終わりの始まり その1  美術館に戻り、戻ってきていた永嶋さんから美術品の説明を一通り受けた後、わたし達は美術館を 後にした。  心の中では確信した筈なのに、ほんのちょっと時間がたつとすぐに不安になってくる。  これはたぶん、わたしの恋愛経験値が少ないせい。だからちゃんと言葉で「好きだ」って聞かないと すぐに自信がなくなってしまうのだ。自分からは「好き」って言ってないのに卑怯だよねと思いつつ、 こうも思う。  わたしの方からはっきり「好き」って言ったら「あなたが〈唯一の人〉なんだからわたしを好きに なりなさい」って強制しているようにも思える。もちろん今現在の「〈唯一の人〉候補なんだよ」って いうのも似たようなものではあるんだけど「まだ確定じゃないから」って言ってある分、逃げ道がある。 けどわたしから言ってしまえばその逃げ道は完全に閉ざされてしまう。  そう思うとわたしの方から「好き」って言えない。うーん、良く出来た設定だ。  けど、彼の気持ちはかなりわたしに傾いていてくれてると思う。じゃないとあんな態度とらないよね?  そう思ったらやっぱり確認してみたくて。  美術館からの帰り道、どう確認しようと悩みながらちらりと透見を見た。 「やはり美術品から何かを読み解くというのは難しいですね」  結局これといった事が分からなかったからか、透見はそんな事を呟く。 「まあ、文字で書かれたものみたいにはっきりとはしないよね。同じ絵を見ても解釈ひとつで意味が 違ってきちゃうし」  言いながらふと、あの絵を思い出した。一番記憶に残った〈救いの姫〉と〈唯一の人〉? の絵。  恋人同士にしては妙に距離が空いていると思ったけど。 「もしかしてあの絵、〈救いの姫〉が相手が〈唯一の人〉なのか確認してる場面だったのかな」  今のわたしみたいに気持ちは決まってても相手の気持ちが分からなくて、迷っている。  わたしの言葉に透見は首を傾げた。 「確認…ですか?」 「うんそう、確認。今わたしが迷ってるみたいに、あの絵を描いた時代の〈救いの姫〉も目の前に いる人が〈唯一の人〉だと思っていても、相手がどう思っているのか自信がなくて……。だから あの距離感で描かれているんじゃないのかな」  言い終え透見を見ると、彼は目を細め笑みを浮かべた。 「迷って、いらっしゃるのですか?」  囁くように透見の唇が動き、その手がわたしの方へと伸びてきた。 「そりゃあ、迷うよ。はっきりした記憶があるわけでもないし、ちゃんと言葉で気持ちを聞いたわけじゃ ないし……」  透見の行動に内心ドキドキしながらわたしは目を伏せた。と同時に彼の手がわたしの頬へと触れる。 「私の気持ちが、知りたいのですか?」  心地の良い透見の声が耳をくすぐる。親指の腹で頬を優しく撫でられ、その気持ちよさにわたしは 目を閉じた。 「知りたいよ。わたしは……」  言いかけた所で、遠くから声が聞こえてきた。 「あー、いたー。て、姫様、透見。何してんのっ」  ビクリと目を開け、声のする方を見た。すると慌てた様子で園比が駆け寄ってくる。 「あーもう園比。二人の邪魔しちゃダメじゃない」  園比の後を追いかけてくるのは棗ちゃんだ。  透見はというと慌てる事なくわたしの頬から手を離し、二人の方へと向き合った。 「迎えに来て下さったのですか」  まるで何もなかったかのように二人に笑顔を向ける透見。一方わたしは、たぶんまだ顔が赤い。 「迎えに来て下さったのですか、じゃないよ。帰りは一緒に行動するって言ってたでしょ。なに無視して 二人で歩いちゃってるのさっ」  ぷりぷり怒りながら園比が言う。けど、そうだったっけ? 「違いますよ。わたし達は今まで通り陰から見守る筈でしょ、園比。透見ならちゃんと姫様に魔術を かけて小鬼達に見つからないようにしてくれるんだから、万が一の時以外は二人きりにさせといて あげなくちゃ」  言いながら棗ちゃんは園比の手を取りグイグイ引っ張って行こうとする。 「ちょ、引っ張んないでよ棗ちゃん。手を繋いでくれるのは嬉しいけどさ、今はその万が一の時じゃんっ」  大きな声で主張する園比のその言葉にびっくりした。 「え? 小鬼がいるの?」  慌てて周りを見てみるけど、あの赤い髪をした小さな子供は見あたらない。 「そうじゃなくて! 透見、姫様に迫ってたでしょっ」  ぷうっと頬を膨らまし、睨むように園比は透見を見ている。ああ、びっくりした。でも、園比から 見ても透見が迫ってるように見えたのか。そんな園比を棗ちゃんは呆れたように引っ張り続ける。 「そんなの当たり前でしょ? 透見は〈唯一の人〉かもしれないんだから。姫様に迫って何が悪いの。 もし〈唯一の人〉じゃないって思ったらちゃんと姫様が拒否するわよ」  棗ちゃんはそのまま園比をずるずると引っ張って行く。園比はまだ納得していないように「それなら 僕だって迫ってもいいじゃん」とか叫んでたけど、棗ちゃんが足を止める事はなかった。  そんな二人をつい透見と二人してぼーっと見送ってしまった。 「…ふふ。園比さんは本当に姫君が好きなんですね」  微笑ましいと言いたげな笑みを浮かべて透見は見ている。 「うーん。園比の場合、わたしが好きなんじゃなくて女の子なら誰でも好き、なんだろうけどねぇ……」  あれ? 園比にはヤキモチ妬いてくれないのかな、と思いつつ話す。いやでも前は妬いてくれたよね?  ちょっと考えて、透見にも多少余裕が出てきたのかな、と思う。だから身内に近い園比には、あの 程度の事なら妬かないのかな……? 「今頃は棗さんにアプローチしているかもしれませんね。……園比さんももう少し本気でひとりの 女性の事を考えるようになれば良いのですが……」  そんな風に心配しているあたり、今はライバルというより幼馴染みの心境の方が勝ってるみたい。 「本当だね」  すっかり通常モードに戻ってしまった雰囲気の中、透見の言葉に同意しながらわたしは彼の隣りを 歩いた。

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