プライベートは大切です  屋敷に帰ったわたしたちは居間に集まった。誰もがみんな、難しい顔をしている。 「空鬼が来る事は分かっていましたが、思っていたより早かったですね」  透見が口火を切ると、皆次々と意見を繰り出す。 「来たって小鬼一匹だろ? まあ今回は遠くて逃がしちまったけどさ」 「考えが足りないな。例え一匹だろうと逃がしてしまえば小鬼は仲間を呼んでくる」 「しかも姫様を見られちゃったしね。きっと小鬼はボスに報告しちゃうよね」 「ええ。姫君の存在は確実に空鬼の耳に入ったでしょう。これからは決して姫君を一人にしては いけません」  今までも外出する時は誰かと一緒だったけど、屋敷内では割と独りでいる時間もあった。けど これからは外出する時以外も、つまり屋敷にいる時も誰かしらと一緒にいなくちゃならないって事?  想像してみてゲッソリした。  それってちょっと、なんていうか疲れそう。夢とはいえ、わたしはわたしだ。現実で「メンドクサイ から彼氏なんていらないー」なんて言ってるわたしが、乙女ゲーの夢の中とはいえひとりでまったりする 時間がなくなるなんて耐えられるだろうか? 「えーと、あの。部屋にいる時は一人でいてもいいんだよね?」  一応訊いてみる。てか、お風呂やトイレまで男の子について来られるってのはさすがに恥ずかしいし。 「いえ、出来るだけ誰かと共にいて下さい。普通の相手なら屋敷の中ではご自由にと言えるのですが、 相手は空を飛ぶ事も可能ですから。どこから進入され、襲われるか分からない」  透見がキッパリと言い切る。うう、やっぱりプライベート無しなのか?  あ、でも。透見って確か魔術師じゃなかったっけ? 「この屋敷に結界とかって張れないの? そしたらさ、家の中にいる間は安心じゃん」  だけど透見は首を振った。 「すみません。短時間ならば可能なのですが、長期的となると……。体力を奪われ肝心な時に術が 使えないなんて事になりかねないのですよ」  申し訳なさそうに言う透見。 「あー、確かにそれは困るわ」  剛毅がなんだか気楽にそう返す。 「大丈夫だよ。その為に僕たちがいるんでしょ。ずっと傍にいるから。姫様がオッケーならお風呂や ベッドも一緒に入っても良いんだけど?」  にこにこ笑いながら園比がとんでもない事を言う。 「園比! 姫はそこらの女性とは違うんだぞ」  戒夜がギラリと眼鏡を光らせる。何度言っても聞かない園比に腹を立てているんだろうか? 「そうですよ。姫君には〈唯一の人〉がいるのです。それを忘れないで下さい」  透見にまで注意され、園比はちぇーっと口を尖らせた。 「あー、でもそうか。風呂や寝る時はオレたちがあんまり近くにいるのも問題だよな」  腕を組んで剛毅がうなると棗ちゃんがにっこり笑った。 「その為にわたしがいるんじゃない」  て、え? お風呂とか棗ちゃんと一緒に入ることになるって事? いやいやいや。女同士なんだから そりゃ問題ないっちゃないんだけどさ。  ちらりと棗ちゃんの身体を見てしまう。十代ピチピチの、スラリと細いプロポーション。対して わたしはお肌がガサガサぶよぶよ。中年太りでたれたれ。ううう……。  なんか落ち込んできた。同じおばさんでもプロポーションばっちりって人もいるのに……。ああ、 こんなだらけたおばさんがヒロインなんて、夢見過ぎもいいとこだよねぇ? 「姫君? どうされたのですか?」  半泣きになってると透見が心配そうにわたしの顔を覗き込んできた。 「あ、ううん。なんでもない」  慌てて手を振り笑顔を作る。すると透見が申し訳なさそうな顔で言った。 「プライベートな時間が取れなくて窮屈な思いをされるかもしれませんが、〈唯一の人〉を見つける までの辛抱です。一刻も早く〈唯一の人〉が見つかると良いですね」  透見は優しいなぁ。  それにしても一刻も早く、か。確かにそうなんだよね。この夢、いつまで続くか分かんないんだけど、 目が覚める前にハッピーエンド見たいし。かと言って好感度足りてないのに選んで名乗ってもバッド エンド、だよね。 「ありがとう。がんばるよ」  答えつつ、ふと思った。そうだよ、そろそろ誰にするか決めて好感度上げていかなきゃヤバいんじゃ ない? ていうかたぶん、外出する時に一緒に連れて行くか否かで少しずつ好感度がプラスされて いくんじゃ……。  もちろん、現実ではそんな単純な話じゃないんだろうけど、これは乙女ゲーの夢だしわたしの見てる 明晰夢なんだから、たぶんそれが正解。  剛毅と透見と園比と戒夜。うーん、誰にしよう。  あ、でも攻略キャラ四人? まあ、少なくはないけどもしかしたら隠しキャラがいそうな雰囲気。  もし居るなら、街の中で出逢うのかな?  そう思った時、ふと神社で出逢った空の小鬼が頭をかすめた。胸がキュッと絞まり、息苦しくなる。  あんまり悠長にはしてらんないかもしれない。小鬼一匹に出会っただけでこんなに怖いんだもん。 空飛ぶ赤鬼の親玉が現れたりしたら、どうするのよわたし。  でもだからって、一回きりかもしれないせっかくの乙女ゲーの夢。簡単に選んで後悔したくもない。  うん、そうだよ。次は一日一人、一緒に街をまわってみよう。それで一番気に入った人を選ぼう。  それにその四日間でもしかしたら隠しキャラ出て来るかもしれないし。うん、そうしよう。  これからの方針(?)が決まって顔を上げると、なぜだか皆が心配そうな顔をしてわたしを見ていた。 「えーと……?」  なんで心配されてるのかが分からず、けど直接は訊きにくくて言葉を濁す。すると透見が心配そうに 声をかけてくる。 「考え込まれる程、お嫌ですか?」 「何が?」  と、つい口から出た後気がついた。家でも外でもべったり誰かが付いてる事を心配してるんだ。 「あーいや、うん。大丈夫。大丈夫だけど、良かったら明日からの街案内、付いてきてくれるの 一人ずつにしてもらっていいかな?」  我ながらうまい口実を見つけた。うん、プライベートが無い分、人数減らしてもらうって変じゃ ないよね?  そう思ったのに、眉をしかめた戒夜がクイと眼鏡を上げて冷たく言う。 「小鬼が見つかったこの時期に? 一匹の小鬼なら一人でも対応出来るだろうが、仲間を呼ばれた時の 事を考えると賛成出来かねるな」  ううう。確かに空鬼の事を考えるとそうかも。てか、空鬼対策で家の中でもプライベート無くなるって のに、外で息抜きたいって本末転倒か。良い考えだと思ったんだけど。  園比も口に手を当て、呟く。 「うーん、確かに。僕も一人で何匹もの小鬼を相手にするのは、ちょっと自信無いかも。姫様と 二人っきりってのはすごく興味深いんだけどね」  最初は真面目な顔してたのに、最後の部分で無邪気な顔で園比がウィンクしてくる。うーん、 この子ってばホント見た目は子犬っぽくてかわいいよなぁ。  けどそうか、園比も反対なのか。じゃあやっぱり一日一人ってのは無理かなぁ……。  そう思ってたわたしに、助け船を出すように剛毅が口を開いた。 「オレは一人でも良いと思うけど? 姫さんだって四六時中二人も三人もの男に見張られてたんじゃ 疲れるだろうし、そもそも〈唯一の人〉を捜すのにオレたちがうようよいたら邪魔な気がするしさ」  剛毅の言葉にみんな少しずつ驚いた表情を見せた。 「邪魔とはどういう意味ですか?」  透見が静かに尋ねる。 「え? だって〈唯一の人〉って姫さんの恋人みたいなもんだろ? 考えてもみろよ。自分の彼女が 男ゾロゾロ連れ歩いてんの見たら、あんまいい気しないじゃん?」  カラカラと笑いながら剛毅が言う。そんな彼の言葉に戒夜はスッと目を細めた。 「俺たちは姫を守っているだけだ。邪な気持ちは無い」  馬鹿げた事をと言わんばかりの口調。そんな戒夜に笑いながら園比が反論する。 「あー、でも僕も分かるかも。相手にやましい気持ちはないって分かってても、やっぱちょっと 妬いちゃうよねー」  そんなみんなの意見を聞いて、少し考えた後、透見が口を開いた。 「そうですね。……ではこうしましょう、常に姫君のお傍にいるのは一人で、後の者は交代で陰から 見守る。それから万が一鬼と出会った場合はすぐに連絡が皆に行くようにしておきましょう。それで よろしいですか?」  透見の言葉に皆、頷いてくれた。良かった。なんとか望む流れになってくれた。さすがは明晰夢。 「ついでなんだけど、屋敷の中にいる時も少しだけ、一人になれる時間くれるかな?」  ちょっとワガママを言ってみる。いやまあ、外に出る時は一人だけってのもワガママなんだけどさ。 「それは……」  言いかけた戒夜の言葉を棗ちゃんが遮った。 「完全にひとりは難しいですけど、大丈夫ですよ。お部屋にいらっしゃる時はわたしが隣の続き部屋で 待機しますから」  にこりと笑って棗ちゃんが言ってくれる。  ああ、ありがとう棗ちゃん。すごく助かる。  戒夜はまだ何か言いたそうだったけど、棗ちゃんが断言してくれたおかげで屋敷内の事もなんとかなり そうだ。 「じゃあ明日は……最初にいいって言ってくれた剛毅。いいかな? 付いて来てくれる?」  話を戻し、剛毅にそう尋ねてみる。  すると剛毅は任せとけ、と胸を叩いて笑った。

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