透見と静かに図書館デート その1  その夜は再び皆で集まって話し合いの場が持たれた。 「小鬼が現れたのは二度とも神社だったんだから、あそこにはしばらく姫さんは行かない方がいいだろ」  地道に〈唯一の人〉を捜しているから出かけない訳にはいかない。その上での剛毅の意見だった。 「てゆーかさ、しばらく姫様が外出しないってのは? 小鬼が諦めるようにさ」  良い事を思いついたと言わんばかりの笑顔で園比が言う。そんな園比の意見を戒夜は一蹴する。 「いや、姿が見えないからといって小鬼が諦める事はありえない。奴らはすでに姫が降臨していると 知っているのだから〈唯一の人〉と出会う前に姫をどうにかしたい筈だ。姫の安全は大事だが、 〈唯一の人〉捜しを中断するのは得策ではない」  意見を否定された園比はむっとした顔で戒夜に詰め寄った。 「戒夜は今日なんで姫様を神社に連れて行ったの? 前に小鬼に襲われた場所なんだから、危険だって 分かってたでしょ?」 「それは……」 「どうぞ、姫様」  理由を言いかけたわたしの前に、棗ちゃんが紅茶をそっと差し出した。その絶妙なタイミングに つい言葉を飲む。 「リスクを犯してでも行く利点が有ると判断したからだ、もちろん」  そう言って戒夜が説明を始める。  ムッとしながらもそれを聞いている園比を見て、棗ちゃんがわたしの言葉を止めた理由がなんとなく 分かった。  園比の事だから、わたしが戒夜をかばっちゃうとその事に反発してしまう。けど、戒夜自身が説明 すればムッとしながらも素直に聞くんだ。  さすが棗ちゃん、付き合いが長い分よく分かってるなぁ。 「利点ってなんですか?」  剛毅の問いに戒夜は頷き口を開いた。 「姫の記憶を蘇らす鍵となる可能性があった」  その言葉に皆がいっせいにこちらを向く。思わず身構えながら、わたしは頷いた。 「あ、うん……。初めてあそこで景色を見下ろした時に、なんか懐かしいなって思ったの」 「ええ? あの時そんな事何も言ってなかったじゃん」  びっくりしたように園比が言う。なんで戒夜にだけその事を話したの? と言わんばかりの園比に、 剛毅が口を開いた。 「あの時は小鬼が襲ってきて、それどころじゃなかっただろ?」  でも、と口を尖らせる園比にわたしはペコリと頭を下げる。 「ごめん。でも剛毅の言う通り、小鬼に襲われてそれどころじゃなくなって、すっかり忘れちゃってた のよ。戒夜に色々質問されてなかったらそのまま今も思い出してなかったかも……」  決して戒夜だけに打ち明けた訳じゃないんだよと申し訳なさそうな顔をしてみせると、透見が困った ような笑顔をわたしに向けた。 「姫君が謝るような事は何もありませんよ。それで〈唯一の人〉について何か思い出せましたか?」  優しい笑みに変わり、透見が質問してくる。だけどわたしは良い報告をすることが出来ない。 「誰かと一緒にあそこから景色を見下ろしたような気はするんだけど……それが誰だったのか、どんな 人だったのかは思い出せない……」  とても安心出来る人だったとは思うんだけど……。て、あれ?  こんな記憶(?)があるなんて〈唯一の人〉は本当に最初から決まってるのかな……? でもこれ わたしが見てる乙女ゲーの夢だよね? 明晰夢だよね?  ……まあ、ゲームによっては共通ルートからメインキャラに関係するシーンが出てきて、そのキャラ 以外を選んじゃったらあのシーンはなんだったんだろう? てのがあるから、もしかしたらそれなのかも。  うん、きっとそうだよね。  メインヒーローかあ……。この夢の場合、誰なんだろ? 元になったゲームはなんか剛毅っぽかった けど。  まあもっとも、メインヒーローに萌える事ってほとんどないんだよね、わたし。隠しキャラとか 制限付きの子を好きになる確率は結構高いけど。 「姫君?」 「え? あ、はい」  突然透見に呼ばれ、びっくりした。  いかんいかん。つい自分の世界に入り込んじゃってた。 「大丈夫ですか?」  考え込んでたのを落ち込んでると思ったのか、透見が心配そうに訊いてくる。 「あ、うん。大丈夫大丈夫」  愛想笑いをしてわたしはぶんぶんと手を振った。 「透見、姫の記憶を揺さぶるというのもあるが、小鬼が出現したのは二度共にあの場所だ。あの神社は 〈唯一の人〉と何か関連があるのか?」  戒夜に問われて透見は口元に手をやり記憶を探っているようだった。そしてやがて静かに口を開いた。 「そもそも〈唯一の人〉と〈救いの姫〉の伝承に関する書物を図書館に寄付したのが神社だったという 話は聞いています。なので以前もっと詳しい伝承が神社に残っていないかと思い、訪ねて行った事が あります。その時に姫君を召還する魔術を受け継ぐ方達に会いその知識を得たのですが、伝承に関する 書物については全て図書館に寄付したとの事でした」 「へえ、そうだったんだ。知らなかった」 「そういう調べ物は全部透見に任せてたからな」  口々に言う園比と剛毅。 「伝承と神社そのものの関係性は分からないんだな」  戒夜は再び尋ねる。透見はゆっくりとそれに頷いた。 「〈唯一の人〉を祭っているという話は聞きませんし、これまで読んだ書物には特に神社に関しての 記述は出てきませんでした。ですから図書館の無い時代、書物の保管場所として使われていただけだと 思っていたのですが……」  なんかすごく悩んでるっぽい透見がちょっとかわいそうになってきた。のでつい言ってしまう。 「あの、小鬼はさ、最初にあそこで見つかったんだからあっちが神社を中心に探しててもおかしくないし、 それに懐かしいと思ったのは神社そのものより、あそこから見下ろした景色の方だから」  だから、そこまで神社を気にしなくてもいいんじゃないかなぁ、なんて。  ごにょごにょ言い淀むわたしの意を汲んでくれたのか、園比が話題を変えてくれる。 「じゃあ、明日は透見の日だけど、どうする?」  小鬼を警戒して外出を控えるのか、〈唯一の人〉捜しを優先するかの問い。 「姫君はどうされたいですか?」  訊かれ、困った。  これまで剛毅、園比、戒夜と二人きりで過ごす時間を設けてきたから透見とも二人きりになってみたい。  だけどこの四人……あ、剛毅は候補から外したから三人か。この三人の中から選ぶって決めてるん だったら出来れば怖い目にはあいたくない。  あ、でも『なんでそんな危険な選択肢選ぶのヒロイン!』てのを選ばないと話が進まなくてバッド エンドになるゲームもあるよね。虎穴に入らずんば虎児を得ずっていうか。  もしかして今、その選択肢を選ぶ時?  優しい笑みを浮かべたままじっと透見はわたしを見ている。  ついゴクリと息をのんで、それからわたしは口を開いた。 「と、図書館に行ってみたい……かも。その、神社から寄贈されたっていう文献をわたしも見てみたい」  見たところで何が分かるとは思えなかったけど、室内なら小鬼に会わないで済むんじゃないかって考え。 そして透見とも二人きりになれる。  ただ、気をつけなきゃいけないのは、本に集中してしまうと透見と話が出来なくなっちゃう事。 決して危険な選択肢から逃げたわけでは……あるかもしれない…けど! ほらわたしももうイイお年 じゃん? ムボーな選択出来るのは若い内だけだよ、うん。そういう事にしとこう。  わたしの言葉に透見はにっこりと笑ってくれた。 「そうですね。姫君と共に書物を調べれば何か新しい発見があるかもしれません」  そうしてわたしたちは図書館へ行くことになった。  島の図書館は大きいとまでは言えなくとも蔵書の数はそれなりに充実しているように見えた。その せいか人影もまばらにポツポツとある。 「結構借りる人多いんだ?」  わたしの質問に透見は笑みを浮かべ、答える。 「そうですね。田舎の島ですからどうしても専門書や高価な本は手に入れにくいので図書館を頼る者は 多いです。あ、こちらです」  そう言うと透見は廊下の奥にある細い階段へとわたしを導いた。  階段を上るとすぐに机が置いてあり、そこには受け付けのように司書のお姉さんが座っていた。 「あら、緋川君。久しぶりね。それと……?」  司書のお姉さんとも知り合いらしく、透見は軽く挨拶を交わした後、わたしを彼女に紹介した。 「〈救いの姫君〉です。それでもう一度〈唯一の人〉に関する文献を調べたいと思って来たのですが……」  透見の言葉に司書のお姉さんは少しびっくりしたようにわたしを見た。 「本当に? 緋川君が召還したんだ……?」  夢の中だからなのかこの島の……というか、この世界の人はみんなそうなのか、一般人っぽい人も 魔法関係を普通に受け止めてるところがなんかちょっと不思議だった。  本当にわたしが〈救いの姫〉なのかを疑うことはあっても、召還の魔術についてやそもそも〈救いの姫〉 という存在に対して真っ向から否定しない。 「はい。おかげ様で召還に成功しました」  透見の言葉にお姉さんはにこりと笑うとおめでとうと言った。 「緋川君研究熱心だったものねぇ。で、〈唯一の人〉についての文献ね。知ってるでしょうけど、四番 の部屋よ」  そう言うと司書のお姉さんは机の引き出しから鍵を取り出し、わたし達を四番と書かれた扉の前へと 導いてくれた。

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