それから その2  そして後日、かるくんと共にかるくんの実家へと赴いた。  約束の日時は間違えてない。確かに約束したとかるくんは言ったのに、お父さんは家にいなかった。 「どうしたんだろう?」  眉をしかめ、かるくんがお父さんの携帯へと連絡を取る。  わたしは不安でいっぱいだった。やっぱり実は、反対されているんだろうか……?  通話を切ったかるくんの顔が、心なしか青ざめている。 「どうしたの?」  わたしは不安を押し隠し、訊いた。かるくんまで不安になるのは絶対ダメだから。  かるくんは呆然とした顔で呟く。 「親父、今病院にいるらしい。事故にあったって……」  すっと血の気が引いた。  交際や結婚を反対されるだけなら、かるくんがお兄ちゃんを説き伏せたように何度でも通って お父さんが心開くまで説得すればいい。  なのにそのお父さんがいなくなったら。わたし達の結婚に反対のまま亡くなりでもしたら、きっと かるくんはずっと後悔し続ける。 「行こうかるくん。どこの病院?」  わたしはかるくんの手を引きタクシーを捕まえた。  結果から言えば、かるくんのお父さんは無事だった。無事と言っても、ケガはしていたけれど。 それでも命に別状はなかった。  結局その日はろくなご挨拶も出来ず、後日改めてという事になった。  入院中お見舞いも兼ねて顔を見せるだけでもと思ったのだけれど、「病院に連れて来るな」と 言われたらしい。  やっぱりわたし達の事、反対してるの?  不安になるわたしにかるくんは笑いながら言う。 「大事な時に自分の不注意で事故にあったもんだから、お見舞いに来てもらうのは気が引けるんだよ 親父のやつ」  本当かしら?  かるくんを疑うわけじゃない。かるくんにとっては肉親だから、同じ言葉、同じ態度でも良いように 解釈してしまうのかもしれない。  反対に言えばわたしの方が不安から、悪く悪く受け取っているだけかもしれない。 「じゃあせめて、退院のお手伝いはさせて? 言うとまた遠慮してしまうかもしれないから、日時さえ 分かればお手伝いに行くから」  多少強引な気もするけど、そうかるくんに頼み込む。そうでもして早く顔を合わせておかなければ、 一生会ってもらえないんじゃないかって不安に襲われそうだったから。  かるくんはそんなわたしの気持ちに気づいているのかいないのか。ちょっと考えてから「そうだな」と 言った。 「親父もちょっと見栄っ張りなところがあるから、退院したらしたで、きちんと身体が治るまでは 会わないって言いそうだしな」  そう言って笑ってかるくんはわたしの提案を受け入れてくれた。  退院の日の当日、ドキドキしながらお父さんの病室を訪ねる。ドアの前でかるくんは、大丈夫だよと わたしを励ますように軽くポンと肩を叩いてくれる。  そして静かに病室の扉を開けた。 「親父。退院の手伝いに来たよ……」  言いながらかるくんはお父さんがいるはずのベッドに顔を向け……少し固まった。  そこには、見知らぬ女性がお父さんと一緒に立っていた。 「来なくていいと言っただろう」  かるくんのお父さんが慌てたようにかるくんに言う。 「まあ、これが自慢の息子さん?」  その女性はにっこりと笑うと深々とかるくんに頭を下げた。  これについてはかるくんも知らなかったみたいで、びっくりしている。 「はじめまして。お父さんにはお世話になっています」  丁寧に頭を下げる女性の横で、かるくんのお父さんが焦ったように紹介する。 「同じ職場で働いている和田さんだ。その、いつも色々とお世話になっている。和田さん、これは 息子の日狩と……」  そこでお父さんの言葉が止まった。そりゃそうだよね。わたしとお父さんとの挨拶も済んで いないのに、どう紹介したらいいのか迷うよね。 「彼女は僕の婚約者の光香です」  フォローするようにサラリとかるくんがわたしを紹介してくれた。 「はじめまして」  和田さんとお父さんの両方に挨拶するように頭を下げる。 「まあ! そうなの? おめでとう!」  和田さんはまるで身内の結婚が決まったみたいにわたし達を祝福してくれた。  色々とギクシャクしながらも退院の手続きを済ませ、かるくんのお父さんを家まで送り続けた後、 かるくんはわたしを家まで送ってくれた。  その途中、戸惑ったようにかるくんが呟いた。 「親父とあの人、どういう関係なんだろう……?」  同じ職場の人というのは聞いた。だけどかるくんが言いたいのはそういう事じゃないだろう。実の 息子のかるくんがいて、女手が必要なら妹である美夜子さんのお母さんだっているのにその人を 呼んだって事は、つまりはそういう事なんだろう。 「お父さんを取られたみたいで、淋しい?」  お母さんの代わりの叔母さんや妹みたいな美夜子さんがいたとはいえ、二人きりの家族だった事には 変わりない。 「……ガキじゃないんだから、淋しいとか取られたとか、そんな風には思わないけど……」  言葉を濁しながら、複雑そうな顔をするかるくん。 「わたしはちょっと安心したよ。わたし達が結婚しても、かるくんのお父さん淋しくならなくて すむなって」  以前その事を話した時かるくんは、今でも別々に暮らしてるんだからそんな変わらないよって 笑ってたけど。それでもこれまでとこれからじゃ、実家に帰る回数は違ってくると思う。お父さんの 方だって今まで気軽にかるくんに会いに来てたのが、わたしに遠慮して来れなくなるかもしれない。  だけど自分の新しいパートナーが見つかったんなら、きっと楽しい日々を送れるだろう。  そうわたしは思うんだけど、かるくんはやっぱり複雑みたいで。 「それは……そうかもしれないけど。そうじゃなくて……」  色んな世界でわたしにとって、かるくんのお父さんは鬼門の事が多かった。だから記憶を持つ 世界では出来るだけ会いたくなかったし、避けていた。今のこの世界でも結婚の話が決まるまで 無意識に避けていた気がする。  だけどそれはわたしにとってのかるくんのお父さんの話で、かるくんにとってのお父さんは全く 違うんだって気が付いた。  かるくんにとってお父さんはきっと、頼れる人で尊敬できる『父親』なんだろう。  色んな世界でかるくんが心を閉ざす度、その一因にお父さんが加わっているのを見る度、かるくんに とってもお父さんは鬼門なんじゃないかと思ってた。どうしてお父さんの言う事を聞いてしまうの だろうと思ってた。  けど本当は元々は良いお父さんで頼れるお父さんで、かるくんはそんなお父さんが大好きなんだ。  今まで気づかなかったかるくんの一面を知る事が出来て、わたしは嬉しくてかるくんを抱きしめた。 「大丈夫だよ。かるくんのお父さんがかるくんのお父さんだって事は、変わらないんだから」  それでもかるくんの複雑な思いは変わらないんだろう。言葉が見つからないように黙ったままでいる。  ふと、未来のかるくんの姿が浮かび、困ってしまった。きっと二人の子が、特に女の子だった時、 結婚したいと言って来たら壮絶に落ち込んでしまうんじゃないだろうか。  そんな思いがポロリと口から出た。 「そんなんで、パパになれるの?」  するとかるくんはびっくりして抱き着いていたわたしを引きはがし、わたしの顔を見た。その様子に 自分の言い方が悪かった事に気づいて慌てて訂正する。 「違うの。そうじゃなくて、将来の、結婚した後の話をしているの」  わたしの言葉にかるくんは、ガックリと項垂れた。 「びっくりした……」  そうつぶやく声に、わたしは微笑む。  さっきの驚いた顔の中には、喜びも含まれていた。そして今の呟きの中には残念という気持ちも 混じっていた。  それが分かっただけでも嬉しい。 「幸せになろうね、かるくん」  今もとても幸せだけれど。ずっとこのまま、今よりももっと幸せに。かるくんと一緒に、この先 ずっと。  心の中で神様に願った。

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