戒夜とあれこれ探索 その1  結局その日はなんだかんだと園比と遊んでしまった。  そんなわたし達を遠くから見ていたのか、屋敷に帰ると戒夜が冷たい目でわたし達を迎えた。 「本日は楽しかったようですね?」  キラリと眼鏡を光らせわたしと園比をひと睨み。怖っ。けど園比は全然気にならないようで。 「うん。楽しかったよ」  語尾にハートマーク付きでにこにこ顔。怖くないのかな。 「ほほう。では〈唯一の人〉についでなんらかの手がかりを掴めたのですか?」  園比に言っても無駄だと思ったのか、戒夜はわたしに向かって言ってくる。なんでわたし? 「いやあの……」  蛇に睨まれた蛙ならぬ、戒夜に睨まれたわたし。うう。  つい萎縮してしまう。年下相手なのになさけない、と思うかもしれないけど、敵意を向けられた とまではいかなくてもこんな風に睨まれるとやっぱ怖い。 「戒夜さん。そう簡単に見つからない事は分かっているではないですか。少し息抜きをしたからと いってそう目くじらを立てなくても良いと思うのですが」  口ごもるわたしを見かねたのか、透見が助け船を出してくれた。うう、優しい。ありがとう透見。  そんな透見の言葉に戒夜は納得する事なくため息をつく。 「透見。姫がこの地に降臨し、〈唯一の人〉を捜し始めて何日目だ? 息抜きをするには少し 早すぎやしないか?」  そう言われると言い訳も出来ない。けど言えないけど、わたしとしてはちゃんと〈唯一の人〉を 誰にするか選び中なんだよね。  でもそれを言うわけにもいかず、戒夜の言い分に縮こまっているわたしに透見は優しく笑い掛けて くれた。 「姫君、戒夜さんの言うことは気にしなくて良いんですよ。戒夜さんは少し焦り過ぎなんです。 姫君は焦らずゆっくりと〈唯一の人〉を捜されて下さい」  そんな透見の言葉に戒夜は眉をしかめる。 「何を暢気な事を。すでに小鬼も出現しているというのに」  ブツブツと言う戒夜を気にする事なく透見はわたしの背中を押し、食堂へと導く。  それに気づいた園比が慌ててわたし達の方へと駆け寄ってきた。 「あー、ちょっと透見。今日は僕の日なのになに姫様のエスコートしてるんだよーっっ」  言いながら園比はわたしと透見の間に割り込もうとするけど。 「何言ってるんですか? 確かに外出の際の守護役は園比さんの番ですが、屋敷に帰ってくれば それもお終いでしょう?」  にっこりと笑って透見は譲らない。そう言われると反論出来ず、園比はぷくりと膨れた。 「えー? ならもうちょっと遊んでくるんだったー」  不満げに園比が叫ぶ。その言葉を聞きつけた戒夜がピクリと反応した。 「園比、ちょっとこっちに来い。お前には姫を守るという事がどういう事なのかもう一度教え直さ なければなるまい」  空気が凍り付きそうな冷たい戒夜の声に、さすがに園比も不味いと思ったのかぷるぷると首を 振った。 「じょおっだんっ。教えてもらわなくても姫様が大切なのは分かってるよーっだ」  あかんべをしかねない様子でそう言うと、園比はわたし達を置いてパタパタと食堂へと行って しまった。  その日、夕食の席で戒夜がポツリと宣言した。 「明日は私が同行いたしましょう」 「え?」  あまりに冷たい戒夜の口調につい、声が出てしまった。 「何か不都合でも?」 「いや、そんな事ないよ?」  ジロリと睨まれ慌てて取り繕う。  順番に一人ずつ、と思ってたからその順番を決めてくれるのは正直助かる。けど、こんな風に 不機嫌な戒夜と一緒に行くとなると…ちょっとあんまり嬉しくないなぁ。  そんなわたしの気持ちに気づいたのか、園比が戒夜にクギを差してくれた。 「そんなムズカシー顔して姫様を案内しちゃダメだよ、戒夜」  その意見に賛同するように、透見もにっこりと笑う。 「そうですね。姫君に嫌な思いをさせても何の得にもなりませんから」  それを受けて戒夜は、それでも無表情なまま眼鏡をクイと持ち上げた。 「別に姫に嫌な思いをさせるつもりはない。真面目に〈唯一の人〉を捜してもらうだけだ」 「え? 姫さんマジメに捜してないの?」  食事を頬張りながら剛毅がちょっとびっくりした様にわたしの顔を見た。 「いや、捜してるよ?」  急いで否定する。確かに今日は園比と遊んじゃったけど、でもそれだって誰を選ぶかを決める為の 様子見なんだし。もちろんそんな事みんなには言えないけど。  なのに心の中で言い訳をするわたしを更に追い込むように、園比がケロリと言ってみせる。 「けど姫様、会っただけじゃぱっと<唯一の人>かどうか分かんないんだって」  何故それを今ここで言うーっ? さっき「ムズカシー顔して案内しちゃダメだよ」って言った 本人が、そんな事言ったら戒夜がますます難しい顔になっちゃうって分かるでしょーっ?  無言で園比に眼で訴えるけど、気づいてくれない。  戒夜の眼鏡がキラリと光ってわたしは体を硬くした。 「どういう事ですか?」  ホラ、やっぱり戒夜怒っちゃった。  そんな冷たい戒夜の言葉に、助け船を出してくれたのは棗ちゃんだった。 「どうもこうも、姫様は自分が〈救いの姫〉だって事も〈唯一の人〉以外に名前を言っちゃいけない 事も覚えていなかったのよ? 〈唯一の人〉の事を覚えてなくても仕方ないじゃない」  お茶を皆に出しながら、当たり前のようにわたしをかばってくれる。  あー、もう棗ちゃんったら。メイド服は似合うしお料理は上手だし運動神経も抜群だし優しいし。 本来なら棗ちゃんがヒロインでもおかしくないよね?  お茶を受け取った透見も、にっこり笑いながら棗ちゃんの言葉を肯定する。 「棗さんの言う通りです。大丈夫ですよ。覚えてなくても今、こうやって〈救いの姫〉として行動を しているように、姫君はちゃんと〈唯一の人〉を見つけることが出来ますとも」  戒夜に向けてというよりも、わたしの不安を拭い去ってくれるように透見はそう言うと、 ゆっくりとお茶を口にした。  戒夜はというと、考えるように手を顎に当て静かに口を開いた。 「成る程。では闇雲に街を歩いたところで成果があるはずもないわけですね」  ……うんまあ、実際に人を捜す方法としてはかなり効率は悪いんじゃないかなぁ。  そうは思うものの、口には出さない。じゃあどうやって捜すかって聞かれても答えられないから。 「では少しターゲットを絞りましょう。姫、〈唯一の人〉はどういった方だと思われますか?」  溜め息をつき、仕方がないと言わんばかりの戒夜の質問に、ついきょとんとしてしまった。 「どういった方…って?」  つい質問で返してしまう。 「イメージで良いのです。深く考えず頭に思い浮かんだイメージで」  まわりの皆もわたしが答えるのを待っているのか、誰もちゃちゃを入れてこない。んー、 〈唯一の人〉のイメージかぁ。  深く考えるなと言われたけどすぐに答える事も出来ず、少し考えてからわたしは口を開いた。 「頼りになる人、かな?」  戒夜はそれをメモしながら再び質問する。 「ではどういった方が頼りになりますか?」 「え? えーと……。色々知ってて?」  考え考え、口にする。 「わたしの事を守ってくれる人、かな?」  頼りになる人がわたしを守ってくれるかどうかは分かんないけど、守ってくれる人に頼りたい。 まあこれは願望。 「色々と知っているという事は、知識人ですね? 少なくとも子供ではない。姫は幾つまでが 子供だと思いますか?」  えーとこれって、幾ら頭が良くても頼りになるかならないかの線引きの年齢なのかな? 「……中学生くらいまで?」  戒夜は表情を変えることなくメモを取る。 「では十五歳以下の者はリストから削除しましょう。次に守ってくれる人ですが貴女を守る力を 持つという意味では、これは貴女の名を呼ぶことによって力を得るとされていますからこの条件で 絞るのはやめておきましょう」  そんな戒夜の揚げ足を取るように、園比がいたずらっこの瞳をして言う。 「えー? それなら頭の良さだって姫様の名前の解放でぱっと良くなるっていうか、記憶が 解放されるかもしれないじゃん」 「あら、それなら〈唯一の人〉が男の人っていう前提もとっぱらってよ」  棗ちゃんまでがそんな事を言い出す。 「いや、それはないだろう。〈唯一の人〉は〈救いの姫〉の恋人のようなものだろう?」  さすがに眉を寄せ不快な顔をする戒夜。  でもそうか、ゲームによっては『百合』とまではいかなくても女の子との『友情エンド』が 存在するし、考えようによっては棗ちゃんエンドもあるのかも。  生々しい百合ものは特に好きじゃないけど、軽いノリの友情の延長線上の百合ものは結構好き だったりするのでちょっと興味がわいてくる。  けどダメダメ。せっかく剛毅を外して選択肢減らしたのに、棗ちゃん加えてどうすんの。 「ごめんね棗ちゃん。わたしとしても〈唯一の人〉は男の人だと思う。確かになんにも出来ない わたしだけど、それでも女の子に守ってもらうってのはちょっと違う気がするんだ」  謝ると棗ちゃんは「残念」と言いつつも、そこまで気にしているようでもなかった。 「けど園比や棗の言う事も一理あると思うんだけど。安易にリストから外して、その中に 〈唯一の人〉がいたらかえって見つけるのが遅くなるんじゃないか?」  ちょっと考えるように言う剛毅の言葉を受けて、透見も頷く。 「そうですね。私もやはり、姫君の直感に任せた方が良いのではと思います」  それでも戒夜はまだ納得出来ない様子で。 「しかし小鬼の出現した今、悠長に一人一人を当たっている場合じゃないだろう?」  冷たく言い放つ戒夜に、わたしはこっそり手を挙げ、言った。 「あの、あのね。わたしが〈救いの姫〉って事だけど、みんなに言われるまでわたし知らなかった じゃん? だからね、〈唯一の人〉もわたしが名乗るまで自分が〈唯一の人〉って知らない可能性も あるわけで……」  どこまで喋っていいんだろ、と思いつつ口にする。わたしの夢なんだからある程度は都合の 良いようになる筈だけど。 「それなのに姫は会っただけではその人が〈唯一の人〉かどうか分からないのでしょう?」  責められるように戒夜に言われてちょっと傷ついた。と同時にちょっと腹が立ったもんだから、 言わないで良い事までつい口にしてしまう。 「そうだよ。だからここにいるみんなも、候補になってるんだよ」  言っちゃってからしまったと後悔する。若くてかわいい姫様なら逆ハーレムになっちゃう可能性も あるけど、わたしみたいなブスでブタなおばさんが言ったって引かれるだけなのに!  案の定辺りがシーンと静まり返った。  き、気まずい。 「あ、いやあの……。あくまで可能性の一端だよ?」  なんて言い訳してみる。  すると透見が考えるように顎に手を当て静かに呟いた。 「そうですね。ありえない話ではないでしょう。〈唯一の人〉本人に自覚や記憶がないのでしたら 我々を候補から除外する理由もありませんから」  優しい笑顔をにっこりとこちらに向けてくれる。透見、嫌じゃないの? 「えー、じゃあ僕が〈唯一の人〉ってのもあり?」  わくわくした顔で園比が言う。園比はけっこうノリ気っぽい。そんな園比をカラカラと 可笑しそうに剛毅が笑い飛ばす。 「いや、ないだろ。〈唯一の人〉ってのは絶対的な力でもってオレ達を救ってくれる人なんだぜ?  園比にそんなパワーが宿ったら、この地を救うよりもその力悪用して女の子ナンパしてそうじゃん」  幼馴染みの気安さゆえか、結構辛辣な事笑いながら言ってるよね。 「えー、なにそれ。そんなわけないじゃん。〈唯一の人〉が〈救いの姫〉を裏切るような事する わけないんだからさ」  さすがに園比もムッとしたように反論するけど。 「だから姫一筋になりそうにない園比は〈唯一の人〉ではありえないだろう」  戒夜までもがそんな風に言うもんだから、園比はすっかりヘソを曲げてプイっとそっぽを向いて しまった。

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