探索 その1  フィームが去った後、うなだれるカティルにシガツはかける言葉が無かった。  命が助かる為とはいえ、やはり大切な物を奪われれば悲しい。シガツは兄弟という 存在を知らないから、妹を亡くしたというカティルの痛みは想像するしかない。それでも 家族の形見と思えば、やはり手放したくなかった気持ちは分かる。 「仕方ないさ……。妹も許してくれる」  ポツリとカティルが呟く。  自分に言い聞かせるようなその声にシガツはズキリと胸を痛めた。  自分は何も出来なかった。だけど本当に自分は何も出来なかったのか?  カティルと違いシガツは風の塔で何年も風の精霊について学んできたのだ。もっと 上手く立ち回り、カティルの首飾りを渡さずに済む方法だってあったのではないか?  そんな思いがシガツの頭に渦巻く。 「オレが……。オレが取り返して来る」  気が付くとシガツは、そうカティルに告げていた。 「取り返して来るって、何を言ってるんだ。相手は精霊だぞ。無理に決まってる」  一瞬驚いた表情を見せたカティルだったが、すぐに優しい笑みを浮かべて言う。恐れ 知らずの子供を諭すように。 「精霊の恐ろしさは充分分かっています。それでも、こんなのはあんまりだ」  シガツの力ではあの精霊を改心させる事も倒す事も無理だろう。それでもなんとか 出し抜いて首飾りを取り戻す事くらいは出来るかもしれない。 「バカな事を考えるんじゃない。無茶な事をして坊主が怪我をしたら元も子もないだろう」  カティルはそう言ってくれるが、それでもシガツはどうにかしたかった。 「ソキ」  呼ぶと彼の精霊はすぐに傍へと舞い降りてきた。 「なに?」 「さっきの精霊、フィームの居場所は分かるか?」 「無茶だ坊主。オレなら本当に、もう諦めたから」  フィームに比べてソキは力が弱いからなのか、それともシガツを止める事に懸命で 気づいていないのか、カティルはソキに注意を払う事なくシガツに詰め寄る。だけど そんなカティルにシガツは力強く告げる。 「必ず取り戻して来ますから。待っていて下さい」  そう言ってシガツは自分の荷物を掴むとソキを連れてフィームの去っていった方へと 走り出した。  少しの間カティルはシガツ達を追いかけて来たが、荷物やロバが気になったのだろう、 シガツが止まる気がないと分かると諦めて戻って行った。  カティルの姿が見えなくなってからシガツは速度をゆるめ、それでも立ち止まる事なく ソキに尋ねる。 「こっちでいいのか?」  しかしソキは困ったように首を振った。 「シガツと一緒で、向こうに向かって行ったのは見てたけど、その後の事は分かんない。 ある程度近づけば気配を感じるけど、もうずっと遠くに行っちゃったみたい。今どこに いるのかは、分かんないよ」  ソキの言葉に半分がっかりしながら、それでもシガツは歩みを止めなかった。 「じゃあ、奴の居そうな場所は? 知り合いなんだろう?」  風の精霊は群れない。だから例えお互いを知っていたとしても居場所を知っている事は ほとんどない。それでもシガツは尋ねずにはいられなかった。 「フィームとは、ずーっと昔に一度会った事があるだけだよ。ソキがまだ小さい頃に コレクションを見せてもらった事があるの」  思い出しながらソキが言う。  精霊は人間よりもずっと長命な種族だ。だからシガツとそう変わらない歳に見える ソキでも、彼の倍以上の年月を過ごしているだろう。  そのソキが小さな頃と言ったのだからシガツが産まれる前の事に違いない。  そう考えるとかなり昔の情報に思えたが、今はそれに縋るしか術がない。 「そのコレクションを見せてもらった場所は、覚えてるか?」  コレクションというのだからそれなりの数はあるだろう。それを持ち歩くはずがない。 きっとどこかにまとめて置いてあるはず。  シガツはソキを見上げ、返事を待った。  ソキはシガツの質問にどう答えようかと迷った。  昔、フィームにコレクションを見せてもらった場所はなんとなく覚えている。だけど その場所を人間に教えたと知ったら、フィームは怒り狂うんじゃないだろうか?  風の精霊は気まぐれで人を殺す事も厭わないと言うが、同族である精霊を傷つける事も 厭わない。さすがに殺したりはしないけれど。  だからソキがシガツにその場所を教えたと知ればシガツを殺し、ソキをも傷つけるかも しれない。  そんな恐怖にどうしても口が堅くなる。  だけどシガツはお構いなしに言葉を続ける。 「覚えてるんだな? だったらその場所に案内してくれ」  じっとシガツに見つめられ、ソキは困りながら小さく息をついた。 「今もそこに置いているかどうか分かんないし、返してくれないと思うよ。それでも 行くの?」 「それは百も承知だ」  即答されてソキはシガツの言葉に従うしかないと諦めた。  運が良かったのか悪かったのか、記憶の中にあるフィームの隠れ家はそこから遠く なかった。 「あっちだよ。本当に行くの?」  遠くに見える山を指さしシガツに問う。 「もちろん行くさ」  そう言いシガツは歩き出す。このまま彼を連れて行っても取られた物を取り戻す前に 殺されてしまうに違いないのに。  ソキは戸惑いながらシガツの上を行ったり来たりした。 「どうやって取り戻すつもりなの?」  黙ったまま歩き続けるシガツにソキは恐る恐る尋ねてみた。 「それは……まだ分からない。だけど何か方法はあるはずだ」  言い切るシガツを見て、そういえば彼は風使いとしての知識があるのだという事を 思い出した。契約の指輪はとてもじゃないけど出来が良いとはいえない。だけどその 前段階の魔法の腕は確かだったように思う。  だったら少しでもフィームを出し抜く方法があるのかもしれない。  そう思うと少しは気持ちが軽くなった。  とはいえ、危険な事に変わりない。どうにかシガツが諦めてはくれないかと、オロオロ しながらソキは彼の上をくるくると回った。 「どっちの道だ?」  ふと、シガツが足を止めソキを見上げた。 「え?」  気が付くと彼は二股に分かれた道で立ち止まっている。 「あっちだよ?」  首を傾げながらソキは、道のない方向を指さした。  風の精霊は空を飛ぶ。そんな事は百も承知の筈だった。 「目的地に通じる道はどっちかって訊いてるんだ」  そんなシガツの質問に、ソキは困ったように首を振る。 「分かんない。ソキ、いつも飛んで行くからどの道とどの道が繋がってるかなんて気に した事ないもん」  そんなソキの言葉にシガツは愕然とした。契約した精霊が主に嘘をつく事はない。 という事はソキは本当に、どっちの道を行けばいいのか分からないのだ。 「空高く飛んで、どっちの道が目的地の方に向かってるか見えないか?」  シガツが言うと、ソキは素直にひゅうんと空に舞い上がり、二つの道の行き先を交互に 眺め始めた。ほんの少し、どちらの道の方にも飛んで行き、しばらく考えてからシガツの 元へと戻ってくる。  ハラハラしながらそんなソキを見ていたシガツは彼女の表情を見て眉を曇らせる。 「やっぱり分かんないよ。どっちの道もあっちとは違う方に行ってて途中からは木とか 山とかに隠れて見えなくなってるもん」  困ったように言うソキに、空から道なりに辿って調べてこいと言うべきか迷った。  だけど確かにどちらの道も目的地とは違う方向へ向かっていて、辿って調べてくるの には時間がかかるのではと思えた。  それなら、道のない場所でもまっすぐに向かった方が早いかもしれない。  そんな風に考えた事を後悔する事になるのだが、その時は気づかずシガツはソキに 告げた。 「分かった。じゃあ道がなくてもいい。目的地にまっすぐ案内してくれ」

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