それから その1  あの日からお兄ちゃんは、わたし達の交際を反対しなくなった。  それどころかお兄ちゃんはぐんとかるくんに近寄って行った。 「現金すぎるのよ、お兄ちゃんは」  わたしが腹を立てているとかるくんが苦笑する。 「兄妹よく似てるな。大好きなお兄ちゃんに彼女が出来たからって、そんな拗ねる事ないじゃん」 「まだ彼女じゃないわよ」  かるくんの腕を取り、ぽすんと彼の肩に頭を預ける。  けど、かるくんの言う通りわたし、拗ねてるのかな?  初めて彼女の姿を見た時は『お兄ちゃんの運命の人だ。良かった』って思ったはずなのに。 「あんまりお兄さんの事ばかり考えてると、オレも面白くないな」  拗ねたように言いながら、かるくんは取られたのと反対の手でわたしをキュッと抱きしめてくる。 「え? お兄ちゃんにヤキモチ?」  びっくりしてかるくんを見上げると、かるくんはコツンとおでこをぶつけてきた。 「変かな?」  拗ねたかるくんの瞳にちょっぴり不安の影が差している。わたしはかるくんの腰に手を回し身体を 彼に寄せる。 「変じゃないよ。わたしだって、もしかるくんに妹がいてかるくんが妹の事ばかり言ってたら、面白く ないもん。……ごめんね、かるくん。嫌な思いさせちゃって」  ほんの少し背伸びして、かるくんに口づける。するとかるくんは、ふと笑ってわたしの耳元に囁いた。 「みっかからキスしてもらえるんなら、たまにはヤキモチ妬くのも悪くないかも」  何言ってるんだか。 「キスくらいヤキモチ妬かなくっても何度でもしてあげるわよ」  かるくんが好きだから。かるくんとキスできるのはわたしも嬉しいから。 「それにしても、お兄さんがミヤちゃんを好きになるなんて、意外だったなぁ……」  それから少したってから、かるくんがポツリと呟いた。 「そうかな?」  ミヤちゃんっていうのは、花見の夜に出会ったあの女性の事。お兄ちゃんの運命の人はかるくんの 従兄妹だった。 「だってお兄さんが交際反対してた理由、オレが闇の血を引いているからだろ?」  もちろん従兄妹の美夜子さんも、闇の血を引いている。 「そんなの関係ないよ。わたしが産まれる前からかるくんが好きだったみたいに、お兄ちゃんも運命の 人に出会っただけ」  出逢ってしまえば相手がどんな生い立ちだろうと惹かれずにはいられない。 「みっかの言い分だと、どうもミヤちゃんがその内義姉さんになりそうだな」  笑いながらかるくんが言う。 「そっか。かるくんとわたしが結婚して、お兄ちゃんと美夜子さんが結婚すると、そうなっちゃうよね」  これまで彼女を『お兄ちゃんの運命の人』という目では見てきたけど、『お義姉さんになる人』とは 思ってなかったので、ちょっとびっくりした。 「けど美夜子さん、どうもお兄ちゃんの告白、本気にしてないみたいなのよねぇ……」  しょんぼりとそうぼやくお兄ちゃんの姿を何度見たか。 「そこはみっかのお兄さんだから、大丈夫だよ」  笑いながらギュッとわたしを抱きしめる、かるくん。 「どういう意味よ、それ」  なんだかちょっと、バカにされた気がして拗ねてみせる。  そんなわたしの膨れた頬をぷいと人差し指で押して、かるくんはクスクスと笑ってみせる。 「本気に取らないどころか騙してるんじゃないかって疑ってかかってたオレの心を振り向かせたのは どこの誰だっけ?」  だからお兄ちゃんもわたしみたいに本気でぶつかれば大丈夫。そう、かるくんは言外に言ってる。  それが嬉しくてわたしの顔もつい緩んでしまった。  それから。  お兄ちゃんが両想いになるまで、わたしが思っていたよりも時間がかかった。  あとで美夜子さんにこっそり理由を聞いてみたら、当時お兄ちゃんとは別の人からも告白されて いたらしい。  その人はお兄ちゃんとは違って何年も前からの友人で、周りの友達はみんなその人が美夜子さんの 事が好きだって知ってたらしい。というか、バレバレだったらしい。  当然、美夜子さん本人も薄々気が付いていて、だけどはっきりと告白はされていないし友人としては 好きだったから、ずっと曖昧な関係を続けていた。  そんな彼が勇気を振り絞って告白してきたのと、お兄ちゃんが告白したのが、ほぼ同じ頃だった らしい。  わたしはお兄ちゃんの妹だから、そんな友人としてしか見ていない、告白するのに何年もかかる ような意気地なしなんかほっといてお兄ちゃんを選んでよって言いたくなるけど、美夜子さんから してみればお兄ちゃんは良く知りもしない人。そのお友達を振ってパッと現れたお兄ちゃんと付き合う なんてありえないと思ってたらしい。  だけどそこはさすがお兄ちゃんというか。なんとお兄ちゃんはそのお友達と友達になって、 「美夜子さんを好きな者同士、お互い頑張ろう」と言ったそうだ。  もちろんそのお友達も最初は「なんだこいつ」と思ったらしいけど、何度も話をしていく内に本当に 友情が育まれたらしい。  だから美夜子さんがお兄ちゃんの恋人になった今でも、そのお友達との友情は続いている。  そしてわたしはというと。  先日かるくんが家に来て両親に挨拶をしてくれた。随分前から付き合っている事は話していたし、 お兄ちゃんが認めてくれてからは何度か遊びに来た事もあったから、両親とは初対面ではなかったけど、 それでもきちんと結婚の挨拶となると、やっぱり二人とも緊張した。 「おめでとう。幸せになるのよ」  笑顔で祝福してくれる母。 「具体的な日付が決まったら、また来なさい」  照れてるのか拗ねてるのか、顔を背けてはいるけれど口調は優しい父。  お兄ちゃんは「お前たちに先を越されちゃうのか」と苦笑してたけど、わたし達の結婚式に 美夜子さんを婚約者として紹介出来るよう頑張るって言ってる。  嬉しい日。わたしの家族みんなに祝福してもらえた、本当に嬉しい日。  だけどまだもう一つ。 「今度はかるくんのお父さんに挨拶しなきゃだね……」  かるくんのお母さんはかるくんが小さい頃に亡くなって、それからずっと父子家庭だったって 教えてもらった。  家事とか大変だったんじゃない? と訊くと、叔母さん(美夜子さんのお母さん)がちょくちょく 様子を見に来てくれたから、割と何とかなったそうだ。  そのせいかかるくんはお父さんから小さい頃に「大きくなったら美夜子ちゃんをお嫁さんにして 幸せにしてやりなさい」と言われたことがあるそうだ。だけどそれを聞いた叔母さんが「二人は 兄妹みたいなものなのに、何バカな事言ってるの。二人とも、好きな人と結婚していいんだからね」と 一蹴したそうだ。  それを聞いてわたしは心の中で美夜子さんのお母さんに感謝した。かるくんが小さな頃に美夜子さんを お嫁さんにと刷り込まれていたらと思うと、やっぱりいい気持ちはしない。 「あれ? もしかしてみっか、珍しく緊張してる?」  わたしの顔が強張っている事に気づいたかるくんが、可笑しそうにわたしを見た。 「珍しくは余計。そりゃ緊張するよ。かるくんのお父さんには会った事がないんだもの」  それにわたしにとってかるくんのお父さんは鬼門の事が多い。  色んな世界でわたしは、かるくんのお父さんに殺されたり、かるくんのお父さんの指示のせいで 命を落としたりした。  もちろん全ての世界でそうだったわけではないし、今いるこの世界では特にかるくんとの邪魔を されてはいないから、たぶん大丈夫なんだろうけれど。  それでも他の世界で殺された記憶があるせいで、かるくんのお父さんに会うのが怖い。 「これまでなんだかんだとスケジュールが合わなくて会えなかったからなぁ。さすがに今度はどんな 事があっても予定を空けてもらうけど」  他の世界の事を知らないかるくんは、わたしの怯えに気づかず笑っている。  気が付かなくていい。他の世界は他の世界。他の世界の事をこの世界に持ち込んでわざわざ不幸の 種を蒔く必要はない。  大丈夫。かるくんを男手ひとつで育ててくれた、お父さんなんだから。かるくんがわたしの事を 話しても、わたし達の付き合いを妨害しては来なかったんだから。  自分にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。 「大丈夫。親父もきっとみっかのこと気に入ってくれるよ」  深呼吸するわたしの背を撫でながら、かるくんは優しく微笑んだ。

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