夢を見られるみたいだから嫌なことは考えまい。そういう事考えると そっちに引きずられちゃいそうだから。  そんな事考えてる間、棗ちゃんは戸惑ったように着替えを持ったままじっとわたしを待っていてくれた。 「ああ、ごめんごめん。ありがとう、助かる」  にこりと笑いかけると、ほっとしたように棗ちゃんも微笑んだ。 「どうぞ。お気に召すものがあればよろしいのですが」  わたしが年上だからなのか設定上わたしが姫だからなのか、ゲームの時の棗ちゃんより口調が丁寧と いうか、硬い。 「うん、ありがとう。ね、そんなに畏まらなくていいよ」  服を受け取りつつ、言ってみる。 「なんならタメ口でも、気にしないよ?」  やりかけてたゲームのヒロインは棗ちゃんと同級生だったからゲームの中の棗ちゃんは普通に喋って たんだよね。  だけど棗ちゃんは手と頭をぶんぶんと振って「とんでもない」と叫んだ。 「姫様は我々を助けて下さるお方。こうやって口を利けるだけでも光栄ですのに、タメ口だなんて とんでもないです」  キッパリと言って自分を落ち着かせるよう大きく息を吐いた後、棗ちゃんはにこりと笑った。 「それより御衣装の方、サイズはいかがですか? デザインや色等のご不満はありませんか?」  言われ、受け取った服を見て、体に当ててみる。さすが夢、サイズはバッチリだし色やデザインも 超好みの……ドレスだった。  ドレスは悪くないのよ、ドレスは。問題なのは、わたしがドレスなんて着たことないってのと、 わたしの趣味が少女趣味だって事。ヒラヒラふわふわ、パステルカラーで花柄のプリンセスラインの ドレスは見てるだけでも嬉しくなって、袖を通したらきっとニヤニヤが止まんない。けど、きっと鏡の 中の自分を見つけた時、がっかりする。ていうか、こんな好みバッチリのドレス出る夢なのにどうして 年齢と容姿は詐称してくれないかな、この夢!  ドレスを持ったままそんな事を考えてると、棗ちゃんが顔色をうかがうように恐る恐る聞いてきた。 「あの……お気に召しませんか?」 「ううん、気に入ったよ。すごく気に入った。……ただ、わたしに似合うかな〜、なんて」  誰もいない所でならこのドレス着て、鏡なんて見ないでニヤニヤとひとりで悦に入ってもいいん だけど、着替えたらまたみんなに会うんだよね? だとしたら自分の悪趣味まるだしのカッコウ 見られて何言われるかと思うと……着るのを躊躇してしまう。このドレスの似合う若くてかわいい子 だったら良かったのに。  そんなわたしの躊躇いをみて、棗ちゃんはキッパリと言い放つ。 「似合いますよ。これは姫様のために作られたドレスですもの。姫様以外にこのドレスが似合う 方なんてどこにもおられません」  何を根拠にそう言ってるんだろう。だけどもしこれがショップ店員さんの言葉だったら胡散臭くて とても信じられなかったけれど、棗ちゃんの言葉なら信じられるような気がした。  うん、これが現実なら確実に痛いオバサンなんだろうけど、これ夢だもん。夢くらい、フリフリ ふわふわのドレス着たって許されるよね?  棗ちゃんの言葉に勇気をもらったわたしは、思い切ってそのドレスに袖を通した。  着替え、メイクして髪を整える。  うう。考えてみたらわたし、寝起きで頭バサバサの上、すっぴんの顔のままでみんなと話して たんだ……。それじゃなくてもおばさんでお肌ボロボロなのに……。泣ける。  で、でも考えようによっちゃ最初にすっぴん見せときゃ、気が楽だよね? なんかこの夢の設定だと 戦闘シーン入りそうだし、そうなったら汗でお化粧崩れたり完璧取れたりって事もあるだろうし。 一度すっぴん見られときゃ、そんなに慌てる事もないしね。  とか自分に言い訳してて、虚しくなった。そもそもわたし、メイクそんなに上手じゃないから、 たぶん他人から見たら「メイク? あー、そういえば一応してるんだね」程度だろうし、崩れようと はげようとあんまり代わり映えしない気もする。  それでもメイクで少しはマシになってるって信じたい。 「あの、姫様。よろしければ皆様が下でお待ちです。朝食のご用意もしてありますので……」  言われてお腹が空いている事に気づいた。夢の中でもお腹空くなんて、食い意地張ってるみたいで 嫌だなぁ。  そんな事思いつつ、笑顔で答える。 「うん、分かった。行こうか」  棗ちゃんは頷いて食堂へと案内してくれた。わたしは彼女の後を歩きつつ、そういえば普段朝食は 野菜ジュースとトースト一枚なんだよなぁ、とか考えたりしていた。  食堂にはすでにみんな集まっていた。わたしが入るとみんなが一斉にこっちを見る。途端に再び 自分の格好に自信がなくなって、不安になる。  そんなわたしに気が付いた戒夜が声をかけてきた。 「そんな所でボーッと立ってないで、座ったらどうです?」 「あ、うん……」  ひとつだけ空いてる席がわたしの席なんだろう。戸惑いつつ、その席に座る。 「……にしても、そのドレス……」  ぎくり。自分でも体が固くなるのが分かる。戒夜がジロジロとわたしを見回す。ううう、胃が痛い。 「動きにくいのではないですか?」  へ?  てっきり似合わないとか変とか言われると思ってたわたしは、ちょっと拍子抜けした。 「普通に動く分には大丈夫だよ。走り回ったりするにはちょっと向かないかもだけど……」  そこまで言って、もしかして走り回る必要があるの? って考えに至った。敵に狙われてるって 設定だもん、そういう事もあるのかもしれない。 「動きやすい格好のが良かった? 着替えた方がいい?」  でもこれを用意してくれたのは棗ちゃんだから、そういう服があるかは棗ちゃんに聞いてみないと 分からない。  オロオロしてると透見が助け船を出してくれた。 「今はまだ大丈夫ですよ。空鬼たちはまだ、ここを見つけていないのですから」  ふわりと透見が笑い、それに同意するように剛毅が口を開いた。 「そうそう。それにやっぱり女の人はドレスアップしている方が良いしね」  カラッと笑いながらの剛毅の台詞。さすが乙女ゲーの夢。 「うんうん。でも僕はロングのドレスよりミニスカートの方が好きだな」  ニコニコしながら今度は園比がケロリと言う。けど、ミニはちょっと、いやかなり無理。足太いもん。 「ね、戒夜はどういうのが好き?」  無邪気に園比が戒夜に話を振る。戒夜はそれに小さく溜息をつきつつ眼鏡をクイッと上げた。 「別に。本人に似合ってさえいればそれでいい」  本当に興味がないのか、それとも実は照れてる設定なのか。そっけなく言うと戒夜は朝食に手を 付け始めた。 「さあ、私たちもいただきましょう」  それを合図に透見がにこりと笑ってみんなに朝食を勧める。みんなもそれに頷き、朝食を食べ始めた。 「ところで姫君。空鬼が貴女を見つけてしまう前にこの辺りの地理を知っておいてもらいたいのですが」  優雅な手つきで朝食を口に運びながら透見が語る。なんか王子様というか貴族というか、そんな品の 良さを感じてしまう。 「つまりあれだ。万が一姫さんが一人で逃げなきゃいけなくなった時、どっちに逃げたら安全なのか 知っといて欲しいんだよ」  剛毅はというと、ぽいぽい口の中に放り込むように朝食を食べている。いかにも食欲旺盛な男子って 感じ。 「あ、心配しないで。そんな事にならないように僕たちがしっかり姫様のこと守るからね」  剛毅ほどではないけれど、園比もパクパクと勢いよく美味しそうに朝食を掻き込んでいる。なんて いうか、量もそこそこ食べるけど美味しいものが大好きなんだろうな。  反対に食事に興味がなさそうなのが、戒夜だ。 「しかしまだ敵の強さも数も把握できていない。だから万が一の時には逃げて身を隠しておいて欲しい」  機械のように食事を口に運び、咀嚼する。なんか栄養補助食品とかサプリメントとかあったらそれで 済ませちゃいそうなタイプだ。  わたしはというと、見たこともない豪華な朝食に目移りしながらあれこれ手をつけてしまったんだ けど、普段トースト一枚で済ませちゃうもんだからお腹いっぱいになってきちゃった。けど、手を 付けてしまったお皿はちゃんと全部食べないと失礼だよね……。 「それで食事の後、剛毅さんと私とでこの街周辺を案内しようと思うのですが」  いいですか? と透見に問われわたしは頷いた。特に断る理由もないし。 「あ、でも園比と戒夜は?」  ふと疑問に思って聞いてみる。すると戒夜がため息をひとつ。 「まだ敵もいないのにゾロゾロ付いてまわっても無意味だろう」  そう、冷たい一言。まあ確かに。  こんなおばさんが若い男の子ゾロゾロ引き連れて、街中歩くってのも何事だろうって感じだよね。  そういう事でわたしは二人と一緒に出かける事になった。

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