透見ルートに突入……出来るかな? その2  透見は相変わらず手書きで達筆の、何が書いてあるのか読めそうにもない古文書を開いている。 ちらりと横目で見える部分を見てみるけど、一文字たりとも読めない。母国語なのに情けない。 そんな気さえする。  けどそんな事で落ち込んでても仕方がないので手に持った本を開き、そこへ目を落とした。  昨日ある程度透見に説明してもらったせいか、今日は比較的内容が頭に入ってくる。でも読み 進めても、大してめぼしい情報が引っかかってこない。ついちょっと飽きちゃって、パラパラと 頁を飛ばしてしまう。  と、ふと気になる文字が目に入った。慌ててその頁で手を止め、そこを読もうとした。けど、 読めなかった。  その頁は例の、魔術がかけられた頁だったのだ。  昨日は一文字も頭に残らなかったその頁に、何か気にかかる文字というか、単語が見えた。見えた 筈なのに、それが何だったか覚えていられなかった。  やっぱり魔術のせいなんだろう。けど、昨日は気になる単語があるなんて印象さえなかったのになぁ。  諦めきれず、もう一度さっきと同じようにパラパラとめくってみる。するとやっぱり、一瞬だけど 見えた。  今度はその頁を開かないまま本を閉じて、その単語を頭に刻みつけた。そしてひと呼吸おいて、 側に置いておいたノートにその単語を書き記す。  透見  確かにその文字が、見えた。だけどあの頁を完全に開いてしまうと魔術にかかってその事を忘れて しまう。だから覚えていられる内にノートにメモを取ってみた。  とはいえパラパラめくって見た文字だから別の頁に書いてあった可能性もある。だからわたしは 慎重に、魔術のかかった頁の近くの頁にその文字が無いか調べてみた。 「姫君?」  突然透見が声をかけてきた。 「あの……私がどうかいたしましたか?」  そう言う彼の視線は、わたしのメモしたノート。……そりゃそうだよね。いきなり自分の名前が メモしてあったらびっくりするよね。 「ごめん。気になるよね。あのね……」  手短に例の頁の説明をする。すると透見は考えるように首を傾げた。 「しかしその本に個人名が出ているとは思えないのですが……」 「そうなのよね」  それにはわたしも気づいてた。この本に書いてあるのは〈救いの姫〉だったり〈唯一の人〉だったり、 『村長の息子』だったり『漁師』だったりで、一切個人名は書いてない。 「でもだからこそ気になったの。とはいえわたし、けっこうアナグラしちゃうから勘違いの可能性も あるけど。だからこそ確認してるのよ」 「アナグラ?」  つい使っちゃったわたしの変な言葉に透見が首を傾げた。 「ごめん。アナグラム。言葉の並べ変えってやつ。わたしの脳味噌、勝手に文字を並べ変えて 読み間違いするとか、時々やっちゃうんだ。おかげでお菓子のラングドシャをランドグシャって 間違えて覚えてて、未だにどっちだっけって思う。あれ? ほんとどっちだったっけ?」  まあそんな感じにぱっと見た時に例の頁の近くの頁に『透』の字と『見』の字が近くにあって、 それを勝手に結びつけてそう思い込んじゃった可能性もある。 「だから見間違えそうな文字が近くの頁に無かったら、例の頁の文字だって確信出来るかなって」  わたしの言葉を透見は驚いたような感心したような顔をして聞いていた。なのでつい「な、なに?」 と言ってしまう。 「あ、いえ。当たり前なのですがやはり姫君は〈救いの姫〉なのだなぁと。私はこれまで何度となく あの魔術の掛かったページの解読を試みましたが、一文字たりとも読めませんでしたのに、二日目で あっさりと文字を読みとられるとは……」  シャララン、と透見の好感度が上がった効果音が聞こえてきそうな顔をして彼がわたしを見ている。 キラキラとエフェクトの幻覚さえ見えてきそうだ。 「いや、いやいやあの。さっきも言ったけど本当にあの頁の文字かはまだ分かんないよ? もし そうだとしてもたったこれだけじゃ何が書いてあるのかさっぱりだし?」  ついうろたえて否定してしまう。  元々透見は〈救いの姫〉という存在にあこがれてたって言ってたから、きっとわたしに対して かなりの色眼鏡を掛けてるに違いない。良い方向に取ってくれるのはすっごく嬉しいんだけど、その 色眼鏡が外れて本当のわたしを見た時、どう思うんだろう。  そんな事を考えた後、いやいやと思い直す。  これ夢なんだから、そこまで気にしなくてもいーじゃん。年齢も容姿も詐称出来てない夢なんだから、 色眼鏡くらいかけてもらわなきゃ、うん。  そう思って透見を見ると彼はやっぱり憧れの姫君を見るうっとりした瞳をしている。 「それでも単語を拾われるのはすごい事ですし、それを検証している姿に誠実さを感じます。さすがは 姫君です」  そんな風にまっすぐ褒められると、悪い気はしない。 「あ、ありがとう」  頬が赤くなるのを感じながらわたしはお礼を言った。  その後、透見は自分の本に戻ってもらってひとりで確認作業をした。けどやっぱり『透見』と 見間違いそうな文字は前後の頁にはなかった。  それにしてもなんで透見の名前があの頁に?  不思議に思いながらもう一度パラパラと本をめくってみる。すると今度は、別の文字が見えた気が した。  慌てて本と目を閉じ、その言葉を記憶に留める。  その言葉をノートに書き記そうとして、はっと気づいた。  見えた言葉は『選択』これってもしかして、わたしが透見を選んだって事があの頁に記され 始めてる?  仮説としてはありえる気がする。あの頁はまだ決まっていない未来を書いてある頁で、だから 読んでも記憶に残せない。あ、未来ってのはちょっと曖昧かな。つまり、今回の〈唯一の人〉に ついての事が書いてあるんだと思う。でもまだ確定してないから、頁も安定していない。けど、 わたしが透見にしようかなって方向性を決めたから、それが頁に影響を与えた。  でもだとしたら、まだ透見には知られたくない。こんなおばさんが狙ってるなんて知ったら逃げ 出しちゃいそうだもん。  だからメモは取らずに必死に頭の中に単語を留めて、もう一度パラパラと本をめくってみる。また 新しい文字が見えて透見を選んだ事に関する事だったら、仮説が確信に変わると思ったから。  だけど残念ながら、それ以上の文字は見えてこなかった。まだ何かが足りないんだろう。  でも考えてみればそうかもしれない。棗ちゃんのおかげでこうやって二人で図書館に来ることは 出来たけど、まだ特にこれといって透見の好感度アップするような努力を、わたし何一つしてないんだ もん。  うん、そうだよ。どうにか透見との距離を縮めなきゃ。  そうは思うものの、困った。ゲームだと選択肢が出て好感度高そうなの選べば良いだけの話だけど、 夢とはいえさすがにポンと選択肢が出る訳じゃない。  かといって現実でカレシとかなんとか面倒くさいから別にいらなーいと思ってるわたしには、 どうしたら男の人の気を引けるのかなんて事も分かんない。  あ、でも待てよ。これ夢なんだから無理にわたしが行動起こさなくても何かイベントが起こるかも?  だったらその時に頑張って好感度上げれば良いのか?  そういう事にしとこう。  あんまり変に悩んでも夢なんだから、と自分を納得させて、わたしはもう一度本へと目をやった。  しばらくしてふと透見の方の調べ物はどうなんだろうと思って尋ねてみた。 「残念ながら今のところ目新しい記述は見つかりませんね」  透見は中学生の頃からずっとこの伝承を調べてたんだから、どこを見てももう何度も読んでるんだ ろう。 「そっか。……図書館の本じゃ限界があるのかな」  透見の読んでる本は以前は神社に納めてあったという古文書だ。だとしたら本以外にも何か神社に 残ってるんじゃないかな。  けど二度も小鬼に襲われた神社に行くのはちょっと怖い。それにたぶん、反対される。  それでも行こうと思ったら、きっとみんなついて来る事になるよね。  むむっと眉を寄せていると、申し訳なさそうに透見が頭を下げた。 「お役に立てなくて、すみません」 「いや。いやいや。役に立ってないのはわたしの方だよ?」  慌てて言う。実際古文書関係が一切読めないわたしは役に立ってるとは思えない。  だけどそこはそれ、透見は優しいから否定してくれる。 「とんでもない。姫君は魔術の掛かったページの解読で一歩前進されたではないですか。比べ私は 何一つ新しい発見をしていないのです」  溜め息をつき、しゅんと沈み込む透見。そんな透見を見てると、元気づけたくなった。 「き、気晴らしにちょっと外でも歩こうか?」  上手に元気づけるのは苦手だけど、それでも言ってみる。透見はわたしの提案にちょっと驚いた ような顔をした。 「しかし……」 「大丈夫だよ。ちょこっとだけだし。根を詰めたって良い事ないし?」  透見が小鬼に会うのを警戒しているのは分かっていたけど、図書館に来るまでの間だって外に 出るんだし、ちょっとの間くらい図書館から出たって平気だと思う。  わたしの気持ちが通じたのか、透見は少し考えた後、にこりと笑って頷いてくれた。  この島の図書館はちょっと小高い丘の上にある。とはいっても神社のある場所ほど高くはないし、 街が一望できるわけじゃない。  それでも少しは高い場所にあるから、ちょっと気持ちイイ。 「あ、ねぇ透見。あれ何?」  図書館の敷地内にある、策で囲われた場所を指さして尋ねる。そんなに広くない、児童公園の遊具が ひとつ置けるか置けないかのその策の中は、こんもりとした小山になっていてただ草が生えている。 隅に看板がたっていて何か説明が書いてあるんだけど、目の悪いわたしにはここからじゃ読めない。 「ああ、あれは古墳ですよ」  さすがは地元民というか、何度も図書館へと足を運んでいるからか、透見は説明を読むまでもなく 答えてくれた。 「古墳ってあの前方後円墳とかの?」  むかーしむかしに習った教科書の写真がボンヤリと頭に浮かぶ。 「はい。ここのはただの小さな円墳ですが」  興味をひかれ、近づくわたしの後を透見も追って来てくれる。 「古墳ってもっと大きいものかと思ってた」  というか、教科書に載ってるようなのは本当に大きいよね? 「有名な物は大きいですよね。けどこれは名前も残っていないような豪族のお墓でしょうから」  近くでよく見ると、草の陰に入り口らしい小さな穴がある。 「へぇ。ロマンだね。大きい古墳はたぶん、見たら感動するんだろうけど。こんな小さいの、よく 壊れずに現代まで残ってたなってそこにロマン感じちゃうよ」  心が震えるような感動はないけれど、なんていうかほんわかしたゆるい感動を感じてしまった。 「透見はどう思う?」  地元民で見慣れてるから感動なんてないのかもしれないけど、意見を聞いてみたかった。 「私は姫君にロマンを感じていますよ」  いつもの優しいだけじゃない、とてもとても嬉しそうな瞳をして透見が呟く。 「伝承は誰もが知っていて信じてはいますが、自分の時代にしかも自らの手で召還しお守り出来るのは とても光栄で、ロマンを感じています」  その愛おしそうともとれる瞳に、ついドキドキしてしまう。うん、透見を選んで正解だったかも。  けど、わたしの方だけがドキドキしてもダメじゃん。透見にもドキドキしてもらわなくちゃ。  足りない頭をフル回転してどうすれば透見に意識してもらえるか考える。けど、受動的にゲームで 選択肢選ぶのと違って現実で能動的ではなかったわたしはあきらかに経験不足。どうすれば良いのか さっぱり分からない。  頭の中グルグル回って結局何も言えないままだ。  すると口をパクパクさせるばかりで何も言わないわたしを心配して透見が声をかけてくれる。 「どうかされましたか、姫君?」  わたしの顔を覗き込むようにして尋ねてくる透見。  顔が赤くなるのを感じながら、わたしは顔をぶんぶんと振った。 「なんでもないよ、大丈夫。うん、ロマン。そういう事ならわたしも透見にロマン、感じるよ。魔術 使える人なんて初めて見たし、すごいと思う」  わたしが照れたせいなのか、それともロマンを感じるって言ったせいなのか、透見の顔がぱっと赤く なった。それを見てついわたしもますます顔に血が上る。 「あ、あの、ありがとうございます。そう言っていただけると姫君の為に努力したかいがありました」  赤い顔のままにこりと笑う透見がかわいくて、ついわたしもへらりと笑ってしまう。 「努力……そっか。召還する魔術とか習ったんだよね。他にも色々。大変だったんじゃない?」  漫画だの小説だので魔法やら魔術やらを知ってはいるけど、でもそれって実際に知ってるわけじゃ ない。だからここの魔術がどういう仕組みでどうやって修得するものなのか、さっぱり分からない。  それでも中学の自由研究からこの伝承を調べ始めたって言ってたから、魔術を習い始めたのは更に 後だろう。どんな習い事も早い方が良いってよく言うから、そう考えると透見が魔術を習い始めたのって 結構遅かったんじゃないかと思う。  なのにこんな風に召還の魔術だけじゃなく小鬼に姿を見えなくしたりとか、障壁を張ったりとか、 すごいと思う。  だけど透見は笑顔のまま「いえ」と答えた。 「簡単に修得したとは言いません。けれど姫君を召還し、お守りする事がずっと私の夢でしたから、 一度も大変だと思った事はありません」  透見が〈救いの姫〉に心酔してるって言ったのは誰だったっけ。  こんな風に嬉しそうに言う彼を見てると、本当に〈救いの姫〉に心酔してるんだなぁって思う。けど それってあくまで〈救いの姫〉にであって、わたしにではないんだよね。  そう思うと軽く落ち込む。  いやいや、落ち込んでる場合じゃない。わたしだろうと〈救いの姫〉だろうと、とにかく好感度上げ なきゃだし?  だけど元々口下手なわたしは上手く言葉が紡げない。 「大変な事を大変と思わないのはうん、すごいよ」  そんなわたしの言葉に透見はにこりと微笑んだ。

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