5  マントをなびかせた少年は、持っていた剣を騎士様へと向け、叫ぶ。 「こんな所に隠れていたのか、魔王! 捜したぞ!」  するとどこから現れたのだろう、気が付けばたくさんの魔物が騎士様を守るように立ち、 少年を威嚇し始めた。 「卑怯だぞ、魔王。勇者様、ご安心を。雑魚共は私達が引き受けます」  そう言って、やはりどこから現れたのか分からない少年の仲間らしい人達が、魔物と 戦闘を始める。  いったい何が始まったの?  わたしは混乱した。  今までここには魔物の気配なんてなかったのに、こんなにたくさんの魔物が突然現れる なんて。  それでもそれは魔物だから、魔術か何かで現れたのかしらと思えない事もない。  だけどそれじゃあ少年の仲間らしいあの人達は? 彼らもまるで転送してきたように 突然湧いて出て来た。仲間の中に魔法使いらしき人はいないのに。  だけどそんな事よりも、わたしが一番混乱したのは。  魔王? だれが? 騎士様が?  そしてあの恐ろしい少年が、勇者?  信じられない思いで少年を見る。目の前で戦いを始めた魔物も、そしてその魔物を 退治しようとしている人達も、以前目にした村人達の様に恐ろしい。けれど一番の恐怖の 源は間違いなく勇者と呼ばれたあの少年だ。 「魔王様。ここは我々が食い止めます」  魔物の一人が騎士様を振り向き告げる。だけど騎士様はきっぱりと言い放った。 「オレは魔王じゃない。お前等に庇われるいわれもない」  ガシャヤが魔物と魔物を退治しようとしている人間、そのどちらからも騎士様を 守ろうとするかのように剣を構える。  勇者は、かいくぐって彼の方へとやって来た魔物を一振りで屠ると、ニヤリと騎士様の 方を見た。そしてふと気づいたようにわたしへと視線を移した。 「姫! そんな所にいらしたのですか。おのれ魔王。姫を人質にとるとは、卑怯だぞ!」  勇者の言葉に騎士様は振り向き、わたし達を見た。けれどわたしは見つかってしまった あまりの恐怖に、肯定も否定も弁解も、何も言う事が出来なかった。  このままじゃ、騎士様に誤解されてしまう。何か言わなくては。  そうは思うものの、恐怖で喉が張り付いたように言葉が出てこない。  そんなわたしの気持ちに気づいてくれたかのように、騎士様は刹那笑みを浮かべた。 「大丈夫。見捨てたりはしないから」  わたし達だけに聞こえる声で騎士様がそう言ってくれた。それがどんなに安心させて くれたことか。  ミルファも、少し落ち着きを取り戻したように、わたしの身体を支えてくれる。 「お嬢様。彼らの邪魔にならないよう、少し後ろに下がりましょう」  魔物達は皆騎士様を魔王と呼び、守るようにわたし達に背を向けている。勇者の仲間と いう人達は、その魔物達と戦っている。  騎士様やガシャヤと戦おうとしているのは勇者と名乗る少年だけだ。  だったら少しくらい離れても大丈夫だろうう。そう判断しミルファと二人、騎士様から 少し離れた場所へと移動する。  そして振り向き騎士様の方を見ると、魔物が一匹勇者の仲間の攻撃をすり抜け雄叫びを あげながら勇者へと牙をむいていた。 「魔王様に逆らうものに死を!」  そう言い魔物は勇者へと飛び掛かる。しかし勇者はニヤリとおぞましい笑みを浮かべ、 一閃しただけで魔物を真っ二つにしてしまった。  魔物の血しぶきを浴び、愉快そうに笑いながら勇者はわたしの方へと目をやる。 「ご心配はいりません、姫。すぐに魔王を倒し貴女を助け出してみせます」  騎士様が本当に魔王であったなら、この少年が本当に勇者ならば、そしてこれが普通の 物語だったとしたら、姫であるわたしにとってそれは安心出来る台詞だったのだろう。  だけどわたしは冗談じゃないと思った。  たとえ本物の勇者であろうとも、あんなおぞましい男の所へ行くくらいならば死んだ 方がマシだ。  どうして騎士様が魔王に仕立て上げられているのかは分からない。だけど騎士様は先程、 自分は魔王ではないとおっしゃった。ならばわたしは、それを信じる。 「騎士様、ガシャヤ。ご武運を!」  わたし達を見捨てたりはしないと言ってくれた騎士様に返せるものは何もないから、 せめてそう伝え、彼らの勝利を祈った。  わたしの声は勇者にも聞こえていたらしい。途端に彼の怒りと憎悪が増した。今まで 騎士様とガシャヤにだけ向けられていたはずのそれが、はっきりとわたし達の方へと 向けられ、わたしの身体は震えた。  息も出来ない程の恐怖にわたしは怯える。 「どこを見ている『勇者』。貴様の相手はオレだろう」  それに気づいてくれた騎士様が勇者へと切りかかり、彼の意識を自分へと向けてくれた。  わたしはそんな優しい騎士様の勝利を祈り、信じた。願う事で全てが上手くいく わけではない。それでも信じる事で、願う強さで少しでも騎士様に運が巡って来る、 そう信じて必死にわたしは祈った。  どのくらいの間、彼らは戦っていただろう。ひたすら騎士様の勝利を祈り、その姿を 目で追っていたわたしは、二人が大きく距離をとった時に初めて、まわりの魔物や勇者の 仲間達の姿がなくなっている事に気づいた。  先程まであれだけいた魔物も勇者の仲間も、どちらも全く姿がない。倒された遺体も ない。  どういうこと?  だけどその理由を探る間もなく再び騎士様と勇者が相まみえた。  必ず騎士様が勝つ!  そんなわたしの願いを神様が聞き届けて下さったのか、ついに騎士様の剣が勇者を 捉えた。  深々と勇者の胸に突き刺さる騎士様の剣。絶命したのだろう、彼はそのままドッと 地面に倒れ伏した。 「騎士様!」  騎士様の勝利に喜び、彼の元へと駆け寄る。しかし彼は厳しい顔のまま言った。 「いや、まだだ。ガシャヤ」  倒れた勇者から目を離さないまま、彼は従者の名を呼ぶ。すると従者の少年は頷き 騎士様の元へと行くと、そのまま騎士様へと溶け込んだ。 「え?」  驚く間もなく、ミルファもわたしの中へと還る。 「さあ早く。勇者が息を吹き返さない内に」  騎士様がわたしの肩をぐいと引き寄せたと同時に世界が揺らいだ。

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