謝罪 2  〈救いの姫〉には何の罪もない。そして園比さんも、何の悪気もなかったのだろう。  それでも園比の言葉は透見の胸にグサリと突き刺さった。  本物の姫様。  園比はそう思っているのだ。おそらく剛毅も戒夜も。それはこれまでも薄々感じてはいたけれど、 それでもああ自然に口に出されると、透見は傷ついた。  そしてそれを後押しするかのような、彼女にこの島の地理が頭に入っているという事実。今現在 ここに降臨されている〈救いの姫〉は彼女なのだと認めざるを得ない。  だがならば、私の姫君は何だったのか?  偽物なのか。そもそも存在さえしないのか?  そんな筈はない。他の誰もがあれは夢だと言おうと、私だけは彼の人の存在を信じなくて どうするんだ。  そう、おそらくは私の姫君が新しい〈救いの姫〉を呼び寄せたのだ。  そう考えるならば新しい〈救いの姫〉も本物なのだろう。  ふと、戒夜に言われた事を透見は思い出した。  これまでの事を、謝らなくては。姫君が自分の後任として彼女をこの地に送り届けたのならば、 尚更だ。私は〈救いの姫〉の守護者として魔術師としてここにあるのだから。  深く、息を付く。  残酷な、私の姫君。貴女でない〈救いの姫〉を私に守れというのか。  それでも彼女には何の罪もない。彼女は何も知らぬ事だ。  謝罪しなくては、と透見は重い腰を上げた。  それから一度解散して、夕食時にまたみんなで集まる事になった。  用意してもらった部屋に〈姫〉が戻ると、テーブルの上に今日いただいた服やアクセサリーが 置いてあった。  ありがたいなと思いつつ、袋から取り出しクローゼットへと納める。それからちょっと考え、 彼女は着替える事にした。  棗の用意してくれていた服はやっぱり、ぶかぶかで落ち着かない。  せっかくサイズの合う物を頂いたんだからそっちに着替えよう。  そう思って彼女が着替え始めた途端、ノックの音が響いた。 「ごめんなさい。ちょっと待って。今着替えてるの」  きっと棗だろうと思ってそう答える。ところが聞こえてきたのは意外な声だった。 「す、すみません。急ぎの用ではありませんので、出直してまいります」  慌てたように言い、パタパタと駆け去って行ったのは、確かに透見の声だった。  びっくりしてドキドキする。まさか透見が訪ねて来るとは思わなかったのと、男の子に着替えてるのを 知られてしまった恥ずかしさでカアッと顔が赤くなる。  ど、どうしよう。  別に直接下着姿を見られた訳じゃないのに、恥ずかしくてたまらない。とにかく早く着替えて しまおう。  早く打つ心臓を無視するように、〈救いの姫〉は素早く着替えを済ませ、それからその場に しゃがみ込んだ。  なんで緋川さんが?  訪ねて来られる理由が分からず、オロオロする。急用じゃないと言ってたけど、夕食までには まだ時間があるからまた来るんだろうか?  ぎゅっと目を閉じ、ドキドキが治まるのを待つ。  なんとか気持ちが落ち着いた頃に再びノックの音が響き、心臓が飛び跳ねた。 「失礼します、姫様。荷物の整理のお手伝いに参りました」  そう言って入って来たのは、棗だった。ホッとしたような、ちょっと残念なような。 「姫様? どうかされましたか?」  不思議そうに棗が彼女を見る。 「い、いえ。何でもないです。あ、この服ありがとうございました」  慌てて〈姫〉は借りていた服を棗に差し出した。棗は服を受け取りながら、じっと彼女の顔を 見ている。 「少しお顔が赤いようですが、もしかして具合が悪いのでは……?」  心配そうに言われ、慌てて彼女は首を振った。 「ち、違うんです。熱があるわけじゃないです」  じゃあどうしてと問われると困るけれど、棗は深く問いつめてはこなかった。 「それならばよろしいのですが。調子が悪い時はすぐにおっしゃって下さいね。〈救いの姫〉様は わたし達の希望なんですから」  優しく言われ、ホッとする。隠す程の事でもないのに、先程の出来事を棗に説明するのはなんだか 躊躇われた。  結局透見が再びこの部屋を訪れる事はなく、次に顔を合わせたのは夕食の時だった。 「先程は失礼いたしました」  みんながいる手前、小さな声で透見が告げる。ちゃんとこちらに顔を向けているけど、ほんの少し 視線をずらしている。 「ううん。気にしないで」  〈姫〉も、まっすぐに透見の顔を見る事は出来なかった。そんな彼女に、透見はスッと頭を下げる。 「〈救いの姫〉には色々と失礼を働き、申し訳ありません。その謝罪をする為に先程はお部屋を 訪ねたのです」  透見の言葉に〈救いの姫〉はびっくりした。 「そんな、失礼だなんて……」  確かに最初、冷たい態度をとられて『なんでだろう』とは思ったけど。だけどこんな風に謝られると、 なんだかいたたまれない。 「いいえ。〈救いの姫〉はこの島を救う大切な方。どんな理由があろうとあんな態度を取るべきでは ありませんでした」  目を伏せ、辛そうに透見が語る。本当に悪かったと思っているのと同時に、何かを我慢しているのが 分かる。  そんな彼を見ていると何故か胸がチクリと痛んだ。 「わたしは……気にしてませんから。そりゃずっとあんな態度を取られ続けてたら、さすがに ヘコんだと思うけど。緋川さん、すぐに態度を改めてくれたじゃないですか」  どんな理由があったのか、緋川さんが今は言えないのなら、言えるまで待とう。 「姫様、やっさしー」  〈救いの姫〉達のやりとりを聞いていたらしい園比がにこにことそんな風に言う。  別に、優しいとかじゃないんだけど。 「……ありがとうございます〈救いの姫〉」  そう言って透見もう一度頭を下げた。  みんながテーブルに着き、棗が夕食の給仕をする。  ありがたく食事をいただきながら、戒夜が明日の予定を話し始めた。 「明日は朝から姫と透見と棗と俺の四人で島を巡る。剛毅と園比の二人は空鬼の警戒に当たる。まだ 小鬼の気配はないようだが、いつ現れてもおかしくはないのだから注意するように」  先程の話を確認する様に、みんなを見る戒夜。 「姫様達は明日、どこに行く予定なの?」  園比が戒夜に尋ねる。 「透見は、どこが良いと思う?」  戒夜は透見を見る。透見は少し考え、それから静かに口を開いた。 「ひとまず神社へ」 「そうだな。悪くない選択だ」  頷く戒夜に、剛毅が口を挟む。 「神社に行くんなら、オレ達も行った方が良くない?」  ? 神社に何があるんだろう。  だけど〈姫〉が疑問をはさむ暇もなく、会話は進んでいく。 「いや、剛毅達は予定通り見回りに。何かあった時は透見に魔術で知らせてもらう」 「そーだね。用心は必要だけど、心配しすぎても仕方ないもんね」  園比は戒夜に賛成みたい。

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