知るはずのない、見覚えのある街 2  透見が屋敷を出たのは皆と一緒だった。途中から戒夜と二人で図書館方面へと道を別にする。 「では皆、姫を頼んだぞ」 「まかせてよ。そっちも調べ物、よろしく」  そんな会話をした後、四人は商店街へと姿を消す。 「私達も行きましょう」  図書館に向けて歩き出す透見に戒夜もついてくる。  元々戒夜も透見もそうお喋りな性質ではないせいか、特に会話もなく歩き続けた。  そうして図書館の前まで来た時、ふと戒夜が口を開いた。 「中に入る前に、少しいいか?」  突然、改まってどうしたんだろうと思いつつ、透見は頷いた。入り口から少し離れた場所に行くと、 戒夜は単刀直入に言った。 「姫がお前の望んだ〈救いの姫〉ではなく、がっかりしたのは分かる。だが透見、少しは彼女の 気持ちも考えろ。突然見知らぬ世界に召還され、〈救いの姫〉という重責を負わされ、その上記憶が 無いから否定も肯定も出来ないんだぞ」 「それは……」  そんなの知ったこっちゃないと思う透見がいる事に戒夜は気づいていたのだろう。言い訳をする 透見に言葉を重ねてくる。 「もしお前の姫君と今の姫の立場が逆だったらどうする。あんな態度をお前はとるのか?」  戒夜の言葉が胸に突き刺さった。  もし姫君が記憶を失った状態でこの地に召還されたとしたら……。 「……すみません」  自分の過ちを認め、透見は謝罪した。しかし戒夜は首を振り言った。 「俺ではなく姫に謝れ。そして以後、態度を改める事だな」  もっともな言葉に透見は小さく頷いた。  棗達三人に案内されて〈救いの姫〉は島を巡る。  最初に「島」と聞いた時、五分も歩けば海に出る、そんな小さな離島をイメージしていた。けど、 この島はそれよりはもっと大きいみたいで商店街なんかも存在していた。 「あ、そうだ。これ、戒夜さんから」  そう言って剛毅が〈姫〉に渡したのは、この島の地図。細かく道や公共機関等が描かれている。 「ありがとう」  受け取りながらざっと目を通して、彼女は妙な親しみを感じた。、初めて来た筈の島なのに、 なんとなく覚えがある。 「あの、わたしこの島以外の場所から召還されたんですよね?」  万が一の事もあると思って〈姫〉は聞いてみた。  記憶が無いから初めてと思ってるだけで、もしかしたら実はこの島出身でしたなんて事もありうる かも。 「うん? そうだよ?」  どういう意図でこの質問が出たのか分からないって顔しながらも園比は頷いてくれる。 「なんだかこの島、見覚えがある気がして……」  〈救いの姫〉の言葉に剛毅は合点がいったというように頷いた。 「それはたぶん、以前召還された時の記憶の欠片なんじゃないかな」  え?  びっくりして〈姫〉は剛毅を見る。 「前にもわたし、召還されてるの?」  すると剛毅は、ちょっと困ったように笑ってみせた。 「〈救いの姫〉さんは、何度もこの島に召還されてるよ。けど、それが全部同じ姫さんなのか、代々の 血筋で姫さんが代わるのか、それとも生まれ変わって来るのか、その辺は知らないんだ」  曖昧な返答にちょっと不安になる。彼女は黙ったまま、心の中で考えてみた。  記憶のない今現在は、当然自分が〈救いの姫〉っていう記憶も以前召還された事があるのかも、 分からない。けど、代々の血筋とか生まれ変わりなんて言葉が出るって事は、前回の召還はもしかしたら 随分昔の事なのかもしれない。 「この島を巡っていれば記憶が触発されて、記憶や名前も思い出せるかもしれませんね」  にこりと笑いながら、棗が言う。そうなのかな?  広げた地図にもう一度目を落とし、それから目の前の道を見た。今いるのは特に目印になるような物は ない住宅街で、この地図には今来た館がどこなのかは印はつけていない。島の中には幾つかの住宅街が あって、今いるのがどこの住宅街なのかも特に教えてもらってない。  それでも彼女は、現在地がどこなのか分かった。地図がなくても、案内なしでもたぶん、この島を 歩き回れる。  ここまで鮮明に分かるなんて、本当にわたし以前ここに召還されてるのかも。  そう思ったらなんだか〈姫〉は気が楽になった。つい、笑みがこぼれる。 「良かった。本当はわたし、何かの間違いじゃないのかなって思ってたの。その〈救いの姫〉ってのは 別にいるんじゃないかって。けど、こんな風に知らないはずの街をこんなに詳しく知ってるんなら、 信じてもいいのかなって。その〈唯一の人〉ってのをどうやって見つければ良いのかとか、自分の 名前や過去の事思い出せるかとか、色々とまだ不安はあるけど。うん、棗さんの言う通り、その内 思い出せるかもしれない」  〈救いの姫〉の言葉を聞いていたみんなも嬉しそうに頷いてくれる。 「じゃあさ、今日は姫様先導で歩いてみようか。どっちに行きたい? 姫様」  そう言い出したのは園比。  本当に道が分かるかどうか試してるのかな。けど。 「道はたぶん分かるんだけど、今からどこに行こうか? それによって行く道、変わるよね?」  みんなで行く所……どこが良いかな?  彼女が考えていると棗が言う。 「ひとまず姫様の服、買いに行きますか? わたしの用意した物は少しサイズが合わなかった ようですし」  棗にそう言われ、ちょっと迷った。棗と二人きりだったなら賛成だったんだけど、剛毅や園比を 待たせるのはちょっと気が引ける。  だけど男子二人もニコニコと賛成してくれる。 「それいーじゃん。そうしなよ」 「うんうん。やっぱ自分好みの服着た方が、いいよね」  みんなにススメられて断るってのも失礼かな、と思ったんで頷く。 「うんじゃあ、そうさせてもらうね」  みんなに笑顔を向けながら、〈姫〉は頭の中にある記憶を頼りに歩き始めた。  歩く度、やっぱりこの街を知ってるという思いが強くなる。それと同時に、再び疑問も浮かび上がる。 「さっき、わたしがこの島に見覚えがあるのは以前召還された時の記憶の欠片じゃないかって言ってた けど、前に〈救いの姫〉が召還されたのって、どのくらい前の事なの?」  〈救いの姫〉の質問に、キョトンとしながら園比が剛毅を見る。 「えーと、剛毅、詳しい年数知ってる?」 「あー、正確なのはちょっと。そういうのは全部透見に任せてるからなぁ……」  あはは、と剛毅。そんな二人に呆れたような視線を向けつつ、棗が答える。 「別に正確な年数は必要ないんですよね? 少なくとも百年以上は前の話の筈です」  やっぱり。そうじゃないかとは思ってたけど。  〈姫〉は立ち止まり、みんなの顔を見た。 「ねぇ、やっぱりわたし自身がここに来た事があるんじゃないかな。だってわたしが見覚えがあるの、 今現在のこの島だもん」  今から行こうとしていた服屋さんだって、今の服を売ってる服屋さんだもん。百年以上も前の 服屋さんなんて、知らない。 「え? あ……」  みんなも〈救いの姫〉の言いたい事が分かったらしく、びっくりして顔を見合わせている。 「けど姫さんがこの島の人間じゃない事は確かなんだよなぁ。そんなに広い島じゃないから、同年代の コたちの顔はみんな知ってるはずだし」  考えるように言う剛毅に他の二人もうんうんと同意してる。  言われてみれば彼女も、ここに住んでいたとは思ってなかった事に気づいた。 「うん。そうだよね。わたし自身、この世界の人間じゃないって思ってたんだった。少なくとも、 この島出身じゃないと思ってる」  でも、じゃあなんでこんなにこの島の事知ってるんだろう?  そんな事を考えてたら、突然後ろから女の子達の声が聞こえてきた。 「あれー、剛毅と園比じゃん。あ、棗も。何してんの?」 「ていうか、二対二じゃん。Wデート?」 「そっちの子、見た事ない子だよね? 誰?」  きゃあきゃあと騒ぎながらやって来る女の子達。みんなの知り合いらしい。  挨拶しようと口を開きかけたけど、それより早く園比がぱっとわたしの肩を抱いてにっこりと笑って 言った。 「うん、そーなんだ。Wデート。かわいいでしょ? 彼女」  もちろん園比は冗談で言ったんだろうけど、女の子達は信じちゃったのか、きゃあっと甲高い歓声が 上がる。 「なになに、ホントに? どこで知り合ったの?」 「て事は棗と剛毅、付き合ってんの?」 「違うでしょ。単にみんなで遊んでるだけだよね?」  矢継ぎ早に質問され、圧倒されてしまった。  けど剛毅達は違ったみたいで。 「まさか。そんな事あるわけないじゃん」 「園比の冗談よ。冗談」  笑顔で軽くそうあしらう。 「ええ? 僕冗談言ったつもりないけど。まあでも剛毅と棗ちゃんが付き合ってるってのはないかな」  すっとぼけるように園比もそんなふうに言う。  それを聞いていた女の子達の内の一人がほっとした顔をしたのがなんとなく目に入ってきた。 「それでその子、誰? この島の子じゃないよね?」  首を傾げ尋ねるその言葉にやっぱりそうなのかとちょっとがっかりする。  自分でもこの島に住んでたわけじゃないと思ってたクセに、こんなに知らない筈のここの地理を 知ってるんだからもしかしたらって思いも捨てきれずにいたんだろう。矛盾してるよね。 「彼女は〈救いの姫〉さんだよ。今日透見が召還に成功したんだ」  剛毅の言葉に「へぇ」と女の子達が〈姫〉を見る。  なんだか気恥ずかしい。 「ついに呼び出したんだ。あれ? けど肝心の透見はどーしたの?」  不思議そうな顔をして女の子がキョロキョロと透見の姿を捜し始める。 「いや、透見は別の用があってこっちには来てないよ」  剛毅の言葉に女の子達はみんな驚いたようだった。 「めずらしー。透見なら何を差し置いても〈救いの姫〉様の傍にいたがると思ってたのに」 「だよねー。もーずーっと待ち望んでたもんねぇ。〈救いの姫〉が現れるの」 「そーなんだよ。なのに透見ったら何か様子が変でさ」  女の子達に同意するように園比が頷く。  そんなみんなの会話に彼女はなんだか胸がズキリと痛んだ。  緋川さんはきっと、召還した〈救いの姫〉がわたしでがっかりしたんだ。だからあんな態度で わたしに接した。  わたしのどの部分にがっかりしたのかは分からない。だけどわたし自身、本当に〈救いの姫〉なのか 自信がないのに、緋川さんは召還する前にあれこれ理想の〈救いの姫〉を思い描いていただろうから、 あんまりにも違ってがっかりしちゃったに違いない。 「確かにちょっと変だけど、すぐに元に戻るさ。今だってこっちには来てないけど姫さんの為に 動いてるんだからさ」  剛毅は園比の疑問を吹き消すように笑い飛ばした。 「あ、そーなの?」 「そーよねー。透見だもん」  女の子達は口々にそんな事を言う。そんなみんなの意見を聞いていると、緋川さんは本当に 〈救いの姫〉を待ち望んでいたんだなと思えた。  わたしは、緋川さんの思い描いていた〈救いの姫〉とはほど遠いかもしれない。でも、せっかく 〈救いの姫〉としてこの地に召還されたんだもの、出来る限りの事はやろう。そうすれば緋川さんも 少しずつでもわたしを認めてくれるかもしれない。

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