方向音痴に道案内は無意味……とは思いたくない その1  剛毅と透見に案内され、街へと出た途端に後悔した。  何をってもちろん、着替えてこなかったことをだ。棗ちゃんがサラリと出してくれたドレスだったし、 夢の中だからって気にもせず着てしまったけど、街に出てそれがとんでもなく浮いている事と気づく。  そこらを歩いているのは皆、Tシャツだのジーンズだのチュニックだのワンピだの。つまりなんて いうか、極普通の現代服を着ているのだ。  よくよく考えれば棗ちゃんだって、メイド服だと思ってたけど考えようによっては紺のワンピースに エプロンしてるだけだし。剛毅達だって普通の、現実の日本を歩いても違和感のない服だった。  なのにわたしときたら! ドレス!! しかもフリフリのっっ。  せめてスカートが短ければ姫系ファッションよって思い込めたかもしれないけど、まあそれでもこの 年じゃイタイけど。でも今着てるのって思いっきりロング。どこの結婚式の披露宴のお色直し? って 感じ……。このままで街を歩くなんてありえない……。  すっかり固まってしまったわたしに気づいて透見が声をかけてくれる。 「どうかしましたか?」 「う、うん。……あの、とりあえず着替えに戻ってもいい?」 「? 何故ですか?」  透見はわたしの気持ちにはちっとも気付かないようで、不思議そうな顔をしている。それに気付いた 剛毅がくつくつと笑った。 「姫さんは浮いてるのが恥ずかしいんだよ。だろ?」  透見に説明して、わたしに目配せする。うんうん、剛毅は分かってくれるのね。  だけど透見はそれを聞いても分からないようで……。 「姫君は他の方々とは違うのですから、特別で当たり前なのでは? 恥ずかしがる事なんて何もない ですよ」  にこりと笑って、そんな風に言う。それを聞いてた剛毅がゲラゲラと大笑いし始めた。 「いや、でもあの……。わたし的にはこんな悪目立ちするのは嫌かなーなんて」  ひーひー笑い転げる剛毅の横で、そんな風に言ってみたり。 「ていうか、剛毅笑いすぎ」  ぶすりとした声でわたしが言うと、剛毅はぴたりと笑うのを止めた。 「いや、悪ィ。透見とあんたの会話が楽しくって、つい」  そう言って、声を出して笑うのは止めてくれたけど顔はまだニヤニヤ楽しそうに笑ってる。 「透見はあんなに笑われて嫌じゃないの?」  わたしの言葉に透見は笑顔で肩をすくめる。 「剛毅さんの笑い上戸は昔からですから」  いちいち気にしていられません、とにこやかに言う。なんつーか、無駄に歳くってるわたしより よっぽど大人だよなー、透見って。 「で、どうする? 着替えに戻ってたら街案内する時間、減っちゃうけど」  ニヤニヤしながら剛毅が言う。まだ笑い足りないのかな。それとももしや、わたしが方向音痴なの バレてる? だから街の隅々まで実際に見て歩いて覚えなきゃ迷子になっちゃうから、時間が必要って。  だとしたら剛毅の観察眼すごいな。恐るべし。  けどまあ、正直な気持ちを言葉にする。 「うんでもこのまま街を歩いても恥ずかしくて周り見てる余裕なんてないから……。やっぱ着替えたい かな」  わたしの言葉に透見は少し考え、それから街を指さした。 「それでは戻らずにあの店に入りましょう。その方が早いですし、姫君はご自分の納得する服をお選びに なれるでしょうから」  そう言われて向かったのは一軒のブティック。確かにそこで買って着替えさせてもらえば戻って 着替えて来るより早いよね。 「あ、でもわたしお金持ってない……」  今まで、今着てる服や朝食なんかはぽんっと差し出されたからあんまり気にしてなかったんだけど、 幾ら夢の中とはいえ売ってる物を買ってもらうとなると、急に気がひけてくる。しかもかなり年下の 相手だし。  これが現実なら安物置いてるショップに飛び込んで自分で支払いして着替えるんだけど、そういう お店がどこにあるのかそもそもそういうお店があるのかも分からなければ、自分の財布も無い。夢なん だから財布くらいポンと出てきてくれても良さそうなもんなのに。  いやいやそれより浮かない普通の服装にポンと着替えてくれてもいいんだけどさ。  あれこれ考えてしまうわたしに透見は優しい笑みを浮かべる。 「支払いの事は気にしないで下さい。貴女は〈救いの姫君〉なのですから」 「そうそう。ここの連中はみんな、あんたの存在に期待してんだ。心配しなくてもタダで提供して くれるって」  安心しろって言いたげに剛毅にばんっと肩を叩かれる。  期待……〈救いの姫君〉として?  なんか気が重くなってきた。そんな期待に、わたし応えられるの?  いやいやいや、これ夢なんだから深く考えまい。うん、そうだよね。夢なんだから楽しくありがたく 頂いちゃおう。  そしてわたしたちはそのブティックへと足を踏み入れた。  さすが夢、と誉めるべきかな。店内の服はバッチリ現代物でわたし好みのものだった。姫系ではなく、 なんていうかナチュラル系でフェミニンな服。コットンやリネン素材の生成とか茶系がメインで ちょっぴりフリルやレースなんかも付いている。 「好きな物を選んで下さいね」  にこにこ笑いながら透見は言ってくれるけど。 「好きなのありすぎて迷うよぉ」  つい、本音が口から出た。いやホント、この店の商品まるごと大人買いしたいくらい、わたし好み なんだもん。  とはいえ、現実では服を大人買いするようなお金は無いから結局は安いものを悩んで選ばなくちゃ ならないし、例えこれが夢の中だとしてもやっぱ無料でお店の物を貰うとなると、気が引けて安い物を 選んじゃうよね……。 「いらっしゃいませ。当店の品物を気に入ってもらえて嬉しいわ」  店員さん……というか、店長さんらしき女の人が出て来てにこりと笑う。 「よお、沙和姉ぇ。久しぶり」 「お久しぶりです、沙和さん」  剛毅がさっと手を挙げ、透見は軽くお辞儀をした。  知り合いなんだ……。まあ、考えてみればそうだよね。知りもしない人がいきなり『〈救いの姫〉が 着るから服をタダで貰っていく』なんて言ったら即追い出されちゃうよね。 「二人ともお久しぶり。こちらの女性、紹介してもらってもいい?」  まるで絵本から飛び出してきたような、かわいい店長さんの笑顔。いいなぁ。服、似合ってるなぁ。  そんな風にぼーっと見ている側で、剛毅がにこにことわたしの事を紹介しようとした時だった。 「あー、やっぱ剛毅だ。こんなところで何してんの?」  お店のドアが開き、若い女の子たちがワイワイと入ってきた。 「剛毅こんな店に用事なんてないっしょ」 「あ、透見も一緒なん?」 「あー、もしかして彼女が出来て二人でプレゼント選んでるとか?」 「ていうか、そっちのおばさん、誰?」  ピーチクパーチクとまくし立てる女の子たち。なんかちょっとショックな言葉も聞こえてきた気がする ぞ。でもまあ事実おばさんだし。……でもやっぱ他人からズバリ言われるとちょっと傷つくかも……。  それでも着てるドレスについてスルーしてくれたのは、彼女達なりに気を使ってくれていたのかも しれない。 「失礼な口を利かないように。彼女は〈救いの姫君〉なのですよ」  突然、今までずっとにこやかだった透見が初めて冷たい表情になって彼女たちを見た。  どうしたんだろ。自分達がわたしの年齢の事を話した時は、にこやかだったのに。もしかして あれかな。自分達が言う分には問題ないけど他人に言われると腹立つってやつ。  もしそうなら、ちょっと嬉しいかも。だって身内というか仲間内に入れてもらえてるって事だよね?  透見がこんな態度をとるなんて珍しいんだろう、彼女たちもびっくりして言葉が止まってる。そんな 彼女たちを和ませようとするように剛毅が笑顔でわたしの肩に手を置いて言った。 「そうそう、これが我らが姫さんだ。今後よろしく頼むぜ☆」  ☆マークの所で剛毅はパチンと女の子たちにウィンク。ご、剛毅ってこんな軽いキャラだったっけ? 「う…うん」  とまどうように頷く彼女たちに、言い過ぎたと思ったのか透見は表情をゆるめ、それを見た彼女たちも ほっと胸をなで下ろしてるようだった。 「そっかぁ、〈救いの姫様〉なんだぁ」 「どーりでこの島では見たことない顔だと思った」  笑顔に戻った彼女たちが口々に言う。だけどその中でただ一人だけ、黙ってわたしを睨むように 見ている女の子がいた。  なんだろう。わたし何かあの子の気の触る事したっけ?  そんなこと考えてると沙和さんの明るい声がこちらへと近づいてきた。 「まあ、やはりそうだったのね。棗の選んだドレスを着ているからもしかしてとは思っていたの」  睨んでる彼女の事が気になったけれど、にこやかに話しかけられて意識が沙和さんへと向いた。 「あ、棗はわたしの妹なのよ。そして剛毅達とは幼馴じみなの」  そっか。大人びた表情で笑ってるけど、棗ちゃんのお姉さんってことは沙和さんもまだ若いんだ ろうなぁ。……二十代前半くらい?  こんな風に年齢が気になるって事は、やっぱりわたしがおばさんだからよね。はあ、ため息が出る……。 「棗たち程には貴女の力になれないけれど、〈救いの姫様〉ですもの。服くらいなら幾らでも提供 しますからお好きな物を選んで下さいね」  言われて気が引けた。『これは夢だから大丈夫、ちゃんと救いの姫、出来るよ』という確信と、 『けどこれが現実だったら絶対にわたしに救いの姫なんて出来るわけないじゃん。それなのにこれが 夢だからって、こんな風に服なんて貰ったりして大丈夫? 万が一失敗でもしたらただの詐欺じゃん?』 って思いがよぎる。 「どうされたのですか?」  沙和さんの言葉に黙ってしまったのを見て、透見が心配そうにわたしの顔を覗き込んできた。 「えらく暗い顔になってるぞ」  剛毅も眉をしかめ、わたしを見る。 「え、ああ。ごめん。なんでもない」  慌ててごまかしてみるけど、それに気づいた女の子の一人が、剛毅にペッタリとくっついて彼に告げた。 「姫様、不安なんじゃないのー? 本当にこの地を自分が救えるのかって」  あまりの図星に言葉が出ない。……にしても、なんかちょっと言葉にトゲがあったような……。 ていうかこの子、さっき睨んでた子? 「ばっかだなぁ。救いの姫さんが救えなくて誰がこの地を救うんだよ」  笑いながら剛毅がその子に返す。 「えー? それはまぁ伝承ではそうなってて、透見が召還したんなら本物の姫様なんだろうけど、 でもそれと本人の心の中は別物でしょう? 不安になることくらいはあるわよ、ねぇ?」  最後の台詞はわたしへの問いかけ。 「……うん、そうだね」  そう答えつつ、気が付いた。あの子、ますます剛毅にぺったりとくっついてる。そんでわたしに向けた 顔は笑顔だけど、目は笑ってない。  そっか、この子剛毅の事が好きなんだ。  そう思ったら納得出来た。急に現れたオバサンが〈救いの姫〉って形で傍にいるのが気に入らないんだ。 「不安になることなんてないんですよ。姫君の事は私達が全力でお守りします。ですから貴女はただ、 〈唯一の人〉を見つけることだけを考えて下さい」  そっとわたしの手に触れ、透見が微笑みかけてきた。  まさか触れられると思ってなかったわたしは、不意打ちに顔が赤くなるのを感じて慌てて誤魔化す ように言う。 「えと、彼女って剛毅のカノジョなの?」  こんなオバサンにまでヤキモチ妬くなんて、そうとう剛毅の事が好きなんだろう。もっとも剛毅が 攻略相手って考えたら、あながち間違いでもないんだけど。 「違うよ」  透見に尋ねたつもりだったんだけど、慌てて答えたのは剛毅本人だった。その横で彼女は、ちょっと 複雑そうな顔をしている。 「こいつらみーんな友達。現在カノジョ募集中」  冗談めかして言う剛毅に彼女以外の女の子達がきゃあきゃあとまとわりつきながら手を挙げる。 「はーい、わたし立候補〜」 「わたしもわたしもー。剛毅の彼女になりたいー」  そんな彼女たちを笑顔ではいはいとあしらう剛毅。……なんか思ってたイメージと違うなぁ。剛毅って わりと寡黙な感じで女の子とこんな風に話できないタイプだと思ってた。  あーでも、笑い上戸ってところからしてゲームとはイメージ違ってたんだった。うんもうゲームの イメージは忘れた方が良いのかも。 「相変わらず剛くんはモテモテね」  微笑ましそうに沙和さんが言う。それを聞きながらなんとなしに透見にも聞いてみた。 「透見はいるの? 彼女」  すると透見は驚いたように目を見開いて、それからすぐにまた笑みを浮かべた。 「いませんよ。私は今も昔も姫君の事だけを思っていますから」  ささやかれた言葉に心臓が飛び跳ねた。  いやいや。これは愛の告白じゃなくてこの地を救う救世主の事を考えてるって意味だから。  慌てて深呼吸して鼓動を整える。  ああ、でもこれって乙女ゲーの夢なんだから本当に愛の告白だったり?  いやいや、フラグ立つには早すぎだよ。ないない。  そんな事ぐるぐる考えてたら、沙和さんがくすくすと笑っていた。 「透見は本当に〈救いの姫様〉に心酔してるわよね。そんなじゃ初恋もまだなのかしら」 「放っておいて下さい」  沙和さんの言葉にうっすら頬を染め顔を背けるあたり、透見、図星なのかな? てことはうん、 これはやっぱり恋じゃないよ。  納得すると同時にほんの少し淋しさがわたしを襲う。  そうよね、愛の告白にはまだ早すぎるよね。そう、半分がっかりしながら。

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