召還 目覚め  目が覚めた瞬間、何が起こったのか分からず透見は目を瞬いた。  先程まで敵と対峙していた筈なのに、何故ベッドの中なんだ?  けれどもうひとつの感覚が、記憶が、あれは夢だと訴えている。まだその日は来ていない、それは まだ起こっていない事だと。  嘘だ。全てが夢だったなど。この胸の中にある思いが痛みが、全て夢だったなんてあるはずがない。  信じられない思いで透見は飛び起きた。  自分以外の人の記憶はどうなのだろう。  慌てて他の皆に確認をする。そしてやはり夢ではなかったと透見は確信した。棗は覚えていなかった が、戒夜も園比も剛毅も、全く同じ記憶を持っていた。  記憶のあった皆と話し合う。 「皆が同じ夢を見た。これは何かの暗示だろう」  そう戒夜は言う。 「予知夢だよ」  そう言ったのは園比。 「良いところは本当に、悪いところは間違いになればいいね」  にこやかに笑いながら、剛毅はそう言った。  皆、透見とは違って『記憶』ではなく『不思議な夢』という認識の様だった。  けれどあれが夢である筈がない。私の想いが、胸の痛みがただの夢の筈がない。理由は分からないが、 時間が巻き戻ったのだ。  透見はそう結論付けた。  神様がやり直すチャンスを下さったのか、時間は〈救いの姫〉を召還する前日まで巻き戻っていた。  どこで間違えてしまったのか。今度は間違える事なく空鬼を倒せるのか。  明日は再び、〈救いの姫〉を召還する。  翌日、記憶と同じ様に〈救いの姫〉の部屋で召還の魔術の準備を始める。  透見と、透見に魔術を教えてた魔術師達と、それから守護者に立候補した皆が〈救いの姫〉が 降臨するベッドへと目を向ける。  今はまだ誰もいないベッドの上に〈救いの姫〉が現れた時の事がまざまざと透見の脳裏に蘇る。  姫君も記憶を持ったまま現れるだろうか? それとも棗さんと同じように何も覚えていないだろうか?  覚えていなければ良い。そんな思いが透見の中を巡る。  覚えていなければ、空鬼なんかに彼女を渡しはしない。思い出す前に私に振り向いてもらう。空鬼を、 倒す。  出来る筈だ。そう透見は自分に念じた。  私はすでに彼女の名を知っているのだから。  彼女の事を思うと愛しさと切なさが透見の胸を満たす。  ゆっくりと息を吸った後、透見は召還の呪文を唱え始めた。  混沌。心地の良さ。安心感。だけど不安。淋しさ。  そういったものが不安定に入り混じっている。  だけどそれらが言葉にならないくらい意識は沈んでいた。  ゆらめき。ふわふわと浮かぶ。それとも、沈む。  融けていた心が、それとも身体が、少しずつ形を作り、ひとつになっていく。  やわらかな光が、「わたし」を包み込む。  ベッドの上に光が集まり始める。見覚えのある光景。前回と全く同じだ。  巻き戻った時間が全く同じ光景を繰り返している。他の皆はきっと、鮮明な予知夢が今現実と なりつつあると思っているのだろう。  まばゆい光に満たされる。  そして召還の呪文が終わるのと共に光もまたゆっくりと収縮していく。  やがて光が収まったベッドの上に〈救いの姫〉がいる。愛しいあの人がいる、筈だった。  だがそこにいたのは、期待していた人の見る影もない、見知らぬ少女だった。  驚きに呼吸が止まる。何故、彼女ではないのか?  絶望と諦めと悲しみが一気に心に襲いかかる。 「本当に? 彼女は〈救いの姫〉なのですか……?」  誰ともなしに問いかける。すると静かに女性の魔術師がそれに答えた。 「可笑しな事を。貴方が自分で召還したのでしょう?」 「しかし……」  口ごもりながらも、つい反論してしまう。  召還の呪文を唱えたのは確かに透見だった。召還の方法は巻き戻る前と全く同じだった筈。  なのに何故、現れたのは別人なのか。  困惑する透見をなだめるように剛毅が口を開く。 「透見、やっぱりあれは……」  その時、ベッドの上で眠る少女の顔がピクリと動いた。 「姫の目覚めのようだ」  戒夜の言葉が合図の様に少女が目を開く。 「おはよう、姫様」  園比の言葉に合わせるように、彼女はゆっくりと身体を起こした。  ざわざわと、声が聞こえる。誰かが何かを話している。  けれどそのざわめきはまるで意味を持たない言葉のように少女の頭に入って来ない。  ゆらめく、ざわめき。まどろみ。  どこからどこまでが、夢で、どこからどこまでが、現実なのか。  やがてただのざわめきでしかなかったものが、次第に覚醒し言葉に意味が出てくる。 「……に? 彼女は……」 「……なことを。貴方が自分で……したのでしょう?」  聞こえてくる、男の人と女の人の声。 「しかし……」 「透見、やっぱあれは……」  明るくなる、視界。 「姫の目覚めのようだ」 「おはよう、姫様」  目を開けるとそこには、見知らぬ人達が立っていた。

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