せっかくだからレース糸で魔方陣を編んでみる事にした。 その7  お姉さんはわたしの胸元のネックレスを見てニマニマとしている。それが恥ずかしい のかクロモはフードを被ったままプイと横を向いてしまっている。  わたしはというと。 「あの、お姉さん。とりあえずこれはお返しします。さすがにこれはちょっと……。 着ないと思うし恥ずかしいし。せっかく頂いた物を付き返すのは失礼かもしれないです けど、ごめんなさい。持って帰って下さい」  例の寝間着をお姉さんへと差し出す。だけどお姉さんはニッコリ笑ってそれを 受け取ってくれない。 「これ、わたしにはサイズが合わないのよね。誘惑云々はともかく、良かったら普通に ネグリジェとして使ってちょうだい」  そう言われてもう一度その寝間着を見てみる。元の世界の事を考えれば、ちょっと 薄手だけど普通にカワイイワンピースに見えなくもない。たぶん着るのに、そこまで 抵抗はない。 「今もクロモとは寝室は別々なんでしょう? だったら見られる心配もないじゃない。 もちろんわたしとしてはそれを着てクロモちゃんのベッドに潜り込んでくれたら嬉しいん だけど」  茶目っ気たっぷりにそう言われ、また顔が熱くなる。 「姉さん!」  黙ってられなかったクロモのひと言をお姉さんは「はいはい」と軽く受け流す。 「まあ正直言って持って帰るの面倒なのよ。持って帰っても使えないし。だから貰って ちょうだい」  有無を言わせぬ笑顔で言われたらもう、「はい」と頷くしかなかった。  まあ、無理に着る事ないんだし、衣装箱の中にしまっとこう。  貰った寝間着を自分の部屋にしまって戻ってくると、お姉さんはパッとわたしを 振り返った。 「この魔方陣、妹ちゃんが編んだんですって?」  目の前に突き出してきたのは、わたしが編んだレース。 「あ、はい……」 「すごいわ。魔方陣を編めるようになるには普通何ヶ月もかかるのに、魔法の無い 世界から来てこんなに早く編めるようになるなんて!」  嬉しそうに興奮した様子でお姉さんは言うけれど。 「あの、それ魔方陣じゃないんです。クロモの魔法書を参考にして編んだから、魔方陣と 同じ形はしていますけど。わたしの世界にレース編みっていうのがあって、それが 魔方陣とすごく似てるんです。といっても魔法とかじゃなくて、そのキレイな模様を 活かして飾りにするんですけど。それで魔方陣の形もキレイだから編んでみたんです。 それで魔法になったら楽しいなーとは思ったけど、クロモに魔力流してもらっても 魔法にはならなかったんです」  一気にまくしたてるわたしにお姉さんはキョトンとしている。けど、すぐににこりと 笑った。 「でも、編み方は同じなんでしょう? しかも普通の糸を使ってこんなに細かく。 やっぱりすごいわ」  魔法を使う人からしたら、そう思うんだろうか? 「だけど魔法にならなかったってのは残念ね」  じっとレースを眺めながらお姉さんが言う。そして「あら」と何かに気づいてレースの 一部分をじっと見つめた。 「やっぱり。ここ、綴りが間違ってるわ」 「え?」  差された部分をよくよく見ると、ホントだ。目数が間違ってる。 「次の段に影響しない部分だから、気が付かなかった。てことは、ちゃんと編みなおし たらもしかして魔法になったりするのかな」 「試してみましょう!」  魔法になったら嬉しいなってわたしも思ってるけど、それ以上にわくわくと期待された 目をお姉さんに向けられて、わたしはちょっと戸惑った。 「姉さん。これ一つ編むのに何日も掛かったんだ。今すぐ直せと言ってもそれは無理だ」  わたしをかばうようにクロモが言ってくれる。 「何日も? ……ああ、そうですわね。これはただの糸で魔力を使うわけではないから、 途中で中断しても消えたり維持するために魔力を消耗する事はないのでしたわね」  何かに納得したように頷き、息をつく。  全然わたしがすごくないっての、分かってくれたかな。魔法みたいに出来上がるまで 手が離せないわけじゃないから、時間は掛かるけど集中力の続くちょっとの間だけ 編むってのが出来るもんね。 「でもだとしたら、ますます魔法になれば素晴らしいですわ」 「姉さんもそう思うか? もし成功すれば魔法の歴史が変わるよな」  お姉さんの言葉に珍しくクロモも目をキラキラさせながら同意する。 「え? え? 何が?」  ひとり訳が分からず頭の上にクエスチョンマークが並んだ。 「この世界にはね、魔力を持っている人はたくさんいるけれど、それを正確に編む事が 出来る人はごく一部なのよ」  お姉さんはにっこり笑うと魔力の光の糸をしゅるんと目の前に出してみせた。 「こんな風に魔力を細い糸状に出来ない人も中にはいるわ。だからせっかく魔力を持って いるのに魔法が使えない人が多いのよ」  うーん。それはもったいないかも。せっかく家に電気が通ってるのに、電化製品を 一つも持ってないみたいなもんだよね。 「だがこれが成功すれば、魔方陣を編めない者も魔力を注ぐことが出来れば魔法が使える ようになる」  わくわくした顔でクロモが言う。 「そういえばさっきもそんな事、クロモが言ってたっけ」  自分じゃ電化製品作れないから、買って来るみたいな感じなのかな? ちょっと違う 気もするけど。 「んーと、とにかく。間違ってるトコ編みなおしたらいいんだよね。分かった。 がんばって編み直すよ。間違ってた場所は……ここか。だったらたぶん、二、三日で 編み直せると思う」 「では三日後にまた来ますわ。上手くいくかどうか、ドキドキしますわね」  ニコリとお姉さんが笑う。 「ああ。ぜひ上手くいってほしい」  クロモにキラッキラの期待の瞳を向けられて、わたしの胸がドキンと大きく波打った。

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