人造人間カリカン  とんてんかんとん  トンテンカントン  八月。入道雲の隙間から新しい朝を運んできたお日様が、岬の小さな小屋を照らしている。  とんてんかんとん  トンテンカントン  朝もはよからその小屋から、なにやらけたたましい音が響き渡っていた。  とてててて。  夏休み。学校で書かされた『夏休みの計画』なんてきっぱり無視無視。夏休み帳も自由研究も机の 中にほうり込んだままで、大好きなきよみちゃんちに走るさとし君。  きよみちゃんを海に誘うんだ。  ウキウキ水泳袋をふりまわしつつ、さとし君たらスキップスキップ。  さあ、きよみちゃんちに着いたぞ。さとし君は深呼吸。 「きーよーみーちゃー……」  どてガラがっしゃーんっっ  岬にあるきよみちゃんちの離れの小屋から、ものすごい音がした。窓からはもうもうと煙だか ホコリだかが舞い出ている。 「おじーちゃん、大丈夫っ?」  家から飛び出してきたのはきよみちゃん。  さとし君になんてちっとも気づかずに、そのまま離れに駆けていく。さとし君も『なんだ なんだ』と 慌ててきよみちゃんの後について走る。  きよみちゃんがバタンと小屋の戸を開くと、ぶわっと煙が吹き出した。  けほんけほんっ。  煙を思いっきり吸い込んじゃったきよみちゃんは、ちょっぴり涙を流しながら咳をする。 「大丈夫? きよみちゃん」  大好きなきよみちゃんの一大事とばかりに、さとし君は水泳袋を投げ出して駆け寄った。 きよみちゃんの背中をさすりつつ、『うわぁ。やわらかい』なんて思ってたりもしたけれど。 「ありがとう。あれ? さとし君いつ来たの?」  さとし君が来ていたなんて全然気づいていなかったきよみちゃん、さとし君を見てびっくり。  だけどさとし君が声を出すより先にきよみちゃんのおじいちゃんが、煙の中から這いだしてきた。 「大丈夫? どこもケガしてない?」  さとし君なんてそっちのけで、おじいちゃんに駆けよるきよみちゃん。当たり前っちゃあ当たり前 なんだけど、さとし君はちょっぴり寂しかったりして。 「き、きよみ」  いったい何があったのか、おじいちゃんは身体を真っ白にして、ふらふらしながらきよみちゃんに 近寄ってきた。 「きよみ、とうとう完成したぞっ」  心配してきたきよみちゃんを力いっぱい抱きしめて、満面の笑みのおじいちゃん。  いいなぁ、きよみちゃんを抱きしめられて。  そんなことを思いながらさとし君はおじいちゃんに質問した。 「何が完成したんですか?」 「おお、さとし君、来とったのか。よくぞ聞いてくれた。ささ、中に入りたまえ」  『来とったのか』って、きよみちゃんしか目に入ってなかったのか? このじじは。  だけどさとし君は、このじーちゃんも好きなのでそう言われても気にならない。  おじいちゃんはきよみちゃんを抱きかかえたまま、さとし君を小屋の中へと案内してくれた。中は まだ煙がただよっていてとてもじゃないけど息が出来ない。  おじいちゃんの腕の中からストンと降りると、きよみちゃんは小屋中の窓を開けて煙を追い出し始めた。 さとし君も近くにあった板切れでパタパタときよみちゃんのお手伝い。  まだ焦げ臭いけれど何とか息が出来るようになって、さとし君はほっとした。 「見てくれたまえ諸君。わしの研究の成果を」  おじいちゃんは自慢げに、何かを覆った白い布を指し示す。  諸君と言われても二人しかいないのだが、そんなことはどうでもいい。さとし君ときよみちゃんは ドキドキしながらおじいちゃんが布を取り去るのを待った。 「これがわしの最新作、人造人間じゃ!」  バッと布を翻らせて、おじいちゃんはもう得意顔。子供達は覗き込むように〈人造人間〉を見た。 「うわぁ、すっげぇっ」 「本当の人間みたーい」  目の前のそれに目を輝かせながら二人はおじいちゃんを褒め称えた。それに気を良くした おじいちゃんは胸を反り返しながらほっほと笑う。 「何といってもわしゃ、天才じゃ」  本気なのか勢いなのか、そんなことを言ってみたりして。  がっしりとした身体つき、力強そうな腕、あんまりカッコイイとはいえない顔。  その男〈人造人間〉は目を閉じ静かにテーブルの上に横たわっている。 「ねね、どうやったら動くの?」 「動かして、動かしてっっ」  期待に満ちた瞳をして子供達はおじいちゃんにすがりつく。しかし。 「動かん」  ポツリと、考え込むようにおじいちゃんはそう言った。 「動かない、の?」  確認するきよみちゃんに、おじいちゃんは眉を寄せた。 「なあんだ、動かないなら人形と同じじゃん」  がっかりして、ついそんな事を言ってしまうさとし君。しまったと思った時にはおじいちゃんは ずーんと頭を抱えて座り込んでしまっていた。  しかしさすがに一緒に暮らす孫。にっこり笑顔のきよみちゃん。 「大丈夫、動くよ。なんたっておじいちゃんは天才なんだもの」  本気なのか慰めなのか、さとし君には分からなかったがとにかくすかさず言葉を継いだ。 「そそそ、そうだよ。ほらなんだっけ? フランケンシュタイン。アレみたいに雷落としてみたら どうかな。それで動いたんでしょ?」  慌てて言った思いつきだったが、上出来だった。 「そうか、カミナリか」  おじいちゃんはすっくと立ち上がると、すっかり研究への情熱の炎を燃え上がらせていた。  こうなったらもうおじいちゃんの耳には誰の声も聞こえなくなってしまう。 「行きましょう、さとし君」  にこりと笑ってきよみちゃんとさとし君は小屋を後にした。 「あ、そうだ。ボク、きよみちゃんを海に誘いに来たんだった」  ここに来た目的を思い出したさとし君が言う。  もっとも、本当はきよみちゃんと一緒にいられるなら海だろうと山だろうと、おじいちゃんの 研究室だろうとどこでもいいんだけど。 「海? 行く行く。ちょっと待っててね、仕度してくるっ」  さとし君の誘いに笑顔で答えて、きよみちゃんはパタパタと家の中へと入っていった。  残されひとりになったさとし君は『やった』とこぶしを握り締める。  きよみちゃんの水着姿が見られるぞ、なんてヨコシマなこと小学生男子も考えるのかは知らないけれど、 少なくともさとし君はそう思った。  とにかくさとし君は、きよみちゃんと二人で海に行けることになったのだった。

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