お姫様がやってくる その3  約束の日、朝早くに師匠は弟子達とソキを呼び出した。  村の子達と会う前に打ち合わせをしておきたいと思ったのだ。 「もお、師匠ったら。そんなに何回も言わなくても分かってるってば」  良いと言うまでソキをみんなに会わせないようにと言う師匠に、マインは軽く拗ねたように言う。 だけど何せマインには前科がある。  もう一度エルダは弟子達に言い聞かせてから、村へと行く準備を始めた。  エルダとマインとシガツ、三人並んで村へと向かう。途中まではその上にソキも飛んで付いて 来ている。 「今日はみんなで何して遊ぼうか」  にこにことマインはみんなで出来る遊びを考え始める。 「ね、シガツは何がいい?」  ソキは風の精霊だから人間の遊びなんて知らないだろうとマインはシガツに尋ねた。だけどシガツも 「うーん」と悩むように頭を捻って、それから困ったように笑顔を作った。 「実はオレ、あんまり大人数で遊ぶ機会がなかったんだよね。ここに来る前はソキと二人で旅してたし、 その前は風の塔での修業に夢中で遊ぶ時も魔法関係で遊んでたし。その前はあまり同年代の子と遊ぶ 事がなかったからなぁ……」 「え? そうなの?」  てっきりシガツは友達が多いだろうと思っていたマインは意外に思った。風の塔時代はともかく、 家にいた頃も友達と遊んでなかったなんて……。 「どんな遊びがあるの?」  話を聞いていたソキが、上から声をかけてくる。  遠目に子供達が遊んでいるのを見た事は何度もあるけれど、実際に一緒に遊んだ事はなかったから 詳しい遊び方は知らなかった。  そんなソキやシガツに説明しようとマインは「うーんと……」と色んな遊びを思い巡らす。 「わたしが好きなのは『花の輪』とか『円結界』かな」  知らない遊びにわくわくとシガツもソキもマインを見る。  普段はシガツに教えられてばかりなのに遊びとはいえシガツに教える立場になったマインは、 なんだかお姉さんになったみたいでむず痒く感じた。 「『花の輪』はね、人間と花人の二つに別れて遊ぶ遊びでね……」  道々説明しながら歩いていると、ふと師匠が子供達に声をかけてきた。 「誰かがこちらにやって来るようですよ」  わざわざ誰か迎えに来てくれたのだろうか?  目を凝らすとエマが、こちらへと駆けて来ていた。 「すみません、星見の塔の魔法使い」  息を切らしながらエマが呼び掛けてくる。 「どうしたんですか? 何かあったのですか?」  これはただのお迎えではないと気づき、エルダもエマへと駆け寄った。  エマは無事に彼らと合流出来た事にホッと笑顔になった。 「すみません。今日の予定は中止になりました。それで、大切な会合を開くことになったので星見の 塔の魔法使いも参加して下さいって事です」  エマの笑顔と内容に緊急の要件ではないと悟り、エルダもホッとした。  とはいえ、エルダが村の会合に呼ばれるのは珍しい。彼は基本、村の運営には携わらない。だから 魔法使いが必要と思われた時だけ村長かキュリンギが相談にやって来るというのが常だった。  いったい何があったんだろう。  そう思いながらもエルダは弟子達を振り返った。 「そういう事ですので、今日は家に帰っていなさい」  その言葉に当然の様に「えーっ」と文句の悲鳴を上げるのは、マインだ。 「なんで? 呼ばれてるのは師匠だけじゃん。わたし達はみんなと遊んでてもいいでしょ?」  口をとがらせ言うけれど、それに答えたのはエマだった。 「ごめんねマイン。わたしとニールも呼ばれているの。イムとチィロにも今日は中止って伝え ちゃったし」  師匠相手ならマインも粘ってごねてみせるけれど、エマを相手にそんな態度は見せられない。 「そっか、残念……」  しゅんと俯き、そう言うしかなかった。  余程楽しみにしていたのだろう。しゅんとしたままトボトボと帰るマインを見ているとシガツは なんだか可哀そうになった。 「マイン。帰ったらさっきの遊び、もう一度教えてくれないかな。ホラ、聞いただけじゃ分かりにくい から実際に遊びながら覚えたいんだけど。そしたら今度みんなで遊ぶ時、教わる手間も省けるし」  シガツの言葉にマインはパッと顔を上げた。 「それとも三人じゃ遊ぶの無理かな?」 「そんな事ない。そりゃ、もうちょっと人数多い方が面白いんだけど、三人でも遊べない遊びじゃ ないよ」  慌てて告げるマインにシガツはにこりと笑顔を向けた。するとなぜだかマインの顔に、ポッと熱が 灯った。  な、なんで。  顔が赤くなった事に気づいてマインは慌ててブンブンと首を振る。 「マイン?」  不思議そうにシガツとソキが彼女を見ているのが分かる。 「うん。じゃあどっちから遊ぶ?」  誤魔化すように笑みを浮かべてマインは二人にそう尋ねた。  ひとまず三人で『花の輪』を遊んでみる事にした。 「地面が土の時は直接棒とかで輪を描くんだけど、ここみたいに草原の時はロープとかで輪っかを 作るの」  言いながらマインは家から持ち出したロープで、二、三人は入れる輪っかを地面に作る。 「輪っかの大きさは遊ぶ人の人数によって変わるよ。花人役の人数もね。今日は三人だから一人が 花人で二人が人間ね」  言いながらすぐ近くの草を抜き、クジを作る。 「先っぽに花のつぼみが付いてる人が花人。何にもない人が人間だよ。はい、どれがいい?」  つぼみの部分を手に握りこみ、何度か混ぜた後茎の部分をシガツとソキに差し出す。 「じゃあこれ」 「ソキはこっち」 「じゃあ残ったのがわたしね」  それぞれ選んだクジを持ち、せーのでそれを引き抜く。  マインはこの花クジの瞬間も好きだった。花人が当たるかもしれないドキドキと、今から遊びが 始まるという合図のワクワク。 「せーの」 「あ、マインのに花が付いてる」 「じゃあマインが花人か」  花人は、この地方に伝わるお伽噺に出てくる妖精で、気に入った人間を『花の輪』と呼ばれる場所に 連れて行きそのまま妖精界へと連れて行ってしまうと言われている。妖精界へ入った人間は自力で元の 世界へは帰れない。こちら側にいる人間が花人に見つからず自力で『花の輪』を探し出しそこに映る 影を引っ張り出す事が出来れば、帰る事が出来ると言われている。  『花の輪』という遊びはそのお伽噺を模した遊びだ。  花人にタッチされた人間は輪の中に入れられ輪から出てはいけない。外にいる人間と手をつないだ 時だけ出られる。  だから誰かが捕まれば捕まっていない人は助けに行くのだけれど、当然そこを狙って花人も タッチしに来る。  全員捕まればまた花クジで花人を決めて遊ぶし、あんまり長い事同じ人が花人をやっている時には 誰かが「そろそろ花人変えるか別の遊びしよう」と言い出す。  どちらが勝った負けたという遊びではなく、お互いに駆け引きを楽しむ遊びだ。 「じゃあ十数える間に走って逃げてね」  そう言いマインは数を数えようとする。けど、それにシガツが待ったをかけた。 「ちょっと待って。その前にちょっと確認と取り決めをしとかなかきゃ」  そう言ってシガツはソキを見る。 「ソキ。宙に浮かばず、走る事は出来る?」  ソキは不思議そうな顔をしながらもシガツの質問に「うん」と答えた。 「じゃあソキは宙を飛ぶのは無しだよ。いい?」  風の精霊の飛ぶ速さはとてもじゃないけど人間の足では追いつけない。それに空高く飛ばれて しまえば手の届きようもない。  それでは遊びが破綻してしまう。  シガツの意図が通じたソキは「わかった」とにこりと笑った。  『花の輪』は単純だけどなかなか面白い遊びだった。ソキも記憶喪失の時に無意識に人間のフリが 出来ただけあって、約束通り宙に浮くことなく地面を駆けた。  それでもやはり、風の精霊は身軽なせいか、マインは一度も追いつくことが出来なかった。  反対にシガツは何度か捕まり輪の中に入った。  別にシガツの足が遅いというわけではない。捕まりそうなところを逃げたり捕まった人を助けたり 助けられたりがこの遊びの面白いところだと、ギリギリまでマインを引き寄せて逃げたりしてたからだ。  みんな息を切らし、そろそろ休憩にしようかと思った頃、師匠が帰ってきた。 「お帰りなさい、師匠」  思い切り遊んだおかげで満面の笑みを浮かべる弟子達に、魔法使いは少し心癒された。  師匠の顔が疲れている事に気づいたシガツは心配そうに尋ねた。 「何か難しい話し合いだったんですか?」 「ああいえ。難しい話ではないんです。少し前に村の方に御領主様の使いが視察に来るという話が 来ていたらしいのですが、昨日になってその使いの方がどうも御領主様のお姫様らしいと分かったん ですよ。こんな田舎の村にお姫様が来るとは思っていなかったので、みんな大慌てでしてね……」  師匠の話にシガツの顔が心なしか青ざめた。 「それじゃあその日は、出歩かず大人しく部屋にいますね」  そうボソリと呟く。だけどマインは「えーっ」と不服そうな声を上げた。 「お姫様見に行きたーい。きっと村総出でお出迎えとかするんでしょ? だったらわたし達も行こうよ」  こんな田舎の小さな村に視察の人が来るなんて滅多にない。それがお姫様ともなると尚更だ。  領主の館がある街やそこに近い村の人達ならお姫様の顔を見る機会もあるんだろうけど、この村に いる限りこれを逃すと二度とお目にかかれないかもしれない。 「ええ。村総出でお出迎え、しますよ。だからマイン、ただ見に行くのではなく、私達にも役割が あるんです」  師匠の言葉にマインの心は浮き立った。  どんな役割があるのかは分かんないけど、お姫様を見に行ける!  だけどマインと反対に師匠やシガツは難しい顔をしている。 「役割……。オレ達は何をするんですか?」  シガツが質問するとマインもサッと師匠の顔を見た。弟子達に注目され、エルダは咳ばらいをし 背筋を伸ばす。 「こんな田舎の村ですから、お姫様を歓迎すると言っても歌と踊りくらいしか出来ないという話に なったのですが、せっかく魔法使いがいるのなら何か出来ないかと言われたのです。お姫様に危険が なく喜んでもらえる事と考えた結果、子供達が撒く花を風に乗せて降らせるという事になりました」 「素敵!」  たくさんの綺麗な花々が空から降る様子を思い浮かべ、マインは手を合わせ感嘆した。  だけどシガツはまだ難しい顔のままだ。 「花びらではなく、花ですか?」  花の種類にもよるかもしれないが、見栄えのしそうな花と考えると意外に重さがありそうだ。茎の 硬い花の場合、万が一当たった時に肌を傷つけてしまうかもしれない。 「その辺りはまだきちんと詰めていませんが、花を集めるのは村の子供達の役目のようですから おそらく花のままになるでしょう」  シガツの危惧に師匠も気づいてはいるのだろう。後日そのあたりの打ち合わせもちゃんとすると 告げた。 「お姫様、きっと喜ぶね」  空から花が降る様を思い浮かべ、マインはうっとりした。以前ソキと似たような事をして遊んだ。 二人でたくさん花を摘んで、ソキに風で舞い上げてもらった。そこまで空高くではなかったし、 たくさんといっても二人で摘める花の数なんて知れてるけど、それでも花の舞う姿はとても綺麗だった。  それをもっとたくさんの花を、もっと空高くからと考えるだけでもうっとりしてしまう。 「まあとにかく、明日から魔法で花を飛ばす練習になりますので、覚悟しておいて下さいね」

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