たくらみ その3  昼食を取り終えるとマインは早々に夜の為に着替え始めた。晴れ着を着終え、居間にある大きな 鏡の前でチェックを始める。 「そういえばニールはいつ頃迎えに来るんですか?」  師匠の言葉にマインはふるふると首を振る。 「聞くの忘れちゃってたの。だからいつ来ても良いように早めに支度しとこうと思って」 「そうなの? それじゃオレも着替えとこうか」  昼の片付けを終え、のんびりくつろいでいたシガツが椅子から立ち上がった。 「うん。すぐに来るとは思わないけど。わたしもまだ色々と準備あるし」  真剣な目でリボンの結び目をチェックしながらマインが言う。 「はは。女の子は支度に時間がかかるもんな」  シガツなんかは手持ちのちょっと良い服に着替えるだけだから五分とかからないだろうけど、 二度三度とリボンを結び直しているマインを見ているとまだまだ時間がかかりそうな事は目に見えた。 「マイン、お花これくらいでいい?」  ふわりとソキが、広げたスカートいっぱいに花を摘んで入ってきた。それを見てマインが大喜びする。 「わあ、いっぱい摘んできてくれたんだ。ありがとう」  花を受け取るとマインはそれを床に広げ、色や形を見ながらあれこれと仕分けしていく。 「ああ、花冠作るんだ?」  そういえば故郷の祭りでも女の子達は花冠を作って頭に被っていたなぁと思いながらシガツが尋ねた。 「うん。あとコサージュも作ろうかと思って」  春の祭りでは女の子達は野の花で自分を飾りたてる。花冠にはせず直接頭に挿したり、結んだ リボンに挿してみたり色々な工夫をする。  マインもどの花の色の組み合わせが良いかを考えながらもチャキチャキと花冠を二つとコサージュを 二つ作り上げた。 「はい。これはソキの分ね」  そう言って一つずつソキに渡す。 「ソキの? しかし彼女は……」  怪訝そうに顔をしかめた師匠にマインはきっぱりと言う。 「いーじゃん。雰囲気だけでも味わって欲しいから花飾りだけでもと思ったの」  実際は晴れ着を用意してあげられないからせめて花飾りだけでも付けてみんなの所にと思ったのだが、 師匠には内緒だからそう言って誤魔化す。  師匠はマインの言葉に少し考え、そして頷いた。 「そうですね。祭りには参加させられませんが、雰囲気を味わうくらいはしたいですよね」  そう言うとエルダは籠の中から朝焼いた焼き菓子を二、三個取り出し小さな布にくるんだ。そして にこりと笑ってソキに渡す。 「お祭り用のお菓子です。良かったら夜に食べなさい」  意外なエルダの行動にちょっと驚いたがソキは素直にそれを受け取った。 「ありがとう、ししょー」  別にソキは弟子ではないのだが、シガツやマインがそう呼ぶせいか彼女もエルダを師匠と呼んでいる。 特にそれが嫌とも思わなかったのでエルダは彼女の好きな様に呼ばせていた。  ソキは嬉しそうにマインからもらった花飾りと一緒にお菓子の包みを持ち、ふわりと開け放たれた 窓枠に座った。  マインがそんな所に座ろうものなら「お行儀悪い」と叱るのだが、窓から出入りするのが当たり前に なってしまっているソキは窓に座る事もしょっちゅうで叱る気にもならなかった。そもそも風の精霊に 人間の行儀について説いたところで何の意味があるだろうか。  ソキは膝の上に髪飾りとお菓子の包みを置くと、嬉しそうに花冠を頭の上に乗せた。それから花の コサージュを持つと、戸惑ったようにマインを見た。  マインも花冠を頭に被り、それからコサージュは鏡を見ながら丁寧にピンで胸元に留めている。 「どうしたんだ、ソキ」  戸惑ってる彼女に気づいたシガツが近寄ってきた。 「うん。これ、どうやって付けるの?」  あまり装飾品を身に付ける事のないソキはこんな風に手作りの花のコサージュを付けるなんて 初めてだった。 「ああ、付けてやるよ。貸して」  ソキから花飾りを受け取り、シガツはピンでソキの胸元に取り付けた。 「ピンで怪我しないように気を付けろよ」 「うん。ありがとう。けど、マインと付け方が違うよ」  マインは花を上にして取り付けている。けれどシガツがソキに付けた花は斜め下になっていた。 「ああ、ソキの服だとこっちの方が良いかと思って」  そんな二人の会話が聞こえてきたのかマインが振り向き、じっとソキを見る。 「うん。シガツの言う通り、そっちのが合ってるよ」  意外と思いつつ、マインはにこりと笑った。シガツは男の子だから女の子の服や花の付け方なんて 気にしないと思ってたのに、そういう所に気がいく男の子なんだと。 「ふうん。そっか」  かえってソキの方がそういう事に興味が薄いのか、シガツの提案を素直に受け入れた。 「じゃあソキは遠くからマイン達の事見てるね」  そう言い、ソキはふわりと浮き上がり窓から外へと飛び上がった。 「え? もう行っちゃうの?」  まだ迎えが来たわけじゃないのにと、引き留めようとしたマインの肩をエルダがポンと叩いた。 「そろそろ家から離れておいた方が良いでしょう。ニールがいつ来るか分かりませんし」  元々鈍いマインは気がついていないようだが最近のソキは風の精霊としての気が以前よりも 強くなっている。若く力の弱い彼女は記憶喪失だった間、無意識に精霊としての力を押さえていたのか 人とそれ程違うようには感じなかった。だからキュリンギも彼女に会った時それ程違和感を 覚えなかったのだろう。  しかし記憶を取り戻し風の精霊として過ごしている今の彼女は敏感な者ならばすぐに人ではないと 気づくだろう。  エルダはそう思いソキが離れている事に賛成した。実際にはソキは以前、人の行き交う市場に 潜り込んだりした事もあるのでその気になれば人間のふりが出来るのだが、エルダはその事を 知らなかったし、たとえ知っていたとしてもやはり念のため離れている事を勧めただろう。  シガツが余所行きに着替え終わり、マインもなんだかんだ言いながらなんとか支度が終わった頃、 約束通りにニールが迎えに来た。 「わざわざお迎えありがとうございます」  にこりと笑ってエルダは言うのだが、その笑顔が怖く感じてしまうのはニールの気のせいだろうか。 「いいえ……」  しどろもどろになりながら答えているところへ、嬉しそうな顔をしたマインがタタタと駆けて来た。 そんな彼女を見て、途端にニールも顔が緩む。いつもマインはかわいいけれど、余所行きを着て花冠を 被ったマインはますますかわいらしい。 「いらっしゃい、ニール。ちょっと待ってね。シガツー。ニール来たよーっ」  にこりと笑ったマインはくるりと向きを変え、奥へと呼びかけた。  憎たらしい奴の名前を呼ぶのがちょっと気に入らない。なんで勇気を出して誘った今年にこの 新入りは入って来たんだろう。せめて来年、いや春の夜祭りの後だったら良かったのに……!  そんな事を考えていると当の本人がやって来た。 「こんにちは。今日はよろしくお願いします」  にこりと笑いながら頭を下げるシガツを、ついニールは睨みつけそうになった。だけどすぐ横に マインがいたのでなんとかにこりと笑ってみせる。 「村のみんなもお前達に会えるの楽しみにしてるから」  言いながらふと、まだ会った事のない女の子の姿がない事に気づいた。 「……そういえばもう一人いるって言ってた女の子は?」  キョロキョロと部屋の中を見渡しても、やっぱり姿が見えない。  するとシガツが困ったように笑いながら言った。 「ああ、ソキは今日一緒には行かないんだ」  なぜか曖昧に笑いながらシガツが言う。 「女の子は来ないんだ……」  初めて聞いた事実にニールはポツリと呟き顔をしかめた。  歳も近いし女の子同士だしという理由でうまくその女の子とエマを近づけさせ、ついでに目の前の こいつも巻き込んで歓迎会に参加させて……と思っていたのに。初っぱなから躓いてしまいニールは ムウと口を捻った。 「どうしたの、ニール」  そんなニールに気づいたマインが不思議そうな顔をする。 「あ、いや。エマがさ、歳の近い女の子が来たって聞いて楽しみにしてたんで」  誤魔化し言う。けど、どんな内容であろうとマインと話出来るのがすごく嬉しくて、ニールは にへらと笑った。 「エマと会うのも久しぶりだな。元気?」  ニールの言葉にマインは目を輝かせた。滅多に会う事はないが、やっぱりマインも年の近い 女の子に会えるのは嬉しいんだろう。 「ああ、うん。相変わらずだよ」  マインの気持ちが自分から逸れて他の人に行くのは悔しい。けどまさか女の子にまでヤキモチを 妬いてるだなんて知られたくなくてニールは平気なフリをした。  ニールの言葉にマインは「他の子達も元気?」と身を乗り出して聞いてきた。しかし返事をする 前に魔法使いがポンとマインの肩を叩いた。 「話は行きながらでも出来るでしょう。それより忘れ物はありませんか?」 「あ、えーと……」  それもそうかと言いながらマインは、慌てて支度をしようとする。 「あ、焼き菓子の籠は持ったよ」  そんなマインの後ろから、ちゃっかり荷物を持ったシガツが声をかけてきた。 「ありがとう」  マインにお礼を言われ、シガツはにこりと笑顔で返す。  そんな二人のやりとりを見てニールは心の中で舌打ちをした。  こいつさえいなければオレがマインの荷物を持ってあげて頼りになるって思ってもらえたのに!  株を上げるチャンスを奪われニールはますます新入りの事が嫌いになった。けどマインが奴を 友達と思ってる以上、冷たい態度を取って彼女をがっかりさせたくない。  とにかく村に着きさえすればエマや他のみんながこいつを取り囲んでマインと引き離してくれる だろう。 「じゃあそろそろ行こうか」 「気をつけて行くんですよ」  心配そうなエルダに見送られ、三人は星見の塔を後にした。

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