シガツ君の魔法修業初日 その3  昼食を終え、魔法の修業の為にみんなで外に出た。  お天気や季節によっては星見の塔の広間で修業をする事もあるけれど、今は春だし晴れてて気持ちも 良いからもっぱら外で修業の日々だ。暖かな陽射しとやわらかな風が、本当に心地良い。  ソキはすぐ近くにある樹の上へと舞い上がると、ころんと寝そべって三人を見下ろした。 「それじゃあ、どちらから実技をしますか?」  にこりと笑いながら師匠は、マインとシガツに話しかけてくる。  シガツは未だ、どういう魔法を披露したら良いのか迷っているようだ。そしてマインはそんなシガツが どんな魔法を使うのかが気になって仕方がなかった。  そんなわけでどちらもが黙ったまま名乗り出ようとしなかった。なので、エルダはにっこり笑って 指名する事にした。 「それじゃあ午前中先輩風を吹かせていたマインから見せてもらいましょうか」 「えーっ。わたしからー?」  てっきりシガツからやるもんだとばかり思い込んでいたマインは、つい不満を口にしてしまう。 「ええ。先輩なんですから、お手本を見せてあげられますよね?」  笑顔で師匠からそんな風に言われると、嫌だとも言えなくなった。  シガツがどんな魔法を使うつもりかは知らないけど、負けてたまるもんですか。とにかくすっごい 魔法を見せてやらなきゃ。  そう思いつつ、ぐっと手を握りしめる。午前中に師匠にシガツの方が魔法を知っているかもしれないと 言われた事もあって、マインはシガツに対抗意識を燃やし始めていた。  絶対に負けられない。  シガツを気に入らない理由は色々とある。これまで新しい弟子を入れることのなかった師匠が弟子に ならないかと自ら誘ったのも気に入らないし、何をやらせてもそれなりに出来るのも気に入らない。 けど何より気に入らない事はやっぱり、ソキを自分のものみたいに扱ってる事だ。  ソキはわたしの友達なのに!  確かにソキはシガツとも友達なのかもしれない。だけど自分の方が仲が良いと言わんばかりにソキを 扱うシガツの態度に腹が立って仕方がなかった。 「じゃあ、始めます」  マインはメラメラと燃えながら、息を吸い込んだ。これまで習った中で派手で見栄えのする魔法を 選び、その呪文を唱え始める。  シガツに『すごい』とか『負けた』と思わせなくちゃならないんだから、思いきり派手にしなくちゃ。  詠唱と共にマインの手のひらにポッと小さな光球が生まれた。  よし、上手くいってる。師匠の使う攻撃魔法とは違って、これは光を放つだけの魔法だから危険は ほとんど無い。それでも一瞬閃光を放つこの魔法は使える魔法の中で一番派手で見栄えがするから、 きっとシガツを負かすことが出来るはず。  そんな事を考えながらちらりと二人に目を向けた。エルダもシガツも真剣な顔をしてマインの実技を 見ている。次にソキへと目をやると、樹の上に腰掛けた彼女は興味津々といった顔でこちらを見ている。  注目されている事を知ったマインは、ますます張り切って呪文の続きを唱えた。手のひらの中の光球が エネルギーを溜め始める。  と、その時、エルダとシガツの顔色が変わった。  ぶわっと魔法の波動がマインの髪やスカートを揺らし、手のひらの光球が一回り大きくなる。え?  と思った時にはもう、マインにその制御は出来なくなっていた。  一瞬光を放つだけだった筈の魔法の球が、マインが意図した以上にぐんぐんと力を蓄え始める。  どうしよう。  マインはどうしたら良いのか分からず、立ち尽くした。どうにかして止めなきゃとは思うものの、 どうしたらこの光球を止める事が出来るのか、分からない。  オロオロと立ち尽くすしかないマインだったけれど、その間に師匠とシガツは何かの呪文を唱え 始めていた。  マインの手の中の光球が閃光を放ち弾けるのと、エルダとシガツの魔法が届いたのはほぼ同時だった。 ただ光を放つだけだった筈のその魔法の球は、その大きさに比例して熱を帯びマインを焼こうとした。 けれどひとつの魔法がマインを障壁で覆い、ひとつの魔法がマインの作った光球を包みその熱風を 和らげた。 「大丈夫ですか?」  へたりと座り込んだマインの所にシガツと共にエルダは駆け寄った。ソキも心配して彼女の傍へと 飛んでくる。  暴発のショックで呆然としているマインの頬を両手で掴み呼びかけると、やっと彼女はエルダの方に 意識を向けた。 「あ、ししょー」  師匠の顔を見て安心したのか、へらりとマインが笑う。 「失敗しちゃった」  てへへと笑いながら頭を掻くマイン。そんな彼女を見て、エルダは安堵と共に腹が立ってきた。 「失敗しちゃったじゃないでしょう!」  彼女の両頬をむぎゅーっと引っ張り、叱りつける。 「私やシガツがいなかったら大ケガをしていたかもしれないんですよ?」  危機管理の薄い弟子を戒める為にも、力一杯彼女の頬を引っ張る。「痛い」と言っているが、怪我を していたらこんな痛みじゃ済まなかっただろう。これまで何度も呪文は正確に、慎重にと教えて きたのに、何を聞いてきたんだか。  しばらくの間マインの主張を無視して彼女の頬を引っ張り続けたエルダだったが、さすがに これ以上はかわいそうと思ったのかひとつ大きく息をつき、やっと彼女の頬から手を離した。  マインはというと、引っ張られながら聞いた師匠の言葉に違和感を覚え首を傾げた。 「え? シガツ?」  赤くなってしまった頬を手でさすりながらマインはシガツを見上げた。  今まで呪文を間違ったりして失敗した時はいつだって師匠がフォローしてくれていた。今日だって いつものように師匠が呪文を唱えかばってくれたんだと思っていた。  けど師匠は今、「私やシガツが」と言った。そういえば師匠の声と共にシガツが呪文を詠唱する声も 聞こえた気がする。  どういう事か訊こうと口を開きかけた時、ソキの心配そうな声が聞こえてきた。 「マイン、手、ケガしてない?」  言われて手のひらを見ると、確かに火傷をしたように真っ赤になっていた。 「やーん。ホントだ」  魔法に失敗した驚きやなんやで今まで気づいていなかったけど、意識した途端手のひらにズキズキと 痛みが走りだした。その痛みについ涙目になってしまう。  すると突然シガツがマインの前へとしゃがみ込んだ。 「手、貸して?」 「え?」  スッとシガツがマインの手を取り目を伏せる。  な、なに?  戸惑う彼女を余所に、シガツは静かに呪文を唱え始めた。  ふわり、とマインの手を暖かな魔法の光が包み込む。その途端、手のひらの痛みが和らいだ。それの 意味する事に気づき、マインは驚いた。  魔法治療、してるんだ……。  シガツの優しい口調と共に暖かな魔法がマインを包み込む。ぽかぽかと、心まで温かくなってきた 気がしてマインは目を閉じた。  まるで雲の上にいるような、そんなふわふわとした優しい心地に包まれる。暖かくて、このまま 眠ってしまったらどんなに気持ち良いだろう。 「終わったよ」  突然声を掛けられ、夢から覚めたようにマインは目を開けた。目の前には優しく微笑むシガツの顔。 その顔になぜかドキリとしてしまったマインは慌ててそっぽを向いた。顔に血が上ってくるのが自分でも 分かる。  なんで、と思いつつ必死で赤くなるのを止めようとした。 「お見事。今のは風の塔で?」  そんなマインに気づく事なくパチパチと拍手をしながら師匠がシガツに声を掛けてきた。その隙に マインはシガツから離れ、深呼吸をした。  落ち着けわたし。とにかく落ち着かなくちゃ。  何度か深呼吸をして、鼓動の高鳴りを押さえる。ふと手のひらを見ると、傷はきれいに治っていた。  声を掛けられたシガツは笑顔で師匠の問いに答えていた。 「いえ、今のは父が使っていた魔法なんです。幼い頃ケガをするとああして治してくれていたので……。 あ」  そこまで言ってシガツは何かを思い出したかのように声をあげた。 「もしかしてマズかったですか? 魔法で治癒するの」 「マズい?」  シガツの問いの意味が分からずエルダが問い返す。するとシガツは困ったように笑いながら言った。 「オレの母が嫌がってたんです。この程度のケガを魔法で治癒するのを」

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