たくらみ その2  それからもマインはソキを誘うことを諦めなかった。  師匠やシガツに見つかれば絶対に反対される事は分かっていたからか、ソキと二人きりになった時を 見計らって彼女を夜祭りに誘い続けた。  マインの事は大好きだ。だから「師匠やシガツには内緒だよ」と言われれば、その通りにして あげたい。だけど簡単に頷くことも出来ず、諦めないマインにソキは困ってしまい、とうとう師匠の いない時にシガツとマインの前でその話を始めた。 「マイン、やっぱりシガツにも相談しよう。ね、いいでしょ?」  ソキの言葉にマインは慌て、シガツは首を捻る。 「相談って? 何かあったのか?」 「もお。内緒って言ったじゃん」  シガツとマインがほぼ同時に言葉を発する。やっぱりマインは怒ってしまったけれど、心配して くれるシガツにホッと安心もする。だからソキは困ったように笑いながら小さな声を出した。 「その日になれば分かる事だし、シガツにも判断して欲しいの」  大丈夫と言われ続け、心の底で気持ちが揺れ動いていた。元々ソキはお祭りに興味があったのだから、 行きたくて当然だ。だけどこれまでの経験が、やっぱりダメだと言っている。 「シガツは反対するじゃん」  自分よりシガツを頼るなんてと言いたげに、マインは口をへの字にした。  ポツリと言ったマインの言葉に、シガツは首を捻りながら尋ねた。 「何の話か分かんないけど、オレが反対する事しようとしてんの?」 「どうしようか迷ってるの。行くか、行かないか」  本当に困った顔をしてソキが呟く。 「行くか行かないかって、もしかして明日の春の夜祭り?」  まさかと思いつつシガツが問うとソキはコクンと頷いた。今年は参加しないって事でマインも 納得したと思っていたのに。 「だって、ソキだけダメなんてかわいそうじゃん。村の人達みんな良い人なんだから、絶対分かって くれるよ」  シガツに反対されてしまう前にと、マインが必死に訴えてくる。だけどそれでもシガツは顔を 曇らせた。マインの優しい気持ちや村の人達への信頼は分かる。けれどやっぱりそう簡単には賛成 出来ない。 「良い人達かもしれない。けどそれと人でない者に対する嫌悪は別物だと思うんだ。特に大人は、 魔王が倒された後に産まれたオレたちよりも、そういうのに敏感だろう? ソキは精霊であって 魔物ではないけど、人によっては精霊も魔物も区別無く『人ではない怖いもの』と思ってる場合も あるんだよ」  マインを諭すように言う。シガツは風使いになりたくて、風の塔で真面目に勉強してきた。だから 精霊について人々がどのように思っているのかという事もしっかりと教えられていた。  そんなシガツの言葉をマインは頭の中で何度も考えているようだった。  しばらく考えた後、ポツリと言葉を紡ぐ。 「だったら」  導き出された答えに満足したらしいマインはにっこりと笑って言う。 「今回は子供達だけに紹介するよ。祭りの会場って結構大人は大人、子供は子供で固まってる事が 多いから、子供達だけの時にソキを呼んでみんなに紹介する。それなら良いでしょ?」 「え……」  マインの言い分にシガツもソキもすぐには返事が出来なかった。  子供達だけの時にソキを呼ぶ?  そういえばマインはソキが風の精霊と知っても態度を変える事はなかった。それに思い出してみれば シガツも、初めて風の精霊を見た時怖いとか嫌だとか思わなかった。そんな事を思っていたら風使いに なりたいとは思わなかっただろう。  そう考えると確かに子供達だけの時ならソキを紹介してもなんとかなるかもしれないと思った。  本当に大丈夫だろうかと不安に思わないわけではない。それでもマインとソキの気持ちを思い、 シガツは頷いた。 「分かった。じゃあ大丈夫と思った時にマインがソキを呼ぶといいよ。けど、誰かが怖がりそうだったら 無理せず中止しろよ?」  ソキの為にも村の子供達の為にも無理に会わせて溝が出来るのは避けたい。 「やったぁ。あ、でも師匠には内緒だよ。結構頑固だから絶対今年はダメって言うに決まってるから」  喜びつつマインが慌てて二人に口止めする。師匠に知られて夜祭りに子供達だけで行く事さえ 禁止されてしまったら元も子もない。 「良かったね、ソキ。師匠に内緒だから今年は晴れ着を用意してあげられないけど、でもお祭りは ほんと楽しいから」  にこにこと笑うマインにつられてソキも笑顔になった。 「うん。楽しみ。本当はね、前から近くでお祭り見てみたかったんだ」  割と大きな街であるお祭りには何度か人間のふりをして行ってみた事がある。大きな街では知らない 顔がいても不思議ではなく大して他人に注意を払わないから紛れて遊ぶ事も出来た。  けれど小さな村ではそれは無理だ。村中の人が顔見知りだから知らない顔があれば注目され、精霊と ばれてしまうかもしれない。そうなれば大騒ぎになってしまうからソキは今まで小さな村には 近づかないようにしていた。  だから今回、村のお祭りにこっそりとでも参加出来るなんてとっても楽しみ、とソキは嬉しそうに 話している。  マインもソキと一緒に行ける事になってとっても嬉しそうだ。  二人の笑顔を見てシガツも反対しなくて良かったと思った。やはり友達が喜んでいるのを見るのは 嬉しい。シガツだって意地悪で反対していたわけではないのだ。  それに村の人とソキが仲良くなれるならそれに越したことはない。  全く不安に思っていないわけではないが、明日の春祭り、楽しい夜になればとシガツは思った。  翌日は朝から大忙しだった。いつもの仕事に加え、春の夜祭りの準備があったのだ。 「マインは貯蔵室からこのメモにあるハーブを取って来て下さい。シガツは焼き菓子用の小麦粉を 練って。レシピはそこの本にありますので。十人分で。あ、ソキはマインを手伝ってやって下さい」  こんな感じでエルダが指揮をし、みんなパタパタと動き回る。 「ここのお祭りはみんなで準備するんですね」  シガツが焼き菓子の型を抜きながら言った。 「おや、シガツの故郷では違うのですか?」  エルダはハーブを量り、混ぜつつ尋ねる。毎年エルダの作る特製ブレンドハーブティーは評判が良い。 「……オレが小さかったから覚えてないだけかもしれません。けど割と大きな所にいたので、お菓子や なんかは売りに来る人がいたような記憶が……」 「大きな街にいたの?」  シガツが抜いた型をマインが天板に並べる。ソキはというと、少し離れた所でみんなの作業を見ていた。  大きな街に住んでいたなら、子供は昼だけというのも分かる。大きな街は見知らぬ人がいても 当たり前、それが良い人か悪い人かなんて分からないんだから。 「え、いや。大きい街っていうと違うかな。ここよりは人がいたんで大きなって言ったけど、ここと 変わらないくらい田舎だったし」  言いながらシガツの顔が少し曇った。  故郷の事は、今はあまり思い出したくはなかった。決して嫌いなわけではないのだが、今はまだ 心の整理がついていない。だから帰ることが出来ず、旅をしていた。 「ああ、大きな街ではなく大きな村なんですね」  師匠の声にシガツはあいまいに笑った。  焼き上がったお菓子と特製ブレンドのハーブの茶葉を籠に詰め込むと、一息ついて昼食を取った。 「今日は祭りの日ですし、午後の修業は無しです。マインは晴れ着を着るんですよね。シガツは…… どうしますか? 少し大きくても良いなら私の服を貸しますが」  師匠に訊かれ、シガツは慌てて首を振った。 「あ、いえ。この間ソキに見つけてきてもらった荷物の中にそこそこ良い服はあるんで、それを 着ようと思ってます」  普段着るには少しもったいない気がして今まで着ていなかった服だ。 「そうですか。二人はニールが迎えに来たら一緒に行くんでしたよね。ソキはその間どうするんですか?」  師匠の言葉にマインはドキリとした。まさかとは思うけど、ソキを祭り会場に行かせないよう 見張ってるつもりとかじゃないよね?  不安に思うマインを余所にソキはにこりと笑って言う。 「遠くから、お祭り見てるよ。いいでしょ?」  ソキの言葉にエルダは少し考え、頷いた。 「村の人達に見つからない場所なら問題ないでしょう」  幾ら無用の騒ぎを起こさない為とはいえ、遠くから見る事さえ駄目というのは可哀想な気がした。  それにマインやシガツは自分の弟子で、駄目な事は駄目と禁止する権限を持っているが、ソキに 関しては弟子でもなければ居候でもない。シガツと共にここにいる事は確かだが、部屋を与えている 訳でも食事を提供している訳でもない。  それになにより彼女は風の精霊なのだ。契約した風使いでもない限り、彼女に命令する事など 不可能だろう。  そう考えると風の精霊であるソキが許可を求めてきた事自体が不思議とも思えた。

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