戒夜とあれこれ探索 その2  次の日、結局通常通りに戒夜とぶらり街を歩く事になった。  だけど計画なしに歩き回るのは戒夜の性に合わないようで、彼は渋い顔をしている。 「……目的無しに歩いても良い成果が得られるとは思えません」  無駄な事をしていると言わんばかりに言うけれど、じゃあ何を目的にすればいいのかと訊かれても、 わたしにはどうすれば良いのか分からない。  いや、本当はこうやって二人きりで歩いてるのが目的だったりするんだけど。 「けどさ、リスト絞ったとしてその候補者たちとどうやって会うつもりだったの?」  ふと疑問に思い訊いてみる。 「この島で〈救いの姫〉と〈唯一の人〉の伝説について知らない者はいません。召集を掛ければ ほとんどの者が集ってくれます」 「そうなの?」  当然とばかりに戒夜が言う。だけど、それにしてはなんか他の人達って伝承について他人事 みたいって言うか対岸の火事って言うか、わたし達の事にタッチしてないような気がするんだけど。  けどまあそれは、わたしの見てる夢だからわたしの想像力が足りてないか、面倒くさがって モブキャラは動きがないってのが本当のところなんだろうな。うん。深く考えるのはやめとこう。  そんな事を考えてたら不意に戒夜が質問してきた。 「姫に〈救いの姫〉としての記憶がないのは封印されているのだと仮定して、思い出す きっかけとして何かこれまで気になった物や風景はありませんでしたか?」  突然の質問にちょっと頭が空回りする。きっと戒夜は〈唯一の人〉候補を絞るのが難しいなら、 わたしの記憶を刺激して思い出させる方法をと思ったんだろう。  さすが頭が良いというか、若くて柔軟な考えが出来るというか……。  さすが戒夜「賢いなぁ」と彼を見上げ、考える。うーん、気になったもの…あったっけ? 「特にこれといって思いつかないけど」  そんな事を言いつつ、結局目的もなく歩く。  元々わたしはあんまりお喋りな方じゃない。というか、どっちかって言うと無口だ。それは戒夜も 同じなのか、その後どちらも口を開くことなく、黙々と歩く事になってしまった。なんか気まずい。 なんか喋らないと。 「えーと、空の小鬼ってどのくらいの数がいるの?」  なんとか話題を絞り出し、口にする。  空鬼はたぶんボスで一人なんだと思う。で、小鬼は手下なんだろうと思うんだけど、いわゆる 雑魚キャラで数え切れない程いるのかそれとも中ボスもしくは主な手下で数人しかいないのか……。 「残念ながら正確な数は分かりません。透見ならもう少し知っているかもしれませんが……」  戒夜の答えを聞いて、ちょっと意外だった。インテリなイメージがあったんで知識関係は彼が 一番かと勝手に思い込んじゃってたせいなんだけど、透見の方が詳しいんだ……。  にしても、どのくらい数がいるのか分かんないのか。 「……あんまりわらわらいないといいんだけど」  そんな言葉がつい出てしまう。だってわたしは論外、棗ちゃんを入れてもこっちは五人しか いないのに、小鬼が百人も千人もいたらちょっと、いやかなり困るよね。  空に浮かんだ小鬼を思い出し、胸が苦しくなる。たった一匹に会っただけなのにこんなに 怖がってどうするのよわたし。  動悸を鎮めるために大きく息をつき、ふと思い出した。 「神社」 「は?」  唐突なわたしの言葉に戒夜が眉をしかめる。 「神社だよ神社。あそこで休憩した時に見た風景がなんか見覚えあったような……」  懐かしかったような気がする。  単にゲーム画面で見た景色が2Dでなく3Dになってたからそんな風に思ったのかもしれないけど、 それなら他の場所も同じように感じてもいいはずなのにあんな風に感じたのはあの場所だけだった。 「神社ですか……」  ふむ、と考えるように戒夜は呟いた。 「確かにあの神社は古くからあるものですし、〈救いの姫〉や〈唯一の人〉となんら関わりが あるのかもしれません。帰ったら透見に訊いてみましょう」  そう言うと戒夜はくるりと踵を返した。 「え? 帰るの?」  戒夜とはまだほどんど仲良くなってない。というか、交流していない。時間もまだまだあるのに このまま帰っちゃうのはもったいない気がする。  そう思ってぐずぐずしているわたしに戒夜は振り向き言った。 「いえ、神社へ行きましょう。小鬼に遭遇した場所ですからリスクはありますが、姫が何か感じたと いうのなら行ってみる価値はある」  そう言うと戒夜は再び歩き出し、わたしは慌ててその後を追った。  この間と同じように石段を登って神社の境内へと辿り着く。 「どの辺りに見覚えがありますか?」  戒夜に促され、ぐるりと境内を巡ってみた。 「うん。やっぱりなんとなく、懐かしい」  『どこ』と言われても『ここ』ていう明確な答えはでないんだけど。  ゲームの背景で見たんだろうと、プレイ途中だったこのゲームのストーリーを思い出してみたけど、 わたしが記憶してる限り、神社は出て来なかったような気がする。  そもそも考えてみれば、このゲームやり始めたばっかりで一人もクリアしてないどころかまだ 共通ルート途中くらいだったから、その背景を見たからってそれを懐かしいって感じるのはなんか おかしい。  ぐるりと回ってこの間休憩に使ったベンチのある場所へとやって来る。 「うん、やっぱり。他の場所も懐かしいけど、ここから見下ろす風景が一番こう、何か訴えかけて くる」  柵の手すりに手をかけ、景色を見下ろす。 「この風景ですか」  不意に隣りに並んだ戒夜に、既視感を感じ、振り向いた。 「姫?」  わたしの態度を不信に思ったのか戒夜が眉をしかめている。 「ごめん。変なこと言うけど、肩抱いて?」 「は?」  面食らったように目を見開いて戒夜は一歩後ずさった。失礼な。  だけどそんな事言ってる場合じゃない。 「何か思い出しかけたの、だから」  その言葉に納得したように戒夜は黙ってわたしの隣に戻り、肩を抱いてくれた。  わたしはもう一度、街の景色を見下ろした。  確かにこんな風にしてここで誰かとこの景色を見下ろした事がある。そんな錯覚がわたしを襲う。 あり得るはずがないのに。  ゲームでそんな場面があって、スチルが付いてたとしても、実際にわたしが肩を抱かれたわけじゃ ない。いくらヒロインに感情移入していたとしても、ここまで既視感を覚えるだろうか? 「姫?」  考え込んでるわたしを気遣うように優しい声をかけてくる戒夜。 「何か思い出しましたか?」  だけど答えられるほど何かを思い出したとはとても言えなかった。 「……ごめん。思い出しそうだと思ったんだけど……」  ありがとうと言って戒夜から離れようとしたその時だった。突然、戒夜がわたしを抱き寄せた。 「か、戒夜?」  びっくりして声が裏返る。  園比なら何かと理由をつけて抱きついてきたりするのは予想出来るけど、戒夜がこんな行動を 取るだなんて思いもしなかった。  驚いて離れようとするわたしの耳元で戒夜が囁く。 「シッ。静かに」  そんな事言われたって心臓はバクバクいってるし、顔からは火がボーボー出てるんじゃない だろうか?  にしてもいったいなんでこんな事になったの?  パニクった頭で必死に考える。けど答えが出るより先にわたしを抱き寄せた戒夜の腕の力が 更に強まった。 「戒夜……」  どうしていいのか分からず、名前を呼ぶ。  たくましい腕に抱かれ、かなり体が密着している。  と、突然戒夜が体を捻った。急なことに付いていけずバランスを崩したわたしを片腕で支えながら、 戒夜が何かを殴った。  最初、何が起こったのか分かっていなかった。  けど、その特徴的な赤い髪が目の端に入り、理解した。  途端に胸がぎゅっと掴まれた様に苦しくなって足がすくむ。それに気づいたのか戒夜が耳元で囁く。 「ひとりで立てますか、姫」  彼の言葉に勇気づけられ、息を吸い込みぐっと足に力を入れる。大丈夫、立てる。  わたしが頷くと戒夜は手を離しわたしを背に隠すように小鬼の前に立った。  小鬼は戒夜に殴られたらしいお腹をさすりながら彼を睨んでいた。が、ふとわたしへと視線が 移った。 「ミツケタ。ウレシイ。クル」  本当に嬉しそうな小鬼の笑顔にざわりと鳥肌が立った。  瞬間、小鬼が宙に浮いたかと思うとまるで風に飛ばされた帽子のようにあっと言う間に わたし達へと迫った。 「近づくな」  すかさず戒夜が小鬼へと拳を向ける。  ガツッと音を立て顔を殴られた小鬼はそのまま地面へと打ちつけられる。  その様子に胸が痛んだ。  子供の頃ならともかく、大人になってからは殴りあいとか出血するものとかは好きじゃない。 二次元ならまだしも三次元のそういうのは、プロレスだろうがボクシングだろうが見ているだけで 痛い。だから相手が敵の小鬼であってもそれを見るのは辛かった。  だけどそんなこと考えてる場合じゃなかった。小鬼は一匹じゃなかった。 「姫!」  戒夜が叫ぶのとクイとわたしの手が引かれるのが同時だった。 「ウレシイ」  本当に嬉しそうにわたしの手を引っ張る。その小さな体めがけて戒夜の脚が振り切られた。 「ひっ」  掴まれていたわたしの手から小鬼がもぎ取られ、飛ばされる。思わず悲鳴を漏らしてしまった わたしに、戒夜が優しく声をかけてくれる。 「大丈夫ですか、姫」  わたしを安全な場所へ誘導する為だろう、戒夜がわたしの肩を抱きわたしを移動させる。 その間も起きあがった小鬼たちがわたしめがけて飛びかかってくる。  戒夜はそれをさばきながら移動した。 「心配いりません。もうすぐ透見たちと合流出来ますから」  その言葉通り、じきに遠くに透見の姿が見えた。 「姫君、こちらへ」  魔術書のような本を持った透見が手を広げる。 「走れ」  戒夜の言葉にはじかれたようにわたしは走り出した。  透見が呪文を唱えると何かがふわりと体のまわりを覆うのを感じた。  それと同時に小鬼が驚いた顔をしてまわりをキョロキョロと見渡し始める。 「ドコ? ドコ?」  油断の生じた小鬼に戒夜が攻撃をしかける。  しかし一匹ふっとばすと他の小鬼全員が一斉に戒夜の方を向いた。 「オマエ カクシタ」 「オマエ キライ」 「ドコ カクシタ」  敵意を隠さない目をして、わらわらと小鬼たちが戒夜へと飛びかかる。 「戒…!」  叫ぼうとしたわたしの口を、すかさず透見が手でふさいだ。 「お静かに、姫君。幻影の魔術で我々の姿は今、小鬼たちには見えません。しかし声までは 消せないのです。小鬼たちに気づかれます」  静かな声で告げる透見。それに頷き「でも」と出来るだけ小さな声で話す。 「戒夜一人で大丈夫なの?」  その言葉に透見はにっこり頷き指さした。そこにはわたしをかばわなくてよくなった分、自由に 動く戒夜の姿があった。  正直なところ、戒夜は頭脳系のイメージがあったから戦闘は後方、透見みたいに魔術とかそれとも 銃とかで攻撃するタイプと思ってた。  でもそういえば前回襲われた時も彼は素手で闘ってたかも、と今更思い出す。  小鬼の方に意識を向けるとまるで子供が痛めつけられてるように見えて見てられないんだけど、 戒夜に集中しいて見てみるとなんていうか……美しい。まるで舞を踊ってるかかのようだ。  以前格ゲーにハマってた頃好きだったキャラを思い出し、ちょっとトキメいてしまった。  ついボンヤリ戒夜に見とれてしまったわたしの手を透見がそっと引いた。 「今の内に戻りましょう」  このままここにいても足手まといになるだけなのは分かっていたので、透見に手を引かれるまま その場を後にした。  魔術で小鬼に姿を見えなくしているとはいえ、完璧なものではないからなのか、透見は気配を 消しつつ周りに気を配り遠回りをしながら屋敷へと戻った。

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