タイトル未定 21  自分の分の紅茶を飲み、棗は「そんなことより」と〈姫〉を見た。 「姫様はこれからどうされたいですか? 言ってくだされば協力しますよ」  ニコリと笑った棗の顔は、ちょっぴりイタズラっ子のようだ。でもそれと同時に女の子同士の 恋バナをする時の顔でもあり、〈姫〉はちょっぴり安心した。 「とりあえず、今のままじゃダメだとは思ってるんです。何をするにしても集中出来なさそうで」  実際今日、戒夜と二人きりで過ごしてみるというのから逃げ出してきてしまった。 「……以前の透見なら、ストレートに告白も良かったと思うんだけど、今は先代の〈救いの姫〉の 事があるから難しいわよねぇ……」  記憶のない棗には二人がどの程度の付き合いなのかは分からない。けれど透見の頑なさは知っている。 『自分は先代の〈救いの姫〉のもの』言っている彼が告白されたからといって心を移すだろうか。  〈姫〉もその事は感じていた。でも。 「緋川さんを残して、先代は帰られたんですよね。何か約束を残して帰られたんでしょうか?」  もう一度会いに来るから待っててほしいとか、反対に自分の事はもう忘れてくれとか。  待っててほしいと言われたのなら、きっと透見は待ち続けるだろう。だけどそうじゃないなら。 「うーん……。姫様、剛毅ここに呼んでも良いですか?」 「え?」 「わたしは記憶がないから、どうしても姫様の知りたい事に答えてあげる事が出来ないんです。園比は あてにならないし、戒夜さんだと話しにくいでしょう?」  その点剛毅が適任なのだと棗は言う。  剛毅に自分の気持ちを知られてしまうのはちょっと恥ずかしかったけれど、過去の事を知りたいの ならそうも言っていられない。 「大丈夫。出来るだけ剛毅には姫様の気持ち悟られないようにしますから」  にこりと笑って棗は剛毅を呼び出した。  剛毅が合流するまでの間に心の準備をと思っていた〈姫〉は、棗が電話を切るやいなや姿を現した 剛毅にびっくりしてしまった。 「え? は、早かったですね?」  同じ店内にいたとしか思えない速さに驚きを隠せないでいると、剛毅はカラカラと笑う。 「やだなぁ、姫さん。今日はオレが陰ながら見守るって話したじゃないですか。あ、もちろん同じ 店内にはいたけど二人の話は聞こえない場所にいましたよ? 心配なら勇さんに訊いてみて下さい」  そう言って笑う剛毅の手には、よく見るとアイスコーヒーが握られている。別の席でそれを 飲みながらこちらの様子を伺っていたのだろう。 「……本当に聞こえてなかったでしょうね?」  ジト目で棗が剛毅を睨むけれど、全く気にする事なく剛毅は笑っている。 「それで? オレに訊きたい事って?」 「ホラ、わたし巻き戻る前の世界の記憶、ないでしょう? だから先代の〈救いの姫〉について 訊きたくって」  すると剛毅は眉をしかめ、「うーん」と唸った。 「オレも夢として記憶してるから、忘れちゃったり曖昧になってるところもあるんだけど、それでも いい?」  それでも知らないよりはマシだと〈姫〉は頷く。そして何から訊こうかと考えながら口を開いた。 「先代の〈救いの姫〉はどうして帰られたのですか?」  失礼かもしれないけど、自分は帰り時間を巻き戻したということは〈空飛ぶ赤鬼〉を倒せないから 責任を放棄したとも言える。  もちろん、自分だって〈空鬼〉を倒せるかどうかなんて分からないし、途中で逃げ出したくなるかも しれない。  だけどそうやって恋人だった透見を置き去りにして逃げたのなら、遠慮する必要はないんじゃ ないかと〈姫〉は思った。  剛毅はしばらく考え込むように一点を見つめていたが、やがてあきらめたかのように笑いながら首を 振った。 「ごめん。そこは思い出せない。ていうか、前の姫さん、帰ってないかも……? いやもちろん時間が 巻き戻ってるんなら元の世界にいるんだろうけど」  だけど口に出す事で思い出してきたのか、剛毅の顔が曇る。 「そう…だ。姫さんはあの時〈空鬼〉をかばって……」 「え?」  にわかには信じられない言葉を剛毅は口にした。

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