せっかくだからレース糸で魔方陣を編んでみる事にした。 その4  商人さんが帰った後、急にクロモが頭を下げた。 「その、急にすまないっ」  今更恥ずかしくなったのか、クロモの顔は真っ赤だ。 「ううん。大丈夫。ちゃんと新婚さんに見せる為の演技ってのは分かってるから。あの 商人さんに疑われないようにしたんでしょ? それに、びっくりはしたけどなんていうか、 嫌、じゃなかったから……」  真っ赤になりながら、わたしも言う。 「そうじゃなくてっ……」  クロモが慌てて訂正した。 「そうではなく、その……。演技ではなく、オレの瞳と髪の色のネックレスを選んで くれて、それを身に着けたキミがその……とても愛らしくて……。気が付いたらキスを していた」 「え……? ええええっ!」  恥ずかしそうに告げるクロモの言葉にびっくりしてしまう。 「や、え? あの……。演技じゃなくて? え?」  びっくりしすぎていつもみたいに言葉が出てこない。 「え? だって。え?」  混乱するわたしに、真っ赤な顔をしながらもクロモが笑みを浮かべる。 「嫌じゃなかったのなら、良かった……」  はにかみながらの王子様スマイル。反則だよクロモ。それ反則。そんな顔見せられたら、 落ちちゃうよ……。 「……うん。その…嫌じゃないよ。……クロモなら、嫌じゃない」  精一杯の思いで告げる。  クロモはそんなわたしの言葉にますます顔を赤くした。  お互い真っ赤な顔のまま、クロモは仕事部屋へ、わたしも自分の部屋へと戻る。  なんかもう、ドキドキが治まらなくって悶えちゃうよ。  ちょっと落ち着こう、うん。  ふと机の上にレース編みの道具や本が置きっぱなしになってるのに気づいて慌てた。  危ない危ない。もし誰かが勝手にこの部屋に入って来てたらこれ見られちゃうトコ だったよ。  とは言ってもこれまで勝手に入ってこの部屋に入って来たのはお姉さんとあのおじさん くらいのものだったけど。  お姉さんはもうわたしが別の世界から来たって知ってるし、最近おじさんはここには 来なくなったし。  人の部屋に勝手に押し入る人なんてそうそういないだろうから、まあいっかとベッドに 座ってレース編みの道具を手に取った。  何を編もうかと本を見ようとして、クロモが持ってきてくれた魔方陣の描かれた本も 一緒に置いたままだった事を思い出した。  ペラリと捲って丁寧に手書きされたその図を見る。  最初の辺りのものは本当に基本になるような魔方陣なんだろう。初心者のわたしでも すぐに編めそうな簡単なものだった。 「えーと。まずは鎖編みかな」  編み図みたいに記号じゃなく、編んだものをそのまま写してある絵だから、目数とか ちょっと分かりにくい部分もあるけど、じっくり見ればなんとか分かる。  だからわたしはゆっくりと、そのレースを編むことにした。  夕食の時間、クロモお手製のパンをちぎりながらわたしは口を開いた。 「今ね、クロモに借りた魔方陣の本を見てレースを編んでみてるの。最初の辺りに 載ってた簡単なやつなんだけど。でもホラ、わたしの世界って編み図は記号化してたじゃ ない? だからそれ見て編む方に慣れてて。とはいえ慣れてるって言ってもわたしまだ 初心者だからそもそも編むのそんなに早くないし。だからね、編みあがるのもうちょっと 時間がかかると思うんだ。だからあの本、もうちょっと借りたままでいいかな?」  わたしの言葉にクロモは目を細めて笑う。 「気に入ったなら、やるよ」  そう、ポツリと言う。 「え? や、それはダメだよ。だってこれクロモが書いた大切な魔法書でしょ? 思い出 だっていっぱい詰まってるだろうし、本当はレースの本じゃなくて魔法の本なんだから、 やっぱり魔法が使える人が持ってた方が良いだろうし。それにこんな風に初心者用の 魔法から丁寧に書いてるって事は、将来子供が出来た時にその子に渡したいから書いたん じゃないの? だったらそんな大切な本、レースを編むためになんて貰えないよ」  慌ててわたしがそう言うと、クロモはちょっと首を傾げてから再びにこりと笑った。 「それじゃあ、子供が産まれてその子が魔法の勉強を始めるまで君にその本を預けておく。 それならいいだろう?」  いつものクロモの王子様スマイル。最近だいぶ慣れてきたと思ってたけど、やっぱり ドキドキする。 「うん。そうだね。じゃあそれまでの間、借りとくよ。ありがとう。大切に使わさせて もらうね」  頬が火照るのを感じながらわたしはそっと俯いた。

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