透見と小鬼とそれから……? その1  結局なんにも見つからず、がっかりしながら家路を辿る。 「無駄足だったね」  肩をすくめ、園比がちょっと戯けたように呟いた。  まあ半分くらいは何もないかもなーと思ってたんで最初は無駄足覚悟だったんだけど、結構頑張って 探してくれたみんなにはちょっと申し訳なかったかな。  ほんの少し落ち込んだわたしをフォローしてくれるように、剛毅が軽く笑ってみせる。 「無駄足とまではいかないんじゃないか。少なくとも神社には何もないって分かったんだしさ」  うーん、前向きだ。 「そうだな。絵や彫刻という観点も我々には無かった。もしかしたら美術館の方に寄贈されている物が あるかもしれないな」  戒夜も前向きに捉えてくれている。  なるほど、本関連が図書館にあるなら絵とか彫刻とかは美術館にある可能性高いかも。 「では明日美術館の方に問い合わせてみましょう」  戒夜の言葉を受けて透見がにこりと笑った。  みんな前向きだなぁ。  そんな透見の言葉に飛びつくように棗ちゃんが提案した。 「じゃあ明日は透見と姫様で美術館ね? わたし達は昨日と同じく小鬼が出没しないか警戒に当たるわ」  にこにこ笑いながらきっぱりと言い切る。訂正。これは提案ではなく、わたしに対しての指示だわ。  それに気づいた園比が素早く反論した。 「ちょっと待ってよ。なんで透見と姫様二人だけで美術館なんだよ」  園比にしてみれば納得出来るわけないだろう。図書館で調べ物するのに関してもしぶしぶだったん だから、美術館もとなるとなんで透見ばっかと思っちゃうだろう。  棗ちゃんの気持ちも分かる。棗ちゃんはちゃっちゃと透見との関係を深めて本当に彼が〈唯一の人〉 なのか早く確認しろって思ってるんだ。  案の定きっぱりと棗ちゃんが園比に答える。 「図書館が美術館に替わっただけじゃない。図書館は良くてどうして美術館はダメなの?」 「園比は場所がどうのじゃなくて、姫さんと透見が二人ってのが気に入らないんだよな」  剛毅の加勢に園比は「そうだよっ」と頷く。  すると透見が少し考える素振りをした後、「はい」と笑顔になった。 「明日は美術館に問い合わせるだけなので姫君は皆さんとご一緒に街を歩かれてはいかがですか?」  あんまりあっさり透見が言うんで、なんかちょっとがっかりだ。さっきはもしかしてちょっと ヤキモチ妬いてくれた? と思ったのに、こんなにあっさり譲られてしまうとやっぱりわたしの勘違い だったのかなーって。はあ。  ま、こっちが普通だよね。 「じゃあ、明日は僕と二人でどっか行こう」  反対にしっかりと独占欲を見せるのは園比。  にこにこ子犬みたいな笑顔を見せてくれるけど、でもこれってやっぱなんか違う。女の子なら誰に 対してもこうなんだろうかなとか、〈救いの姫〉を独占したいんだろうなとかそんな感じが分かって しまう。  とか思ってたら意外な声が飛んできた。 「順番から言ったら剛毅が先だろう。順番を守らないで良いなら俺も立候補するが?」  びっくりして足が止まる。まさか剛毅からならともかく戒夜からこんな事を言われるとは思っても いなかった。園比も驚いたみたいで黙ってしまった。 「いやいや、いくら最近小鬼が出没してないって言ってもまだ二人で外出はまずいっしょ。そりゃ 図書館とかみたいに室内なら大丈夫かもしれないけど」  剛毅は戒夜の言葉にそんなに驚かなかったのか、あははと笑いながら一番まともな事を言う。 「だーかーらー! 姫様は透見と一緒に美術館に行くべきなのよっ」  他のみんなに負けじと棗ちゃんの猛プッシュ。すごいなぁ。若いなぁ。わたしにはとても真似 出来ない。  そんな風に他人事のように見ていると、園比がぷっくりと頬を膨らませる。 「棗ちゃんはなんで透見ばっかり贔屓してんのさっ」 「確かに最近やたら姫さんと透見を一緒にしたがってるような」  園比に指摘されて今気づいたように剛毅も首を捻る。 「……姫自身はどうしたいと思ってるんですか?」  ぼーっと黙って聞いてたら、突然戒夜が矛先をこちらに向けてきた。  あ、いや。違うか。元々わたしが主軸の話じゃん。んー。  普段が脇役根性というか、壁の花というか、あんまり先頭に立つタイプじゃないというか。とにかく 後ろに控えてるのが好きなもんだから、夢とはいえこう「どうするのか」と迫られると困ってしまう。 「ええーっと……」  つい、曖昧に苦笑いして誤魔化そうとした。  答えないわたしに業を煮やしたのか、園比がみんなに向けて言う。 「じゃ、公平にジャンケンで決めるってのはどう? あ、透見はダメだよ。もう姫様と二人で出かけてる んだから」 「ええ。では後出しする人がいないか見てましょうか」  透見はにっこりと頷き、戒夜はニヤリと笑う。 「ふ。ジャンケンか。いいだろう」  神社からもうだいぶ離れてたからそんな風にわいわい話して、みんな油断してしまってた。 「いやだから、みんな一緒でいーじゃん」  剛毅は相変わらず公平というか冷静というかマトモというか。そんな剛毅の揚げ足を取る園比。 「あ、剛毅は姫様と二人じゃなくていいんだ。なら不参加ね。じゃ、戒夜とタイマンで……」  やる気満々で構える園比。そんな園比の前に棗ちゃんがずいと出てくる。 「待ってよ。それならわたしにだって権利あるんじゃない? わたしも参加するわよ」 「ジャンケンしないなんて言ってないじゃん。オレが勝ったらみんなで出掛ける。それでいいだろ」  剛毅も負けじと主張する。そうして即席ジャンケン大会が始まった。わいわいきゃあきゃあと 真剣勝負が始まる。  それをポツンと遠巻きに見ていると、誰かがクイっと手を引いた。 「え?」  振り向き、心臓が止まりそうになった。 「行コウ。コッチ」  嬉しそうに笑った小鬼が、わたしの手を引っ張っている。わたしの手を握るその小さな手を振り払う 事が出来なくて、わたしはその場に固まった。 「コッチ」 「コッチ」  いつの間にか現れた何人もの小鬼たちがわたしを取り囲み、手や服を引っ張り連れて行こうとする。 みんなに気づかれないよう小さな声で、気配を消しながらわたしを連れて行こうとする。  実際には手を引っ張られて一分もたっていなかったのかもしれない。だけどわたしにはそれは随分 長い間のことに感じた。  胸が苦しくて息が出来なくなりそうになる。何か言わなくてはと思うのに、喉が詰まってしまった ように声が出ない。 「姫君!?」  透見の切迫した叫び声が耳に飛び込んできた。気づいてくれたんだ。続いて呪文を唱える声が 聞こえる。他のみんなも気づいたのだろう、身構えこちらにやって来る音がする。  透見の放った魔術に何人かの小鬼が吹き飛ばされた。その反動で小鬼たちの手がわたしから離れる。 「姫、こちらへ」  いつの間にかすぐ傍に来ていた戒夜がわたしの肩を押し小鬼から引き離した。 「あ」  足が震えそうになる。それでも必死にグッと力を入れ、なんとか倒れずにすんだ。 「安全な所へ」  言われ、小鬼のいない方へと足を動かす。すでに剛毅や園比が小鬼達と対峙し、透見が魔術で 援護していた。それに戒夜が加わる。  小鬼の数はだんだんと増えているように感じた。 「ちっ。油断してたぜ」  剛毅が両手に持ったナイフを操りながら舌打ちをする。 「ええ? 油断大敵! だよ。まあ僕も姫様から目を離しちゃったのはうっかりだったけどさ」  ペロリと舌を出した後、園比がブン、と小鬼に向かって大剣を振るった。……あんな大剣、どこから 出したんだろう。  けどまあ魔術が存在する世界だし、剣が魔法みたいに出ても不思議はないのかも?  戒夜は肉弾戦派だから、無手でガンガン小鬼に向かっている。 「ご安心下さい姫様。みんないますからすぐに終わります」  にこり棗ちゃんが笑い、細くて短い棒を構える。名前は知らないけど、前に使ってた訓練用のじゃ なくて先の尖った、アイスピックみたいなやつ。  棗ちゃんの言葉にわたしはほっとした。  そうだ。今日はみんないるんだ。  わらわらと小鬼達は増えているような気がしたけど、それは気のせいかもしれない。みんなどんどん 小鬼達を倒していくのが見える。きっとその内数も減ってくる。  そう思うと体の力が抜けた。まだみんな闘ってるんだから、安心するのは早いと思うのに、ヘナヘナと その場にへたり込んでしまう。  さすがにダメでしょと立ち上がろうとするけど足に力が入らない。  仕方ないからせめて邪魔にならないよう、少しでも遠くへ、とわたしはズリズリ這い出した。  けっこう離れたかな、と地面に這いずったまま振り向いた時だった。みんなの隙をついて一匹の 小鬼がこちらにやって来るのが見えた。そのすぐ向こうには剛毅の姿があったけど、別の小鬼と闘って いてその小鬼に気づいていない。助けを求めようと口を開きかけた時、剛毅の手からナイフがはじき 上げられたのが見えた。  そのナイフがこちらに飛んで来る。どうする事も出来なくて、わたしは目を閉じ頭を抱え、伏せた。  みんながわたしを呼ぶ声がする。絶対にナイフが当たると思ってたのに、痛みも衝撃もやって来ない。  わたしは恐る恐る顔を上げた。そして目に入ってきた光景に驚いた。そこには、お腹にナイフの 刺さった小鬼の姿があった。 「え?」  なんで小鬼に? 確かに一匹、こちらに向かって来てはいたけど。  偶然小鬼に当たったんだろうか。でもだとしたら、どうして背中ではなくお腹に刺さってるの?  こちらを向いた小鬼が、苦しそうな顔をしたまま、にこりと笑う。 「……」  何かを言おうとしているけど、その声はわたしに届かない。 「姫君!」  透見が呪文を唱え、ふわりとわたしの体を何かが包み込む。小鬼がわたしの姿を見失い、悲しそうな 顔になる。 「大丈夫ですか?」  透見がやって来て、小声で囁く。それと同時にやって来た戒夜に、目の前にいた小鬼は蹴り飛ばされて いた。

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