剛毅とぶらぶら散歩 その2  ウロウロしていると、ふと小さな公園が目に留まった。ブランコや滑り台があるいわゆる児童公園。 だけど時間が悪いのか、今は誰もいない。 「なんか懐かしー。ちっちゃい頃好きだったなぁ、ブランコ」 「オレは滑り台派かな」  言うと剛毅は誰もいないのを良い事にヒョイヒョイと滑り台の階段を登り始める。 「うお、こんな小さかったっけ?」  子供用に作ってある滑り台だから、すっかり大人の体型の剛毅にはちょっと窮屈そう。  それでも楽しげに滑り台を滑り降りると公園の入り口に立ち尽くしていたわたしに手招きする。 「姫さん来ないの?」 「え、でもここって子供の為の公園だよ?」 「いーじゃん別に。今誰もいないんだし。子供が来たら譲れば良いんだしさ」  戸惑うわたしににこにこと笑いながら言う。  若い剛毅はともかく、いいおばさんのわたしが自分の子供もいないのに公園で遊んでるとなんとも 痛いというか、頭おかしいと思われかねないんだけど、これ夢だし久しぶりにブランコに乗りたいって 誘惑に勝てずわたしは公園へと足を踏み入れた。 「ホント、懐かしー」  ブランコに腰掛け、ゆっくりと揺らす。 「押してやろうか?」  剛毅が後ろに回ろうとしたので慌てて首を振った。 「危ないよ。ブランコけっこー得意だったから、自分でぐんぐん漕いじゃうから」  本当にブランコは大好きで得意だった。あの頃を思い出してぐんぐん漕ぐ。  長年のブランクで最初はちょっと、漕ぐのがぎこちなかったけど、すぐに勘を取り戻してかなり 高くまで漕いだ。 「すげーじゃん姫さん。やるぅ」  すっかり感心した様子で剛毅がわたしを見ている。 「立ち漕ぎも得意なんだよ」  剛毅の言葉に気を良くしたわたしは、バカな事に子供の頃のようにブランコを漕ぎながらそのまま 立ち上がろうとした。  先に言っとくけど、子供の頃は本当にヒョイとそのまま立ち上がれた。だけど悲しいかな、すっかり 重たくなったわたしの体はとてもヒョイとはいかなかった。 「よっと……あれ? きゃ!」  思い切りぐらりとバランスを崩す。 「わ、バカ」  慌てる剛毅の声がする。  それでも少なくともブランコの鎖をしっかり掴んでたら大事にはならないと思ってた。板を 踏み外しても、鎖を掴んでたら大丈夫って。でも子供の頃ならともかく、この大きくなりすぎた体を 支える程の握力なんてわたしにあるはずもなく、あっけない程簡単にズルリと手は滑り……。  どしゃっと音を立てて、地面に激突した。と思ってた。  いや、正直に言うと剛毅がこっちに飛んで来たのが見えてた。落ちると思った瞬間、彼がわたしを 抱きとめたのが分かった。  そしてわたしの重い体重を支えきれず、剛毅がどしゃっと音を立てて地面に激突したのだった。 「ごごごごごめん剛毅、大丈夫?」  情けなさと申し訳なさで泣きそうになる。 「あいててて……」  剛毅が身を起こそうとして初めて、自分が馬乗りになってる事に気づいた。 「わわ。ごめん」  再び謝りながら慌ててどこうとする。けど、慌ててるのとわたしも多少倒れた時の衝撃を受けて いたのとでフラリとよろける。 「っと」  そんなわたしの腕を掴み、剛毅は自分の方へと引き寄せた。  結果、今度は剛毅の膝の上にのっかる形になってしまった。 「落ち着け」  またもや慌てて退こうとするわたしにそう言うと、剛毅は掴んだままだった腕をぐいと引き寄せ わたしが立てないようにしてしまった。 「でもあの……」  事故とはいえ、年下の男の子の膝の上に座り込んでいるという事態に混乱しそうになる。 「いいから、慌てると転んじゃうだろ」  もっともなんだけど、混乱しているわたしは顔が真っ赤になっていくのが自分でも分かった。 「うん、分かった。落ち着いて立ち上がるから」  息を大きく吸って、そう言う。  心臓がドキドキ言ってる。  あ、また間違った。深呼吸は吐く方が大事なんだってば。  大きくゆっくり息を吐き、わたしは気持ちを落ち着けた。すると剛毅もわたしが落ち着いてきたのが 分かったのか、掴んでいた手を緩める。 「おう、ゆっくりと立ち上がれよ」  言われた通り、今度はバランスを崩さないようゆっくりと立ち上がった。すぐさま剛毅も立ち上がり、 服に付いてしまった土を払い始める。 「ごめんね。ありがとう。怪我してない?」 「オレは大丈夫。そういう姫さんは?」 「わたし? わたしも大丈夫だよ。……ちょっと打ち身があるのと手を擦りむいちゃったくらい?」 「怪我してるんじゃん」  慌てて剛毅がわたしの手を掴み引っ張る。 「いたた、痛いよ剛毅」  悪気はないんだろうけど、急にグイっと引っ張られたんで掴まれた所がちょっと痛かった。 「あ、ごめん」  慌てて剛毅は手を放し、だけどまたすぐに掴んだ。今度は優しく。 「あー、結構擦りむけてんなー」  顔を曇らせて呟く。 「いや、でも剛毅に比べたら軽いよ、きっと」  さっき大丈夫とは言ってくれたけど、剛毅もかなりさっき体を打ちつけたはずだ。男だし体力も ありそうだから我慢してるのかもしれないけど、絶対痛いはず。 「オレはホントになんともないよ」  そうは言ってくれるけど、わたし重いもん。この怪我だって自分の重さで受けたダメージだもん。 それを受け止めてくれた剛毅がノーダメージなわけがない。 「ごめんね……」  ちょっと泣きそうになりながら、呟く。  すると剛毅がわたしの頭をちょん、と小突いた。 「さっきから姫さん謝ってばっかり。本当にオレなんともないんだから気にする必要ねーのに。てか、 このくらいで怪我するようじゃ、姫さんのこと守れねーじゃんオレ」  笑いながら言う剛毅。  最初にモテモテな彼を見た時、なんか違和感があったんだけど、こーゆー事笑って言えるんだぁと なんとなく納得。  そんな事ボンヤリ考える自分がいた。  結局ドラッグストアで消毒液買って、手のひらに吹きかけてもらった。包帯も買おうとしてた剛毅を 慌ててとめて、一番ひどくすりむけちゃった所だけ、絆創膏を貼ってもらう。 「ほっときゃその内治るけどね」  そういうわたしに剛毅は眉をしかめる。 「男ならともかく、女性の手に傷が残りでもしたら大変じゃん」  本気で言ってくれてるんだろうけど、そこまで言って貰える程の手でもないしなぁ。  それでもそう言って貰えるのは嬉しいから、たまには素直にうんと頷く。 「そういえばせっかく消毒薬買ったんだし、剛毅も擦りむいた所消毒しとこう」  そんなわたしの提案に彼はにっこり首を振る。 「ほんと大丈夫だって。どこも擦りむいてないよ」  そんな筈ない、と食い下がろうとした時。 「あれ、剛毅。……と姫様?」  聞き覚えのある女の子の声がした。見ると剛毅の事を好きなあの子だった。 「よう、何? 今日は一人で買い物?」  声をかけられ彼女は嬉しそうに頬を染める。彼女の事は苦手だけど、こんな場面を見ちゃうと剛毅の 事が本当に好きなんだなぁって、微笑ましく思っちゃう。 「うん。剛毅たちは……〈唯一の人〉捜し?」  少しはにかんだ様子で彼女が問う。それにわたしは頷き剛毅は「おう」と返事をした。 「他の人たちは?」  まわりをキョロキョロと見渡す彼女。この間みたいに他にもう一人くらいいるんだろうと思ったみたい。  だけど今日は二人きりだから他の人なんて見つかるわけもなく、彼女の顔がちょっとひきつったのが 見えた。けど、剛毅はそんな彼女に気づいてなくて。 「ん? 今日はオレたち二人だけだけど?」  ケロリと言った剛毅の言葉に彼女がずんと沈んだのが分かった。もちろん本人は顔に出さないよう 努力してたけど。  こーゆーの見るとちょっと胸が痛い。わたしが本気で剛毅のこと好きならそこはそれ負けてらんないんだ けど、今みたいに中途半端な気持ちだとなんだか立場を利用してすっごく悪い事してるみたいな気が してくる。 「剛毅一人で大丈夫なの?」  言いたい事はそうじゃないだろうに、彼女はそんな事を言う。 「あ、オレのこと信頼してないのか? 大丈夫に決まってるじゃん。なあ、姫さん?」  同意を求められ、つい「はは」と曖昧に笑って誤魔化してしまった。 「あー、なんだよそれ。二人がいいって言い出したの、姫さんじゃん?」  わたしの態度に怒ったように剛毅が言う。もちろん本気で怒ってるんじゃなくて、半分フザケた 調子なんだけど。  でも、その言葉を聞いて彼女の方は本気で腹を立ててしまった。 「それ、本当ですか? 本当に剛毅と二人きりが良いって言ったんですか? だったらそれって 〈唯一の人〉への裏切りなんじゃないですか?」  そりゃそうだよね。わたしだって彼女の立場だったら怒るもん。  そんな激しい口調の彼女を見て、剛毅が慌てて取り繕う。 「あー、違うって。今日はオレが当番の日なの。二人がいいってのは、あんま男ゾロゾロ引き連れて 歩いてたらその方が〈唯一の人〉に嫌な気持ちにさせちゃうんじゃないかって姫さんの配慮。姫さんが 〈唯一の人〉を裏切るわけないじゃん」  剛毅の言葉に少し落ち着きを取り戻した彼女は、考えるようにちょっと首を傾げた。 「じゃあ明日は別の人が当番なの?」  まだ少し疑っているような眼差しで、彼女はわたしと剛毅を見ている。 「明日は園比が自分の番だって言って張り切ってたよ」  わたしが言うと彼女は安心したように小さく笑顔で息をついた。 「ごめんなさい。わたしったら失礼な事を言ってしまって。そうですよね、〈救いの姫〉が 〈唯一の人〉を裏切るなんてありえないですよね」  その言葉にちくりと胸が痛んだ。なんかさっきから胸が痛い事ばかり。  まあ、理由は簡単。この娘は本気で剛毅を好きなのに対して、わたしは乙女ゲーの攻略相手を選ぶ 感覚で剛毅を見てるからだ。  わたしの見てる夢なんだから、選んでしまえばよっぽどおかしな行動を取らない限り好感度 足りなくてバッドエンドって事はないはず。だから選びさえすればきっと両思いになれる、はず。  たとえわたしが気軽な気持ちで選んだんだとしても。  だから胸が痛む。この娘は本気で剛毅が好きなのに、わたしが遊び半分に選んでしまえばこの娘の 恋の邪魔をする事になる。  ……剛毅は対象から外そう……。  わたしが本気で剛毅の事を好きになったんなら遠慮なんかしない。でも、確かに剛毅のことは 好感持ってるし、さっきみたいなラブイベントっぽい事があればドキドキもするけど、恋はしていない。  だからそんな軽い気持ちで選んでも、彼女の存在に気づいちゃったからには絶対に後悔する自信が ある。彼女が裏で泣いてると思うと、後味悪くてせっかくのラブイベントに集中出来ない可能性だって ある。  だから、剛毅はやめとこう。  でも考えてみれば、ある意味良かったのかもしれないよね。これで選択肢の幅は狭まったんだから。

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