お姫様がやってくる その4  花を降らせる魔法は、やはりというか苦労した。  村長達はともかく、あまりたくさんの人数がお姫様に近づくのは良くないだろうと、少し離れた 場所から花を降らせることになった。  マインとしてはお姫様の上に花を降らせた方が絶対に喜ぶと思ったのだが、シガツの言う通り 万が一にでも花の茎とかでお姫様の顔にでも傷がつけば、大問題だ。だからお姫様には当たらない、 けれど出来るだけ近くに降らせるという事に決まった。  だからその距離感を掴むためにソキをお姫様に見立てて三人は魔法の練習をしてみたのだが。 「……やはりコントロールが難しいですね……」  本来弟子達に見本を見せなければならないエルダが眉をしかめ呟く。 「自然の風の流れにも多少影響されちゃいますよね……」  シガツが空を見上げ、雲の動きを見た。 「そうですね。……場合によってはお姫様を守る魔法を掛ける事を考えた方が良いのかもしれませんね」  護衛に付いて来ている者の中にガードの魔法を使える者がいれば、そこまでする必要はないのかも しれないが。  そんな事を考えている師匠やシガツを余所に、マインはぷうっと頬を膨らませ、花を空へと放った。 そしてもう一度魔法で風を吹かせてみる。  だけどマインの魔法の風は上手く花を捉える事が出来ず、花はポトリと地面に落ちた。 「もー。どうやったら花が飛ぶの?」  師匠もシガツも微妙なコントロールが出来ていないとはいえ、花を空高く飛ばす事には成功している。 だけどマインはそれさえ出来ずにいた。 「魔法だと、そんなに難しい?」  首を捻ったソキが、フワリと風を吹かせる。  さすがは風の精霊と言ったところか、地面に落ちていた花々を一気に空に舞い上げ、狙った場所へと フワフワと花を降らせる。  さっきまで出来ないと拗ねていた事も忘れ、マインはその美しい光景に見惚れた。シガツとエルダも 考えるのをやめ、降る花々に見入った。 「ねぇ、ソキにも手伝ってもらおうよ」  これだけ完璧に出来るのだから、ソキにやってもらった方がお姫様を喜ばせる事が出来る。そう 考えてマインは提案するけれど。 「いえ。それは止めておいた方が良いでしょう」  師匠はゆっくりと首を横に振った。 「確かにソキならば理想の形で花を降らせる事も可能でしょう。しかし考えてもごらんなさい。村の 人達の中にだって未だ彼女を恐れている人もいるんですよ。風の精霊がやったと知ってお姫様が怯えて しまったらどうするんですか。御領主様がお怒りになって大変な罰を与えられる可能性だってあるん ですよ」  師匠の言葉にシガツはそうかもなと頷いた。領主と領民である村人は決して敵ではない。どちらかと いうと家族のような存在ではないだろうか。  それでも領主だって人間だ。本当の娘が恐ろしい目に合えば、当然そう仕向けた者達を罰しようと するだろう。  特にここの領主は一人娘である彼女をとてもかわいがっている。それを知っているシガツはそう なりかねないと思っていた。  だけどマインは不満いっぱいだった。  ソキがお姫様に危害を加えるはずないんだから、ちゃんと話せば分かってもらえるはず。村の みんなだってちょっとずつソキの事分かってくれてるんだから。 「ちゃんとお姫様にソキは風の精霊だけど友達だから怖くないって説明して、それからソキが花を 飛ばしますって言えば大丈夫だよ」  春の夜祭りの時はみんなに精霊だと説明し忘れて怖がらせてしまったけど、ちゃんと今度は忘れずに 言う。そうすればお姫様だって怖がったりはしないはず。  マインはそう師匠に訴えるけど、エルダは頑として首を縦に振らない。 「マイン。ソキも、お姫様の前に出るのはちょっと……」  しまいにはソキまでそう言いだした。  がっくりと項垂れるマインを慰めるように彼女の肩をポンと叩くシガツ。 「とにかくオレ達で頑張ろう」  そう言われて渋々マインは諦めたのだった。  本当の事を言えばソキだって、みんなと一緒にお姫様を喜ばせたかった。  大変だ大変だと言いながらも村のみんなもここのみんなも楽しそうにお姫様を迎える準備をしている。 ソキも一緒に手伝っているけれど、本番は姿を隠しておかなければいけないと思うと、やっぱり ちょっと淋しい。  そんなソキの淋しそうな顔に気が付いたのか、シガツが声をかけてきた。 「本番でソキにやってもらうわけにはいかないけど、ソキにコツを教わって練習するってのはありだと 思うんだ」  それを聞いたエルダが「ふむ」と考えるように顎に手を当てる。 「風の精霊は魔法とは違う力で風を起こしていると思うのですが……」  それは間違いではなかった。風の精霊にとって風を吹かすのは手足を動かすのと一緒で、 「どうやって?」と問われても「こうやって」と実際に風を吹かせて見せるだけで、説明なんて 出来ない。 「あ、いえ。風そのものの吹かせ方を教わるんじゃなくて、どんなふうに風を吹かせたらあんなふうに 綺麗に花を降らせられるのかを……」  言ってる意味が分かるだろうかとシガツはソキを見た。ソキは首を傾げ、シガツの言葉を考えている。  シガツもちょっと考え、ソキに言う。 「今からちょっとやってみるから、ソキのやったのとどう違うのか見てて」  落ちていた花を手に取り呪文を唱えて空へと飛ばしてみせた。ソキだけでなく、師匠やマインも それをじっと見ている。  地面に花が落ちるのを見届けて、今度はソキがふわりと風で花を飛ばした。 「うんとね、シガツのはなんていうか、ポーンって感じなの。そうじゃなくてね、こうフワッて してるの」  自分なりに感じた事をソキは口にする。だけどそれはあまりに抽象的で要領を得ない。 「風の力弱くしちゃったら、空高くまで飛ばないよ?」  言いながらマインが試してみる。そもそも空高くまで飛ばす事の出来なかったマインの魔法は風を 弱くした事でほとんど花を浮かせなかった。  それを見てソキは首を振った。 「そうじゃないの。風を弱くするんじゃなくてね……」  どう説明したら分かってもらえるだろうかと考える。そして思いたったようにソキは花をひとつ 拾いあげた。 「あのね、マインの風はこんな感じなの」  左手で持った花を放すと同時に、広げた右手の指先でポンと上へとはじいてみせる。花はほんの 少し上へと飛んだものの、すぐに下へと落ちてしまう。 「シガツとししょーのはこんな感じね」  先程と同じように、だけど今度は手のひらで受けてポンと花を叩き上げる。 「でね、ソキのはこうなの」  今度は手のひらに花を乗せたまま、ソキは手を空へと伸ばした。そして花を手のひらから離す事なく そのまま下へと降ろす。 「分かるかな?」 「そうか。花が落ちるまで風は吹かせ続けとかなきゃいけないのか」 「え?」  ソキの説明にシガツは納得して頷いた。だけどマインはわけが分からない顔をしている。 「今の説明は、ソキの手が風を表してたんですよ」  理解出来てない弟子の為にエルダが説明を加える。 「師匠やオレ達も、同じ魔法の呪文だろ。その呪文で起こした風がソキから言えばこうなんだ」  シガツは花を手に持つと、ソキと同じようにポンとその花をはじいて飛ばした。 「ただマインの場合、ちょっと狙いがズレちゃってるからソキがさっき言ったみたいにこう なっちゃうんだ」  手の真ん中ではなくはしで花を捉えたのを見て、マインはやっとなんとなく分かった。 「そっか。狙いが少しズレてるんだ」  目に見えるわけではない風をコントロールするのはなんて難しいんだろう。ただ正確に呪文を 唱えれば良いだけではないなんて。 「しかしソキの言うような風を起こすには呪文そのものを変えなければいけませんね……」  そもそもエルダはこんな魔法の使い方をしたことがなかった。だから自分の知ってる風の魔法で 応用の出来そうなものを探して使っていたのだが。 「しかし私はこの呪文以外に花を傷つけず飛ばす事の出来る魔法を知らないんですよねぇ……。 シガツ、風の塔で何か似たような呪文を習っていたりとかしませんか?」  助けを求めてくる師匠に、シガツは頭を巡らせてみるもいい答えは出て来ない。 「……すみません。風使いの使う魔法は精霊を捕える為に使うものがメインで、契約してしまえば 風に関係する類いの事は精霊にやらせるんで自分達が風の魔法を使う事は滅多に……」  口ごもる弟子にエルダは悪い事を訊いてしまったなと思った。 「そうですよね。風の精霊程風を操るのに長けた者はいませんから。その風の精霊を使役する風使いが わざわざ風の魔法を使う必要などありませんでしたね……。可笑しな事を訊いてしまいました」  しかしそうなるとどうしたものか。ソキの教えてくれた方法は無しにして今まで通りの魔法でいくか。 それともその呪文をどうにか改良してソキの言うような風を吹かせられないか。  額にしわを寄せ考え込む師匠を余所に、マインは今までの呪文を唱え、試している。きちんと風の 真ん中で花を捉えて浮き上がらす練習をしているのだ。  シガツもまたマインの練習風景を眺めつつ、何か良い方法はないかと考え始めた。

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