祭りの始まり その2  一方シガツもマインと同じく驚いていた。ニールにはあまり好かれていないだろうなと思っていた から、まさか歓迎会を開いてくれるとは思っていなかったのだ。  でもそうか、とシガツは思う。  ニールがシガツを嫌う理由はマインの近くにいる歳の近い男子だからだ。だけど二人は単なる 兄弟弟子ってだけだから完全に嫌う理由にはならない。だから出来れば仲良くしたいって気持ちも あるのかもしれない。  それはシガツの希望でもあった。近くに住む歳の近い男の子なら出来れば仲良くしたい。マインが ソキと女の子同士で遊びたいように、シガツだって歳の近い同性の友達と遊びたい事はある。 「ありがとう、ニール。嬉しいよ」  素直な気持ちでシガツがお礼を言うと、ニールはちょっと戸惑ったような顔をした。けどマインに 話しかけられすぐにそちらに心が行ってしまったようだ。  シガツの方も彼の顔を見にやって来た子供達にあっと言う間に囲まれてしまって、ニールがろくに 返事もしなかった事に気づかなかった。 「はじめまして、シガツです。みんなよろしく」  興味深げに寄って来る子達にシガツは笑顔で自己紹介をする。すると子供達も次々にわいわいと 自己紹介をし始めた。  いつの間にか祭りの方も始まっていたようで、会場には大人達もわいわいと集まりあちこちで 飲み食いが始まり、また歌や踊りやゲームなどが繰り広げられていた。  子供達もお菓子やジュースを手に取りながらシガツに自己紹介をしたり、質問を投げかけた。 「そういえばもう一人、女の子がいるって聞いたけど、どうしたの?」  エマがキョロキョロと周りを探す。 「あ、ソキはね、一緒には来られなかったの」  マインはそう言いつつ、ちらりと周りを見た。すぐ近くにはまだ大人達の姿もあり、しかもその中に 師匠もいる。さすがに今ソキを呼ぶのはまずい。 「そうなの? 具合でも悪いの?」  新入りの女の子を見られなくて残念、とばかりにみんな声を上げる。 「そういう訳じゃないんだけど……」  どう説明すれば良いのか分からず、マインは口ごもった。そんな彼女を見てシガツは、助け船という 訳ではないけれど口を挟んだ。 「ソキもみんなに会いたがってたよ」  にこりと笑って言うと、みんなの視線が彼へと移る。 「ソキっていう名前なんだ」 「シガツと一緒に来たって事は、シガツのお姉ちゃんか妹なの?」 「やっぱりその子も魔法の修業してるの?」  まだ見ぬ新入りの情報を得ようと、みんな一気にシガツへと質問し始めた。  その様子を見ていたニールは今だと思った。この場に来てから少しはマインもみんなと話をしたし、 今ならみんながシガツに注目しているからこっそりマインを連れて抜け出せる。 「マイン」  小さな声で彼女を呼び、その袖を引っ張る。それに気づいて振り向いた彼女が口を開く前に再び 小さな声で誘う。 「ね、こっそり抜けて別の所に行かないか?」  するとマインは少し驚いたように目を開き、そして考えるように小首を傾げた。 「うん。わたしもね、もうちょっと人の少ない所に行けないかなって思ってたの」  まさかのマインの発言にニールは小躍りしそうになった。マインも自分と二人で静かな場所に 抜け出したいと思ってくれてたなんて。  マインにとって村の子供達と会うのは久しぶりで、だからニールの誘いを断ってみんなと一緒に いると言う確率の方が高いのではと危惧していた。だからあれこれ抜け出す理由も考えていたくらいだ。 だけどマインも自分と一緒がいいと思ってくれてたなんて!  もちろんそれはニールの勘違いだったのだけれど、本人は知る由もない。マインは真剣な顔をして ニールに告げる。 「大人達の目の届かない場所がいいんだけど、どこかある?」 「え? 大人達の?」  お祭りの夜、好きな女の子と大人の目の届かない場所で二人きり。そう考えると頭がクラクラした。  しかしその後のマインの言葉で幸せな気分は打ち砕かれた。 「うん。あんまり大人数だと気づかれちゃうから……エマとイムと……あとチィロくらいかな、 とりあえず」  そう、マインはソキを紹介する為に抜け出したかったのだ。ニールの誘いの意味なんて、ちっとも 気づいていなかった。  本当は子供達全員にソキを紹介したかったのだけれど、ここでは大人達に見つかってしまう。だから ニールに抜け出そうと誘われた時、『それ良い案だわ』と思った。全員でゾロゾロと場所を変えれば 師匠に見つかってしまうかもしれないけれど、こっそり少人数なら抜け出せるかもしれない。そう 考えた時、ニールと特に仲の良い子達を誘おうと思った。  そうじゃなくて、とニールは言いかけた言葉を飲んだ。抜け出そうとの誘いには乗ってくれたし、 今出た名前はニールにくっついてマインと遊んでいた連中だ。マインからしたら村の中でも仲良しの 友達になるんだろう。その子達も一緒にと思うのが当たり前なのかもしれない。  それにみんなも一緒だから受けてくれた誘いだ。そうじゃなくて二人きりでと言うと断られて しまうかもしれない。それよりもみんなで行って更にその後で二人きりになる方法を探した方が 良いのかもしれない。  ニールはそう思いちらりとシガツを見た。  少なくともあいつの名前は出てこなかったのだから。 「ええっとそれじゃあ……。あっちの樹の陰なんてどうかな。会場の傍で灯りも届くし、だけど大人の 好きな酒類が置いてある場所からは離れてるからあんまり近づいて来ないと思うんだ」  そこまで言ってニールはふと、なぜマインはコソコソ人の少ない所へ行こうとしているのだろう、と 思った。  自分のように好きな子と二人でと思うならまだ分かる。だけど今回は仲良しの子達数人で、だ。 「そこで何するつもりなんだ?」  場合によっては別の場所にした方が良いかもしれないと思い、ニールは訊いてみた。 「うん、あのね……」  言いかけてマインはちらりと師匠の様子を伺った。大丈夫、キュリンギさん達とじゃれあってる ようだ。 「本当はソキも来たかったんだけど、師匠に反対されちゃって……。だからこっそり呼んじゃえって」  声を顰め、ニールの耳元で囁く。  マインの顔が近づけられ、ドキドキ意識しながらもニールは彼女の言葉を考えた。そして今度は 反対にニールがマインの耳元へと口を寄せる。 「だったら良い場所知ってるよ。来て」  ドキドキするシチュエーションだ。好きな女の子の耳元で秘密を囁くだなんて。しかもニールは 大胆にもマインに手を差し出してみた。 「暗いから、握って」  するとマインは素直に手を出してくれた。 「うん、ありがとう。けど、みんなは?」 「とりあえず場所を見てみて。それで良かったらみんなを連れて来よう」 「そっか。そだね」  心の中でニールはガッツポーズを決めた。これで行って帰って来るまでは二人きりだ。  ハッピーラッキーな気分でマインの手を握り秘密の場所へと行こうとした時、誰かがクイっと ニールの服を引っ張った。 「どこ行くの? ニール」  幼い声に振り返ると、そこにはチィロがいた。チィロはニールの取り巻きの中でも最年少の男の子だ。 特に何かの役に立つという事もなく、かといって迷惑をかける事もない。いつでもただニールの後を 追いかけてくる。  弟妹のいないニールは弟がいたらこんな感じなのかな、とちょっとお兄ちゃん気分で普段はチィロを かわいがっている。だが今は、はっきり言ってジャマだ。  けどだからと言って「どっか行ってろ」とは言えなかった。 「ちょうど良かった。チィロも一緒に行こう」  ニールの気持ちも知らずにマインは無邪気にチィロを誘った。やはりニールと二人きりで抜け出す 事を特に意識してないんだろう。でもだからこそ、これを機会に自分を異性として意識して、好きに なってもらえる方向に持っていきたかった。  どうにかマインに嫌われず、チィロをどこかへやる事は出来ないだろうか。  だけどあれこれ考えている間にみんながこちらに気づいてしまうかもしれない。そう思ったニールは、 チィロをどこかへやるのをあきらめ三人で行く事にした。

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