方向音痴に道案内は無意味……とは思いたくない その2  その後、服を選んで着替えたわたし達は店を出て街の案内へと移った。剛毅にくっついてた女の子達も 一緒に来たがってたけど、さすがにそれは剛毅が断ってくれた。  別れ際、例の女の子がにこりと笑ってこっそり話しかけてきた。 「〈救いの姫様〉が貴女で良かった」 「どうして?」 「だって……。透見ほどじゃないけど、剛毅も〈救いの姫〉って存在にちょっとあこがれてたところが あって……。けど、失礼だけどどう見ても結構年上、ですよね?」  彼女の言葉がチクリと胸に刺さる。これってわざと言ってんのかな。それとも悪気ないの?  いやいや、さっきの睨みを考えたらどう考えても牽制だよね? 「そうね、早くに結婚した同級生にはあなた達くらいの年の子供のいる子もいるかな」  無理矢理笑顔を作って言う。  せっかくの夢なんだから、こんな現実反映しなくていいのに。だけど夢だからこそ、深層心理が こうやって出て来るんだろうな。  わたしの言葉に彼女はますますホッとした顔になった。 「もし救いの姫様が年が近くてかわいかったら、きっと剛毅も夢中になってわたしたち勝ち目ないと 思ってたんです。だからずるいなって。この地を救ってみんなに崇められ感謝されるって決まってるのに、 その上剛毅達の心も奪っていくのかって。でも、貴女ならその心配はなさそう」  トゲはあるけれど、彼女の言い分もなんか分かる。だから。 「……わたしは〈唯一の人〉のものです。それが誰かはまだ分からないけど。だから剛毅が〈唯一の人〉 でない限り、そんな心配しなくてもいいんだよ」 「そうでしたね。そうですよね」  彼女はわたしの言葉を聞いて本当に嬉しそうに頷くと、ペコリと頭を下げた。 「じゃ、〈唯一の人〉捜し、頑張って下さい」  そう言うと彼女は友達の所へと駆けて行った。最後の言葉は本心からの言葉。そう思うとたぶん この子も悪い子じゃないんだよなぁ。嫌みを言われたり睨まれたりしたけど、なんだか嫌いには なれないなぁと思いながらわたしは彼女を見送った。  再び三人になって街案内をしてもらったんだけど、正直道順はあんまり頭に入ってこなかった。 「大まかな道はこれで終わりですけど、大丈夫ですか?」  透見に尋ねられ、ギクリとした。 「その反応、姫さんまさか、覚えられなかったとか?」  わたしの頭の悪さを楽しむように笑いながら剛毅が言う。被害妄想かもしれないけど。 「……ごめん。実はわたし、学生時代学校で迷ったことあるくらい方向音痴だったりして」  恥ずかしい事にこれ、ホントの話。もちろん入学したての頃の話ではあるけど。だけど方向音痴なのは 間違いない。  そして今回はその上、他のこと考えてたから道なんて覚えていられなかった。  他の事ってのは、さっきの女の子の事。剛毅が好きって事は、もしわたしが彼を選んで剛毅ルートに 入ったら、きっとあの子何らかの形で関わってくるんだろうなぁ。棗ちゃんみたいに友達キャラ……と いうか、身近なキャラじゃなかったことは救いだけど、それでもやっぱライバルキャラがいるのは、 ちょっとつらい。  出来ればみんな幸せになんて甘い考えかもしれないけど、夢の世界でくらい誰もがハッピーになっても いいじゃない?  そんな事考えてる裏で、彼女に突きつけられた事実にちょっと、いやかなりショックも受けていた。  彼女に突きつけられたってのは間違いか。でも、彼女によって再認識させられたってのは本当だよね。  そう、年齢の事。わたしがおばさんだって事は忘れてなんかなかったし、みんなが若いって事も 分かってた。つもりだった。でも、さっきの会話で同級生に同じくらいの年の子供のいる子もいるって 言って、ガンと現実が迫ってきた。漠然とした年齢差じゃなくて、友達の息子を好きになるような もんなんだよ? って現実。  これがゲームや夢だから許されるんだけど、本当に現実だったとしたら大問題だよね。相手おそらく みんな未成年だし、犯罪だよ。  そんな事あれこれ考えながら歩いてたもんだから、道なんて覚えてるはずもない。 「まあ、何度も歩けば覚えられますよ。……近い内に地図も用意しておきましょうか」 「そうそう、そんなに広い島じゃないからその内嫌でも隅々まで覚えるさ」  かばってくれるように透見と剛毅が言ってくれたその時だった。突然、物陰から何かが飛んで来た。  驚いて身をすくめるのと同時に剛毅がわたしの腕を引き、かばうように背に隠す。透見も何かの呪文を 唱え、障壁のようなものを張った。 「誰だ?」  剛毅が叫ぶけど相手が答えるはずもなく、再び何かがヒュンと飛んで来る。透見の作った障壁に 甲高い音を立ててぶつかり落ちたそれは、細い金属の棒のようなものだった。  突然恐怖心が湧いて出た。狙われてるって聞いて頭では分かってるつもりでいた。乙女ゲーの夢で ファンタジーっぽい設定なんだから、それもありだよねって。一緒にカッコ良く闘うなんてのは 無理だとしても、邪魔にならないようがんばって逃げたり隠れたりしよう。そんな風に思ってた。  だけど実際に襲われて、足がすくんだ。頭が真っ白になった。  目の前では透見が何かの呪文を唱え、剛毅がいつの間にかナイフを手に持ってどこからか飛んでくる それに対応している。  だけどわたしは、何も出来なかった。逃げることも、隠れることも。  ただ恐怖に足をすくませて、そこに立ち尽くしているだけだった。  どのくらいの間、そうしていただろう。急に、剛毅がゲラゲラと大声で笑いだした。  なに? いったいどうしたの? 何が起こってるの?  訳が分からず透見を見ると、いつもの優しい笑みをわたしに向けた後、ちょっと怒ったような顔を して見えない相手に呼びかけた。 「もうそのくらいにしておいて下さい。姫君が怯えてるじゃないですか」 「そーそー。実践練習のつもりかもしれんけど、こんな所でドンパチやってたら沙和姉ぇに叱られるぞ」  剛毅も笑いながら親しげに呼びかける。  するとスルリと物陰から小さな姿が出て来た。 「〈救いの姫様〉が降臨された今、いつ空の小鬼達が襲ってくるとも限らないもの。二人が不意打ち されてもちゃんと姫様を守れるかどうか、試したまでよ」  にこりと笑ってそう言ったのは、棗ちゃんだった。  近くの喫茶店に入り、一息つく。 「ほんと、びっくりしたぁ」  ちょっと恨めしそうに棗ちゃんを見ると、彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。 「姫様を怯えさせるつもりではなかったのですが……。申し訳ありません」  改めてお詫びされると、ちょっと居心地が悪い。 「いやいや、ごめん。そんなつもりじゃ……。棗ちゃんの事情も分かったし……」  棗ちゃんとしては二人がちゃんとわたしを守れるのかを試したかったらしい。だから予告なく襲い かかってみたのだと。 「もちろん万が一姫様に当たっても大怪我などなさらぬように、得物は刃の付いていない物を 使いましたけど」  言われてみればナイフとかそういう刃物じゃなかった。それでも当たったら痛そうだけど。でも ちゃんと二人が守ってくれたから、ひとつも当たる事はなかったんだよね。 「そうそう、それで変だなって思ったんだよな。で、よく見りゃ昔、訓練用に使ってたやつじゃん。 あれって思ってさ」 「ええ。それに気づいたら攻撃パターンもすぐに棗さんのものだと分かりましたよ」  剛毅と透見の言葉に、感心した。さすが仲間とでもいうのかな、信頼しあってるんだろう。あんな事 されても全然気にしてなさそうだし。 「で、これって戒夜さんや園比も知ってんの?」  剛毅の問いに棗ちゃんは首を振ってにっこりと笑う。 「だって明日は二人が姫様を案内するんでしょ? だったらもちろん明日も奇襲かけるわよ」  ……笑顔で怖いこと言う娘だなぁ、棗ちゃん。 「あ、二人共。あの二人には内緒にしといてよ? 本当に姫様のこと守れるか、確かめたいから」  やる気満々で男子二人に釘を刺すと、棗ちゃんはコーヒーをひと口。それから思い出したように顔を 上げるとわたしにも釘を刺した。 「姫様ももちろん言わないで下さいね」  にっこり笑う顔はかわいいのに。有無を言わせぬ怖さはなんだろう。  ひきつるわたしを余所に、剛毅がヒョイと身を乗り出す。 「なあ、それなら明日俺たちも参加していい?」  剛毅はまるでいたずらを思いついた子供のようにニヤニヤとしていた。 「ああ、それは良いですね。襲ってくる空鬼の仲間は一匹とは限らないですから」  優しげな笑みは変わらないのに透見までがそんな事を言う。 「いいわよ、じゃあ後で打ち合わせしましょう。姫様、くれぐれも二人には悟られないようにして 下さいね」  嬉しそうに棗ちゃんも頷き、わたしにも笑みを向ける。  ああ、なんだ。きっとみんないつもこんな感じなんだろうな。外から見てるとヒヤヒヤしても、中に 入ってしまえば仲間内だけで通じる楽しい遊び。そんな感じ。  そう思うとさっき襲われた時は怖かったのにその怖さは薄れてしまって、楽しげな雰囲気にわたしも 顔がほころんだ。

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