方向音痴に道案内は……何度でもお願いします その2  二回目の街という事で見覚えのある街並みではあるんだけど、じゃああっちの道に行ったらどこに 出るとかがやっぱり分かんなくて、わたしは少し落ち込んだ。 「いいですか、常に東西南北を意識して今自分がどちらに向かっているか頭に地図を描くんです」  そんな風に戒夜は言うけど、緩やかなカーブなんかは真っ直ぐに自動補正しちゃうわたしの頭に、 それはちょっと難しい。 「いーじゃんそんなの。何度も歩けば嫌でも覚えるから、ね?」  かばってくれる園比。優しいなぁ。けど。 「出来るだけ早く覚えられるよう、がんばります」  戒夜がわたしの事を思って言ってくれてるのは分かってるから、わたしはぎゅっと握り拳を作って みせた。  三人でほてほてと歩く。その間園比はニコニコと、あれこれ質問してきた。 「姫様ここに来る前はどんな所にいたの?」 「これまでは何をしてたの?」 「どんな食べ物が好き?」  そんな問いかけに答えながら歩いていると、時々戒夜が立ち止まり、指をさす。 「この道を曲がると海に出ます。あの店を目印に覚えておくと良いでしょう」 「こちらの道は先程の道と繋がっています。近道なのですが、細い道なので急ぐ時にしか使わない者が 多い」  ふむふむと頷きながら道順を頭に叩き込む。だけどひとつ覚えたらひとつ忘れる気がして、だんだん 頭がパンパンになってきた。そのせいか園比と普通の会話するのも上手く出来なくなってきた。  そんなわたしに気づいてくれたのか戒夜が小さくため息をついて言った。 「少し中心部を離れて、休憩しましょう」  思ってもなかった嬉しい言葉にわたしは喜びうんうんと頷いてみせた。  やって来たのは小高い場所にある公園のような所だった。 「あっちに行ったら神社があるんだよ」  笑いながら指さす園比に眉をしかめながら戒夜が言う。 「正確にはここも神社の境内の一部です。あちらにあるのは拝殿ですね」  言われてみればここに来る途中、鳥居をくぐったような気もする。けど頭パンパンだったから気に とめてる余裕無かった。  ふわりと心地の良い風が吹き抜けた。ふう、と息が抜けて心が少し軽くなる。 「お疲れ様。あ、そこのベンチに座って?」  言われるままにベンチに腰かけ、景色を眺める。ゼーハー言いながら階段を登ってきただけあって、 この辺りの街が一望出来る。  ふと、その景色に見覚えがあるような気がした。まあ、夢なんだから知ってる気がしてるだけなのか もしれないし、ゲームでこういう背景があったのかもしれない。  気にする程の事でもない、と思いつつ、妙に懐かしさを感じるその風景にわたしは見入ってしまった。 「どうしたの、姫様? ぼんやりして」  ひょいと園比が隣に座って話しかけてくる。その距離にちょっとびっくりした。石で作られたその ベンチは余裕で三人、詰めれば四人くらい座れそうな長さがあるのに、園比はなぜかぴったりとわたしに 寄り添うように座ってきた。  服越しに園比の体温が伝わってきて、妙に気まずい。  けど、園比の方はそんなの全然気にしてなさそう。 「姫様?」 「あ、ううん。ごめん、ぼんやりして」  誤魔化し笑いながら言葉を濁していると、突然目の前にスッとペットボトルのジュースが現れた。 「ひゃっ?」 「どうぞ、姫。肉体の疲れにもそうですが、脳の疲れにも糖分は必要でしょう」  そう言ってジュースをわたしの手の中に差し出したのは戒夜だった。 「あ、ありがとう」  受け取り、お礼を言う。戒夜はベンチに座ることなくそのままもう一方の手に持っていた缶コーヒーを 開けた。 「あれ? ジュース、僕のは?」  ちょうだいと言いたげに園比が戒夜へと手を出す。戒夜はそれを冷たい目で一瞥した。 「なぜ俺がお前の分まで買わねばならん。自分で買いに行け」 「ええー。姫様ばっかずるいー」  ぷうっと園比は頬を膨らませた。なんか兄弟のやりとりみたい。仲が良いなぁ。 「そういえばみんなは幼馴染みなんだっけ?」  尋ねると園比がにこりと頷く。 「そうだよ。戒夜も透見も剛毅も棗ちゃんもみーんな幼馴染み」 「そう広い島ではないからな。同年の者は皆幼馴染みと言って構わないのではないか?」  戒夜はそう言うと興味なさそうにコーヒーをグビリと飲んだ。  そっか、みんな幼馴染みなのか。  ちょっと複雑な心境になる。  戒夜は「広い島じゃない」って言うけど、狭い島ってわけでもないと思う。行ったことはないけど テレビなんかで見る離島とかで、本当に狭い島だと子供が数える程しかいない。だから高校とかは 必然的に島外に通ってる。  だけど昨日の剛毅たちの様子を見ると、結構な人数いそうな気がした。  それに道順が覚えられないくらいの街があるってことはそれなりに人口もいるはず。うん、決して 狭い島なんかじゃないと思う。  だけどわたしはそれを口にしなかった。だってわたしの見てる夢だもん。矛盾があったっておかしくは ない。ていうかたぶん矛盾だらけだと思う。だからそこをいちいちつっこんでも仕方ない。  代わりに「うらやましいな」と小さな声でつぶやいてみた。 「え? 何が?」  耳ざとい園比が顔を覗き込んでくる。 「あ、んー。ほら、皆が幼馴染みで仲が良いなんて、なんか理想的っていうの?」  別にわたしにだって幼馴染みがいないわけじゃない。けど、大きくなって学校が離れたり就職先が 離れたりで、会わなくなって久しい。会えばまあ、それなりに仲良く話すかもしれないけど、小さい頃の まま気兼ね無くってのはたぶん無理。  だからマンガやゲームで小さい頃からずーっと仲良しで大きくなってもやっぱり仲良しってのが、 すごく理想的に見えちゃう。羨ましい。  そのせいか乙女ゲーの攻略対象が幼馴染みってのも好物だ。今回の夢は残念ながら幼馴染みはいない けど。 「皆が仲が良いとは言っていない。確かに目立った諍いは無いが。だからといって誰もが互いに心を 許しているわけではないので羨ましがる必要もない」  聞こえていたらしい戒夜がきっぱりと言う。まるでわたしに疎外感を覚える事はない、と言っている ようだった。 「そーだよ。それに幼馴染みなんかよりずーっと僕たちと姫様の方が心許せる仲になるんだからさ。ね」  にっこり笑って園比がわたしの手を握った。 「そうだな。姫を守るという立場上、姫には我々を信頼して欲しいし、我々も姫を信じている」  戒夜に目を向けると、彼も珍しく笑みを秘めた瞳でわたしを見ている。 「もー、そんな堅い言葉じゃなくてさ、みんなで仲良しになろ、でいーじゃん」  そう言って園比がわたしに抱きついてきた。  手を握った時は死角だったのか気づいてなかった戒夜が渋い顔になる。 「園比……」  注意しようと戒夜が口を開きかけた時だった。何かが、こちら目がけて飛んできた。  すかさず園比が立ち上がりわたしをかばうように前に立ち、戒夜はわたしの手を取りわたしを立ち 上がらせた。 「何者だ!」  園比がはじいたそれは、どこにでもあるフォークだった。殺傷能力は低いだろうけど、当たったり 刺さったりすれば、痛い。  昨日の事がなければきっと怖がってただろうけど、今回は犯人が分かってたのでさほど怖くなかった。 けど、やっぱ痛いのは嫌だし、思わず苦笑いが出る。  それが恐怖でひきつったように見えたのか、ちらりとわたしを見た園比が優しい声を出す。 「大丈夫だよ、姫様。僕たちがいるから」  それに呼応するように戒夜も囁く。 「ああ。俺達がいる限り、安全だ」  二人の言葉を試すかのように、三方から何かが飛んできた。  園比が短く何かを唱えると、その手には彼の身長の半分くらいある大剣が握られていた。その大剣で 飛んでくるそれをなぎ払う。  そして園比の剣が打ち漏らした分を戒夜が素手で器用に打ち落とした。  コンビネーション抜群だな、と感心してる間もなく次が飛んでくる。なんか三人共ノリノリで奇襲 かけてるっぽいなぁ。  そんな事考えていた時だった。不意に空を横切った影に、ゾワリと鳥肌が立った。  なに?  空を仰ぎ見る。見上げたそこには、小さな人影。 「ミツケタ」  小さな呟きだったけれど、確かにそれはそう言った。  すぐさま誰もが異変に気づいた。元からわたしを守るようにして立っていた戒夜や園比はもちろん、 隠れていた剛毅や透見、棗ちゃんもすぐさま姿を現し、わたしを取り囲むようにしてソレを見上げる。 「透見に剛毅、棗ちゃんまで」  今まで襲ってきていたのが誰か気づいていなかった園比が驚いて言う。 「その話は後で」  なんで、と尋ねそうな園比をピシリと制し、透見は呪文を唱え始めた。他の四人もいつ攻撃されても 大丈夫なようにと身構えている。 「マタ来ルヨ。待ッテテネ」  この人数に一人では不利だと判断したのか、宙に浮くそれはそう言い残すとスイと背を向け飛んで 行ってしまった。その背に透見が魔術を放ったが、距離が遠かったせいか届くことはなかった。  今見たそれが何なのかは皆に尋ねるまでもなく分かった。あれが空飛ぶ小鬼だ。あれが空の小鬼 なんだ。

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