方向転換 その2  やっぱりシガツは面白い。なんとなく言った事がヒントになってカティルの居場所が 分かったからといって、あんなふうに誉めてくれるなんて。  まだ幼い頃面倒をみてくれていた年長の精霊達から教わった風使いは、たいていが風の 精霊を道具の様に扱う者達ばかりだった。中には優しい人もいると一応は付け加えて 言っていたが、それはかなり珍しいとも言っていた。  だから年若く、力の弱い内はあまり人里に近づくな。  いつもそう注意されていた。  だけど人間は風使いばかりじゃない。  元から人間に興味のあったソキは年長者の言葉も忘れて近くから遠くから人間達を 見てきた。 「カティルが了承してくれたら、一緒にこの間の近辺に行くつもりだ。その時フィームが 近くにいるかどうか知りたいから、頼むな」  カティルの住む村に向かいながらシガツがそう言う。命令すれば良い事なのに「頼む」 なんて言い方、やっぱりシガツは面白い。 「うん。フィームが近くにいたら、教えるね」  シガツがどうやってカティルの首飾りを取り戻すつもりなのかは分からないけれど、 本当はこれ以上フィームに関わってほしくなかった。だけどシガツは意見を変えない だろう。  だったら後はもう、フィームに酷い事をされないよう祈るだけだ。  てくてくと歩くシガツの後ろ姿をそっと見守りながらソキはふわりと浮き上がった。  カティルと再会したのは村に着く前だった。彼の住む村へと続く細い道を歩いている 途中で、偶然にも出会った。カティルは村の代表で街への買い出しを請け負っている らしく、再び街へと行く途中だった。 「ボウズ、無事だったのか!」  シガツの姿を見つけた途端、驚きながらカティルは駆け寄ってきた。 「すみません、まだ首飾りは取り戻せてないんです」  謝るシガツにカティルは首を振る。 「いや、無事で何より。というかその事はもう忘れて故郷に帰れ」 「そういう訳にはいきません」  カティルがシガツの為を思って言ってくれているのは分かった。だけどやはり、自分が もう少ししっかりしていれば首飾りを奪われずに済んだのではと思うと何とかしたかった。 「首飾りを取り戻す良い方法を聞いたんです。ただそれには貴方の協力も必要なんです。 一緒に来てもらえますか?」  シガツの言葉にカティルの心が一瞬揺れ動いたのが見て取れた。だけどすぐに彼は 口元を引き締め、言う。 「いや、ダメだ。オレはもうその事はスッパリと諦めた。だからボウズ、お前もその事は 忘れて田舎に帰れ」 「でも……」 「物なんかなくてもオレにはちゃんと思い出がある。だから平気だ」  会わなかった数日の間に気持ちの整理をつけてしまったのだろうか、シガツに向けた 笑顔に嘘はないように思えた。  だけど先程の動揺も嘘ではない。心の奥底では手元に戻ってきて欲しいに違いない。  しかしこんな風に言われてはもう協力は仰げないだろう。  やはりカティル抜きで取り戻すしかないのか。  女性から教わった方法は奪われた本人が行動してこそ効果がある。だけどなんとか カティル抜きでやるしかない。  そんな事を考えている時だった。突然耳元でソキの囁く声がした。 「シガツ」  驚いて振り向くが、そこにソキの姿はない。 「フィームが近くにいるよ。まだこっちには気づいてないけど」  再び聞こえる、ソキの囁き。ふと遠くの樹の上に目をやると、そこにソキの姿が見えた。  風で声を飛ばしているのか。  風の精霊の能力のひとつだ。シガツは風の塔で習った事を思い出し、納得する。  フィームが近くにいるのか。  チャンスだと思うと同時にタイミングが悪いとも思う。まだカティルには取り戻す 方法を伝えていない。そもそもカティルは協力しないと言っている。  だけど上手く誘導すればフィームから首飾りを取り戻せるかもしれない。  緊張で手のひらに汗がじわりと滲む。 「どうしたボウズ?」  様子のおかしくなったシガツに気づき、カティルが心配して声をかけてくる。  シガツはゴクリと息をのみ、カティルを見た。  もうすぐカティルの村に着くからと、ソキはシガツから離れ人間から見えにくいよう 空の上へと上がった。  それからすぐにシガツが男性と出会い話しかけるのを見てソキはほっとした。  カティルだった。  だけど同時に不安にもなる。カティルが見つかったらシガツは首飾りを取り戻す為に フィームと対峙するだろう。  そんなソキの不安を更に煽るように遠くからフィームの気配を感じた。まだとても 遠くだけれど、間違いない。  こちらへ向かって来ているわけではないようだから、まだ余裕はある。  ソキは気持ちを静めながら声を風に乗せシガツへと送った。 「シガツ」  するとシガツは驚いた様に振り向き、キョロキョロと辺りを見回した。  そういえば風で声を送るのは初めてだったっけと思いつつ、続けて小さな声を送る。 「フィームが近くにいるよ。まだ、こっちには気づいてないけど」  ふわりと近くの樹の上に舞い降りると、気づいたのかシガツがこちらを見た。  ソキが言葉を送ったのだと気づいたのだろう。神妙な面持ちになってじっとソキの方を 見ている。  これからどうなってしまうんだろうと思うと胸がドキドキした。  目を閉じ、もう一度フィームの気配を探る。こちらへ近づいてくる様子はないから、 まだシガツ達には気づいていないだろう。  目を閉じるとシガツが口を開いているのが見えた。慌てて言葉を風で拾う。 「……の声が届くくらい近くまで来たら、もう一度教えてくれ」  シガツの小さな囁き。出だしは聞き逃してしまったけれど、意味は充分理解出来た。  シガツの声がフィームに届くくらい近くに来たら、知らせる。  ドキドキしながらソキはフィームがやって来るのを待った。

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