探索 その2  シガツの命令にソキは記憶にある場所の方向へとまっすぐに飛び始めた。  少し行っては振り返り、待ち、少し行っては振り返って待つ。  人間の歩みは風の精霊が飛ぶのに比べて遅いという事は、重々知っていたつもりだった。  だけど思ってた以上に遅いシガツにソキは心配になって声を掛けた。 「どうしたの? さっきより歩くの遅いけど、疲れたの?」  ソキの声にシガツは顔を上げ、ギロリと彼女を睨む。 「疲れてるさ。けど、それより足場が悪いんだよっ」  先程までは誰もが通る踏み固められた道だったが、今歩いているのは荒れ放題の草原だ。 場所によっては自分の背丈ほどもある草をかき分けたり、突然足下がぬかるんだり デコボコしていたりで歩きにくい事この上ない。  だけど地面を歩く事がほとんどないソキには足場が悪いというのがどういう事なのか よく分からなかった。 「疲れたんなら、休む?」  それでも疲れたという感覚は風の精霊にもあるからそう提案する。だけどシガツは深く ため息をついてソキを見上げた。 「休むったって、どこで休むんだよ」  シガツの言葉にキョトンとする。さきカティルと一緒に食事をしていたのも草原だった。 そこでは座って休んでいたのに、どうしてここではダメなんだろう?  ソキが不思議そうにしているのを見て再びシガツがため息を付く。 「そこからじゃ見えないかもしれないけど、この辺り結構ぬかるんでるんだよ。こんな 所に座るなんて無理だし、それならもうちょっと良い場所まで歩くよ」  不機嫌そうに呟くシガツにソキはなんだか申し訳ない気がした。人間の事が好きで 興味はあるけれど、こういった事はやっぱりよく分からない。  しゅんとするソキに気づいたシガツは、少しばつが悪そうに声をかけた。 「別に、ソキのせいじゃないから」  八つ当たりして悪かったと言われたような気がして、ソキは少しだけ心がほっこりと した。 「ええっと。じゃあ、どんな所だったら休めそう?」  シガツに早く休んでほしくて、その場所を探そうとソキはふわりと先程までよりも高く 舞い上がる。 「そうだな……。ぬかるんでなくて、草も背丈が高くなくて……。腰掛けられる 切り株とか岩とかあると嬉しいかな」  シガツの言葉にソキはひとまず、草が少なく岩か切り株がある場所を探した。地面が ぬかるんでいるかどうかは空の上からではソキには判断出来なかった。  ふと、少し方向はずれるけれど草が少なくゴツゴツと岩が幾つか転がっている場所を 見つけ、ソキはそこへと降り立った。地面の様子を確認してみる。ぬかるんでいる ようには見えなかった。 「シガツーっ。ここ、岩あるよ」  シガツによく見えるよう、少し浮き上がり大きく手を振る。  そんなソキを見つけたシガツはほんの少し、ホッとしたような顔をした。  岩に上りその上に腰掛けるとシガツはホッと息を付いた。ドロドロになった靴を近くの 草をむしり取って拭こうかとも思ったが、どうせまたドロドロになる事を思うとその気も なくなった。 「目的地まで、あとどのくらいある?」  問いかけるとソキはそちらを仰ぎ見る。 「もうちょっとだよ。あの山ひとつ越えて、その次の山の中」  どこがもうちょっとだよと、げんなりする。それでも風の精霊であるソキにとっては もうちょっと飛んで行けば行ける距離なんだろうとため息をついた。  空を見上げ、太陽の位置を確認する。手前の山はそんなに高くないから越えるのに日が 暮れる事はないだろう。 「よし、じゃあ行こう」  いつまでもここに座り込んでいるわけにはいかないと、立ち上がり、山を目指す。 「もういいの?」  心配そうにシガツの上を飛ぶソキに「大丈夫」と彼は笑顔を向けてみせた。  歩きだし、再びその大変さにげんなりとする。  足下が悪くて苦戦したとはいえ、草原はまだ良かった。山に入った途端、その大変さは 倍にもなった。  何せ道案内をしているソキは目的地に向けてまっすぐに飛ぶ。人が通る道も獣道も スルーして、小川も崖も岩も、何があろうとも真っ直ぐに。  その度シガツは迂回路を探したり無理矢理がんばって通ったりした。当然すぐに体力は 尽き、くたくたになった。  ソキはというと、「そんなに大変なの?」とシガツの真似をして地面に足を着けて歩いて みたものの、真似は真似でしかなくシガツが足を滑らせながら登った坂道もスイスイと 登って行く。  そして思い出したように空高く舞い上がり、進む方向が間違っていないかを確認した。  そうこうしている内に、やがて二人は小さな道に出た。ちゃんと踏み固められた人間が 通っている道だ。  だけどそれを無視して外れて行こうとするソキをシガツは慌てて止めた。 「待てソキ。今日はもう、この道を行く」  意味が分からずキョトンとするソキに、シガツはため息をついて説明する。 「このまま道無き道を行っても体力を消耗して遭難するだけだ。ひとまず道沿いに行って 日が暮れる前に今日の寝場所を確保しよう」  例えこのまま今日中にフィームのコレクション置き場にたどり着けたとしても、 こんなに疲れていては何も出来そうにない。  それに勢いでここまで来てしまったが、万が一フィームと再び会った時、どう 対処するのかまだ考えてもいない。  元々フィームのコレクション置き場に行くのを渋っていたからか、今日は行かないと 聞いてソキはほっとしたような顔をした。 「じゃあ、どっちに行く?」  ソキの問いにシガツは登りの道を選んだ。せっかくここまで登ってきたのに、下るのは なんだか悔しかった。 「うん、分かった」  特に反対する事もなく、ソキはシガツと並んで歩き出した。  しばらく登ると、道の脇に小さな小屋を見つけた。何かの作業小屋か休憩小屋といった 感じだろうか。  シガツは空を見上げ、木々の間から太陽の位置を確認した。この小屋を通り過ぎれば 日が暮れるまでに泊まれそうな場所が見つかるかどうか分からない。 「とりあえずあの小屋に行ってみよう」  施錠してあれば諦めなければならないが、そうでなければその小屋を借りるつもりで シガツはそちらに向かった。  扉の前まで来るとノックをし「すみません」と声をかける。何度かそれを繰り返したが 返事は返って来なかった。  耳を澄ましてみても、人のいる気配は感じられない。誰もいないのか、とシガツは ため息を付きながら、それでもドアノブへと手を伸ばした。  ガチャリとドアが開く。  今小屋を出ているだけなのか、近々使う予定で鍵を開けていたのか。 「とりあえず入らさせてもらおう」  中へと入り、置いてあった椅子へと腰掛ける。  途端に安心したのか疲れがどっと出る。このまま立ち上がりたくなくなりそうだ。  うっかり居眠りしてしまう前にシガツは首を振り、それから室内を見渡した。  休憩用の小屋なのだろう、部屋の中にはあまり物は置かれていなかった。テーブルと 椅子が二つ。それから一段高くなった所は2〜3人がゴロ寝出来るようにマットが 置かれてあり、隅には毛布が畳んで置いてある。  ゆっくりと眠れそうな場所を見つけ、シガツはホッとした。  あとは何か口に入れる物が手に入れば最高なのだが。  例え小屋の中に食料があったとしても、さすがにそれに手をつけるのはためらわれた。 飢え死にしそうならば背に腹は替えられないだろうが、今はお腹が空いているとはいえ、 そこまでではない。  だけど水の一杯くらいならば構わないだろうと部屋の隅へと目を走らせた。だが残念 ながら水を溜めておくような瓶は見当たらなかった。  そしてそこでようやく、ソキが小屋に入ってきていない事に気づいた。  疑問に思いかけて、すぐに思い出す。風の精霊は室内等の風の吹かない場所を嫌う。 入って入れない事はないが、風使いが命令しない限り自分から入って来ようとはしない だろう。 「ソキ、いるか?」  窓を開け声をかけるとソキはすぐにふわりとやって来た。 「どうしたの? 小屋、使えなかった?」  首を傾げ、尋ねてくる。もしかして心配してくれているのだろうか。そういえば先程も 「疲れたの?」と訊いてきた。  風の精霊に心配されるとは思ってもみなかったシガツはなんだかむずがゆくなるのを 感じた。 「いや、大丈夫。ちゃんと使えるよ。ただ、喉が乾いたけど水が無いんだ。どこかで 汲んできてくれないか?」 「うん、分かった」  素直にそのまま飛んで行こうとするソキを慌てて止める。 「待った。えーと、この水筒に頼む。飲める、キレイな水だぞ」  荷物からすでに空になっていた水筒を取り出し、ソキに渡した。  素直なのは良い事だが、手ぶらで行ってどうやって水を汲んでくるつもりだったの だろうと思い、ソキがいなくなってからシガツはくすりと笑った。

前のページへ 一覧へ 次のページへ


inserted by FC2 system