祭りの始まり その1  元々マインはお喋りなほうだけれど、今日は余程お祭りが余程楽しみなのだろう、浮かれた彼女は いつもに増してきゃっきゃと息もつかず喋り続けていた。  そんな彼女にシガツもニールも笑顔で返事をしていたが、ふとその事に気づいたようにマインが 言った。 「もしかしてわたし、喋りすぎだった?」  気が付けば自分ばかりが喋っていて、二人とも返事をするばかりだった。本当は二人も喋りたいんじゃ ないのかな。  ちょっと心配になってマインが尋ねる。  そんなマインに、ニールは慌てて首を振った。 「そ、そんな事ないよ、マイン。……俺はマインと喋れてすごく嬉しいよ」  頬を染めたニールは、マインの様子を伺うように彼女の顔ををちらりと見た。  そんな彼の気持ちにマインはどのくらい気づいたのだろうか。なにせニールは彼女の事が好きなの だから。  だけどマインはその言葉を深く受け止めないまま、シガツの方へと目を向けてきた。 「うん、でも、男の子同士で喋りたいよね」  きっとマインは気を使ってくれたんだろう。その事は嬉しかった。だけど言葉にはしないけれど 「誰が」と言いたげなニールを見ていると、シガツはマインの言葉に肩をすくめるしかなかった。 「まあ、気が合えばその内話すだろうし……。無理にマインが気を使う事ないよ」  さすがにシガツもニールの気持ちに気が付いていたので、下手に邪魔をするつもりはなかった。  にしても、分かりやすい奴だよなぁ、とシガツはニールを見る。風の塔にいる時も、誰が誰を好きとか あの二人は付き合ってるだとかそんな話を時々耳にした。けど、そういう事に鈍いシガツは他の人に 教えてもらうまでその事に気づかない事の方が多かった。  だからキュリンギにしろニールにしろ、ストレートに行動に出ている事に少し驚いていた。この辺りの 人はみんなそうなんだろうか。  ふと、伯父や従姉妹の顔が浮かんだ。そういえばあの二人もストレートだったなと思う。そして 大まかなくくりでいくと、同じ領地の人間だ。  しかしシガツはそこでプルプルと首を振った。  ただの偶然だ。それでいくと母だってこの領地の出身だから愛情表現がストレートって事になる。  けれど母親の愛を疑った事はないが、伯父のような態度を取る母の姿などシガツには想像も つかなかった。 「……シガツ、どうしたの?」  ふとマインの声が聞こえてきて我に返った。ついあれこれと考えて二人の話をよく聞いていなかった。 「こっちが話しかけてるのにボーッとして。失礼な奴だな」  ニールが不機嫌そうにシガツを見ている。 「はは、悪い。ちょっと考え事してた」  笑って誤魔化すわけではないけれど、反発するような返し方をすればきっとますます機嫌を損ねて しまうだろう。  そう思ってシガツはあいまいに笑みを浮かべた。  そうこう話をしている内に三人は村の近くまでやって来ていた。ふわりと風に乗って、祭りで出して いるお菓子やジュースの甘い香りや、お肉を焼く香ばしい香りが漂ってくる。 「もっと暗くなったらたき火やランプの灯りがすごくキレイなんだよ」  わくわくを隠せない様子でマインがシガツに教えてあげている。そんなマインにこっちを向いて ほしくて、ニールはふと思い出した事を口にした。 「あ、そう言えば今年はタークの所のお袋さんがパイを焼くって張り切ってたらしいよ」  その言葉を聞いたマインはぱあっと笑顔でニールの方へと振り返った。 「わあ、楽しみ。何のパイ?」 「色んなの焼くって言ってた。肉も魚もフルーツも焼くって」  マインがこっちを向いてくれた事が嬉しくて、にこにこと話をする。だけど彼女は優しいから、話に ついていけてないシガツに気が付いて再びそっちを向いてしまった。 「あ、タークのお母さんってね、すっごくお料理が上手なの。毎年取り合いになっちゃうくらい 人気なんだよ」 「へえ」  そんな奴に教えてやる事ないのに。  丁寧に教えてやっているマインを見てニールはムッとしたが、それでも気を取り直して興味ありげな 表情で返事をしたシガツににこりと笑って話しかけた。 「ああ。タークのお袋さんの料理は絶対食べてみるべきだよ。な、マイン」 「そうそう。食べ損ねちゃった時のがっかり感といったら……! 十日くらいは悔しくて仕方ないん だから!」  ぐっと手を握りしめて力説するマイン。そんなところもかわいらしい。 「それはぜひ食べてみたいな」  シガツも同調しながら、わいわいと祭りの会場へと向かった。  祭りの本番は夜からと聞いていたのに会場はすでに多くの村人で賑わっていた。もちろんその ほとんどが夜に向けて準備をしているのだろうが、小さな子供たちなどは待ちきれずにきゃっきゃと はしゃぎまわっている。 「この焼き菓子はどうするの?」  持っていた籠をひょいと掲げ、シガツが尋ねる。 「あ、うん。えーと……」  マインもどこに持っていけばいいのか分からないのか、キョロキョロと辺りを見回している。すると ニールがぱっと指さして教えてくれた。 「あっちだよ」  そこにはなにやら受付のようなものがあり、時折村人がそちらに行っては何かを渡していた。持って 来た物はひとまずそこに提出するらしい。  三人はそちらへと向かうと、マインがにこりと笑って挨拶した。 「こんにちはー。今年は焼き菓子、持ってきました。あ、師匠のハーブティーはあとで師匠が持って きますんで」  そう言うと籠の中の焼き菓子を渡す。 「はい、ありがとう。久しぶりだねぇ、マイン。元気そうで安心したよ。おや、そちらが噂の新入り君 かい?」  シガツの姿を目に留めた受付の女性が目を輝かせながら、マインに尋ねる。 「初めまして。星見の塔の魔法使いの弟子になりました、シガツと言います。よろしくお願いします」  やや緊張しながらシガツはペコリ頭を下げた。するとそれに気づいた近くにいた村人がわいわいと 集まって来た。 「へえ、この子が新しいお弟子さんかい」 「おや、かわいい子が来たね」 「しっかり修業して良い魔法使いになりなよ」  新入りが余程珍しいのだろう、大人子供問わずどんどん人が集まってくる。  そういえば風の塔に初めて入った時にもこんな風に囲まれたな。  数年前の事が懐かしく思い出される。あの時も身動きが出来ないくらい囲まれた。だから初めてでは ないけれど、それでもちょっと慣れない。  シガツは出来るだけみんなに返事をしながらちらりとマインに目をやって助けを求めた。だけど マインは助け舟を出してくれるどころか、とんでもない事を言う。 「うん。シガツはね、師匠の方から誘ったくらい優秀なんだよ。きっと凄腕の魔法使いになるから 期待しててね」  びっくりしてシガツは慌てて訂正した。 「いや、まだ習い始めたばっかりなんで優秀かどうかは……」  なのにマインは本気なのか冗談なのか「またまた謙遜して〜」なんて言って笑っている。しかも マインの言葉を信じてしまったのか、村の人達はシガツを感心したように見ていた。  これには参った。風使いになれなかったという過去があるので、そんな目で見られても期待に 応えられないのではと、どうしても不安になってしまう。  そんなシガツの気も知らず、マインはひょいとニールの方を見る。 「そろそろ行こう。ニール、みんなどの辺にいるの?」 「こっちだよ」  人々を気にすることなく移動を始めるマインとニール。慌ててその後を追う事でシガツはようやく その場から離れる事が出来た。  大人達があれこれと準備を進める中、それを手伝いながらも子供達は自然と集まり始めていた。 「ねーちゃん、お菓子もらって来たよー」  エマの弟が大きな籠を両手に抱えてヨロヨロとやって来る。 「ん、じゃあそこに置いて」  確保したテーブルを指さす。ニールに言われた通り、新入りの歓迎会をする為、大人に言って ひとつ専用のテーブルを貰ったのだ。大人達も子供同士仲良くなれるようにと嫌な顔する事なく 許可してくれた。 「ジュースはとりあえずこれだけだって。後はこれが無くなったら取りに来いって言ってたよ」  ジュースの入った瓶を三つとカップを幾つか持ってタークがやって来る。 「ありがとう。コップの数は足りそう?」 「足りなかったらそん時にまた貰ってくればいいんじゃない?」 「そうね。そうしましょうか」  おそらく子供達のほとんどが新入りの姿を見に来るだろうけど、顔を見たらどこかへ行ってしまう 子もいるだろう。たぶんずっと残るのは最終的にいつも連んでる仲間だけかもしれない。  そんな風に思いながらエマは仲間達と着々と準備を進めた。  ニールやマインがやって来た時にはほぼ歓迎会の準備が整っていた。 「みんな久しぶりー。わあ、今年はなんか豪華だね」  毎年なんだかんだとこの辺りのテーブルに子供達がよく集まっているが、ここまでお菓子や料理 それに花やランプで飾られているのは初めてだ。それに驚いたマインが目をくりくりさせて驚いている。 「あれ? ニールから聞いてない? 今晩は新入り二人の歓迎会を兼ねようって」  エマの言葉にマインは更にびっくりしたようだった。そういえばその件に関しては全く伝えて いなかったなとニールは思った。 「ありがとうニール。わたし歓迎会なんて思いつきもしなかった」  自分の友達の為に歓迎会を開いてくれるというのが余程嬉しかったのか、マインはいつもに増して 笑顔をほころばせている。余所行きの服や花冠がその笑顔に更に花を添えて、とんでもなく可愛らしい。  そんな可愛いマインに笑いかけられて照れ笑いをせずにいられるだろうか。  実際に準備をしたのはエマだし、この歓迎会の裏には下心があったりするのだが、マインの中の 自分の株が上がったんなら事実なんてどうでもいい。大歓迎だ。それにここで好感度が上がっていれば 後で二人で抜け出そうって誘うのも、きっと誘いやすくなる。  そう思うとニールは笑みが止まらなかった。

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